第12話 業務開始

気を取り直したミケとママさんは、キッチン手前の床にラグを敷き、このお試し期間の業務についての話し合いを始めた。

「細かな業務内容については説明に時間がかかるので、お試し申し込み時に社長さんからメールで送信されたファイルをご覧下さい。基本的に、私達お手伝いペットの勤務時間は住み込みの場合、朝7時〜夜8時まで、午前と午後に1時間ずつ休憩を頂きます。今回のお試し期間中は、坊っちゃんが同じ室内にいるので火や包丁を使う等、危ないことは出来ませんが、掃除や洗濯、買い物代行や坊っちゃんの遊び相手辺りなら、今からお手伝いしますので…何からやりましょうか?」

「じゃあ、あの子のお相手をお願いできる?もう、パパはもう限界みたいだから…」

リビングの方を振り向くと、先ほど与えられたおもちゃのレジの横で、エンドレスで繰り返される「いらっしゃいませー」「ありがとうございましたー」に疲弊したパパさんの姿があった。

反対に坊っちゃんは、お昼寝をする様子もなく、まだまだ体力は余ってそうだ。


「分かりました。何かあったらお声がけ下さい。パパさん、お疲れ様でした。じゃあ、坊っちゃん、次はミケがお買い物に来ましたよー。」

「ニャーニャー!いらっしゃいませー!」

ママさんが、「猫が"お声がけ下さい"なんて一丁前に敬語使ってるよ…」と感動している一方、パパさんは「この永遠に続くようなおままごとから、やっと解放される…」と救いの女神でも見るような目でミケを見つめていた。


パパさんが、そのまま床の上で眠りに着くまで恐らく5分とかからなかった。

ママさんは、夕食の支度を始めている。

「良かったらミケさんも、一緒にパスタ食べる?一応、猫マーク付きの麺やソースを用意したんだけど…」

「あ、嬉しいです。ありがとうございます。」

ママさんの言った"猫マーク"とは、このお手伝いペットが普及した世の中で、「猫の身体にも安心で、人間と同じメニューを食べられますよ」という、いわば認証マークだ。勿論、犬用のマークもある。

「ちなみにママさん、今日はご厚意に甘えさせて貰いますが、基本的に業務中の食事はカリカリ(恐らく、ミケさんの中でのキャットフードの通称)を持参してますので、お気遣いなく。」

ミケは、おもちゃの買い物カゴを坊っちゃんに差し出しながらママさんとの会話を続けた。

「えー、そうなの?勿論、電子レンジは自由に使ってくれて良いんだから、お昼休憩とかに温かい物でも食べたら?」

ママさんは、ミケの味気ない食事の内容に何だか申し訳なさそうだ。尚、猫マーク付きのレトルトや冷凍食品も、なかなかの品揃えだ。

「いえいえ、休憩時間とは言えども坊っちゃんから目を離す訳には行かないので…何かハプニングが起きた場合、咄嗟に動き出すには、やっぱりカリカリが1番便利かと。あとは、熱々のご飯を坊っちゃんが触って火傷…なんかも心配なので。ちなみに、私、猫ですけど別に猫舌じゃないんですよ。」

ママさんは、ミケが冗談を言ってくれるようになって少し安心した。

「分かったわ。じゃあ、皆で食事が出来る時は良かったらミケさんも私の手料理食べてみてね。これでも、まあまあ自信あるのよ。」

「わぁ、夕食のパスタ、楽しみにしてます。ちなみに、カリカリなんですが恐らく坊っちゃんの力では開封出来ない小袋に入ってますけど、誤飲には気を付けますので。」

流石にあの子もキャットフードまでは食べないでしょ…と言いかけたママさんだが、おままごとセットに入っていたおもちゃのパンを口に入れている彼の姿がキッチンカウンター越しに見えて、言葉を飲み込んだ。

「ミケさんって子どものこと、よく考えてくれてるのね。私達も勉強になるから、色々教えてね!」

これはお世辞でもなく、先程の自分の甘い考えを反省したママさんの口から自然に出た言葉だった。勿論、ミケさんもこう言って貰えて満更でもない。

「私で良ければ、ママさん達のお役に立てるように頑張りますので!とりあえずはお試しの3日間、宜しくお願いします。」

「こちらこそ宜しくね。」

もうパパさんの倍の時間はエンドレスおままごとに付き合っているというのに、疲れた素振りを一切見せないミケに感心しながら、夕食の仕上げに取り掛かるママさんであった。

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