第11話 ママさんの本性
新しい勤め先(仮)の家庭がちょっと普通とは違うことを知ったミケだが、気持ちの切り替えが早いのは彼女の長所である。
早速、お手伝い猫の仕事に取り掛かかった。例の男の子は、機嫌良くジュース片手にアニメの動画を視聴している。
「では、本日から3日間のお試し期間中の業務について簡単にご説明しますね。ちなみに、防犯面等の理由より、私達お手伝いペットは奥様を"ママさん"、ご主人様を"パパさん"、男のお子様を"坊っちゃん"とお呼びします。何処のお手伝いペットもその呼び方をするので、ショッピングモール等の混雑した場所で、誰が呼ばれてるのか分からない時は、お手数ですがスマホを確認して下さい。お手伝いペットの利用登録時にダウンロードして貰った、専用のスマホアプリで私がママさん達を呼び出しますので。」
「ミケさん達もスマホを持ってるの?」
どうやら、ママさんの興味はお手伝い猫の業務内容よりも、目の前の訓練された猫がどれだけ人間に近い生活をしているのか、に向けられているらしい。
普段お手伝いに伺う家庭はどこも、
「食器洗いは頼んでもいいの?」
「晩ご飯、回転寿司店に盛り合わせ注文してるんだけど、子どものお迎えの後そのまま17時に取りに行ってくれる?」
等 要望が具体的で、お手伝いペットがスマホを持っているか否かに関心を持つ暇も無さそうだった。
だが、この家は
「ミケさん、そのブレスレット可愛いわね。」
「あ、ありがとうございます。実はこれ、GPSでこのお家のお試し期間が終わる迄は外れない仕組みになっているんです。」
と世間話をする余裕まであるらしい。と、
「では、この後何のお手伝いから始めましょうか…ニャッ!!」
ミケが小さく叫んだその瞬間
「こぉーらー!どこに落書きしとんじゃあ!」
思わずミケの全身の毛が逆立つ程の大声でママさんが怒鳴った。
「これ、おひさまー。これ、おはなー。」
真っ白なドアに大胆にクレヨンで落書きした張本人は、悪びれもせずに自分の描いた作品を指差して説明している。
「あんた、一体どこ見てたのよ!?私はミケさんからお試し期間の説明とか受けてるんだから、あの子から目ぇ離しちゃいけないじゃない!」
ママさんの怒りの矛先は、パパさんに向けられたようだ。
パパさんは、しどろもどろで
「いや、トイレに行ったついでにコーヒーでも淹れようかな…ってキッチンに行っただけなんだよ。本当に、5分も目は離して無かったんだよ…だって、さっきまであんなに動画に夢中だったし…」
と言い訳したが、そんなものが通用する筈もない。
「ハぁぁぁ?!1分でも目ぇ離したら、この位の歳の子なんか何をしでかすか分かんないに決まってるでしょうが!悠長にコーヒーなんか淹れてる間に、窓の鍵開けてベランダから落ちる可能性だってあるのよ?!あんた、この子引き取ることに賛成したんだから、もうちょっと父親の自覚ってものを持ちなさいよ!」
ママさんに捲し立てられ、パパさんは平謝りだ。
ミケは、
「ママさんだって、私のスマホやらGPSに興味津々で、坊っちゃんから完全に目を離してたのに…」
等と言える筈もなく、坊っちゃんがこれ以上何かやらかさないように膝の上で抱きしめ(という名のロックオン)ながらこう言った。
「あの…クレヨンならメラミンスポンジでこすればそこそこ綺麗になると思いますので。もしあればお借りできますか?」
すると、ママさんは機嫌が直ったのかさっきまでの恫喝する口調とは別人のように明るい声で、
「あら、ミケさんいい事教えてくれてありがとう。ほら、洗面所のシンク下にメラミンスポンジあるから、早い内に綺麗にしといてね!」
とパパさんに言いつけた。
ミケは、パパさんが必死に落書きを消してる所に坊っちゃんを連れて行き、
「坊っちゃん、お絵描きは紙の上。お家が汚れて、パパさんお掃除大変にゃ。一緒に"ごめんなさい"しようか。」
と言った。坊っちゃんは、案外素直に…だが反省の色は無いケロっとした口調で
「ごめんなさい。」
と続けた。
ママさんに理不尽にキレられたにも関わらず、パパさんは、その舌っ足らずな"ごめんなさい"を聞くと、満更でもない様子で
「ごめんなさいが言えてお利口さんだねー。」
と応えた。
そして、ミケが落書き帳を渡すと、
「おえかき!おえかき!」
と坊っちゃんは再び殴り書きを始めた。
「ミケさん、すごーい!やっぱりプロなのね!私だったらクレヨン取り上げておしまいだわ。ほら、お手伝い猫頼んでやっぱり正解だったでしょ?」
ママさんは、お世辞でもなく心の底からミケに感心している様子だ。
「いえいえ、私もお話に夢中で坊っちゃんから目を離してすみませんでした。以後気を付けます。」
「いいのよ、だって今日はパパに面倒見といて、って約束してたんだから。」
どうやら、ママさんは自分が悪いとは1mmも思っていないらしい。今日、いきなり父親(仮)になったのに、余りにもハードモードな任務を命じられたパパさんにミケは同情した。
…でもこのご夫婦、坊っちゃんを引き取る為の色々な審査や講習を受けて、ちゃんと合格したから話がここまで進んだよね?それであのパパさんのお気楽さ&ママさんの怒鳴り声って…
いや、それよりもこんな言い方は悪いけど、他人にいきなりあんな風に怒鳴られて、ケロっとしている坊っちゃんもある意味スゴくないか?私でも心臓止まるかと思ったよ?
そもそも、段ボールに2歳児が捨てられていた…ってあのニュースの子どもなのよ~、ってママさんも軽く言い過ぎだろ?!私だって流石に、
「猫でも今時、段ボールに仔猫捨てねーわ!」
ってテレビに向かって毒づいたレベルの事件だよ?!
でも、ニュースではいわゆるネグレクトの可能性は否定出来ないものの、身体的虐待の証拠は見られなかった…って言ってたけど、やっぱり、あんな風に怒鳴られても「ママ〜!」って泣かない図太さを見る限り、親に捨てられる前から酷い扱いを受けてたのかな…
何かこの住み込み案件、色々大変そうだし、断るのが正解なんだろうか…
ミケの頭の中は色々な疑問やボヤきがグルグル回っているが、まだ今日の日当の1割も働いていない事に気付いた。気を取り直して、
「それではママさん、今から坊っちゃんがある程度自由かつ安全に遊べるスペース作りから始めましょうか。ずっと動画を見るのも、目が疲れますし。その後、この3日間のお手伝い内容を一緒に決めたいんですが…」
と提案した。
「それは助かるわ。じゃあ、何かおもちゃ持ってくるわね。」
ママさんは、他の部屋からおままごと用のおもちゃを運んで来た。ミケも、ショッピングモール以外で見るのは初めての、新製品かつ結構いい値段のものだ。
「一応、電池の蓋だけは開かないようにしておいたけど…」
ミケは、初めてママさんの母親らしい一面を見れたことに感動しつつも、
「このおもちゃだと、電池だけ気を付ければ、どの部品も誤飲する危険性は低いと思いますので。じゃあ、私とママさんはキッチンの入口付近でお話を…坊っちゃんがキッチンへ入って来そうになってもすぐに気付けるように。すみませんがパパさんは坊っちゃんのお相手をお願いします。」
と冷静に答えた。
「今度は、目ぇ離さないでよ!」
鋭い声でママさんが釘を差した。
「おもちゃ!レジ、ピッピッ!」
坊っちゃんの目は一瞬で輝き、早速
「いらっしゃいませー!!」
と可愛いらしい店長さんに変身した。
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