第10話 初出勤

お手伝い猫のミケは、自室のベッドの上で先ほどお手伝いペット派遣会社の社長からかかってきた電話の内容について、ひとり考えていた。

「確かに住み込み希望、と言った事はあるけどこんなにすんなりと仕事が舞い込んでくるもんなんだニャー…でも、社長さんの説明やけに雑じゃニャかった?まあ、念の為に防犯ブザーも持ってとりあえず明日依頼先に行ってみるニャ…2歳位の子どもがいる、って言ってたけど、仲良くなれるといいニャ…あぁ、緊張して眠れないニャ…」

だが、そこはやはり猫。昼間の仕事先でやんちゃな3兄弟の面倒を見た疲れもあって、5秒で眠りについた。


翌朝、社長から送られたメールとお手伝いペット用スマホの道案内アプリを頼りに、ミケは約束の10分前に依頼主のマンション前に着いた。

「このマンション、確かお手伝いペットが何匹か雇われてるはず…仲良く出来るといいニャ。少し早目に着いたから、散歩のフリして周辺の環境チェックでもするかニャ。タバコの吸い殻のポイ捨てや、ゴミ集積所のマナー違反がないかは重要ポイントニャ。」

再び、マンションのエントランス前に戻ったミケはインターホンを押した。程なく女性の明るい声で

「はーい。あ、お手伝い猫さんね!お待ちしてました。」

と反応があった。依頼主の部屋があるフロアでエレベーターを降りると、玄関ドアを開けて一人の女性が立っていた。

「猫さん、ここよー。」

「あ、ありがとうございます。」

ミケは早足で玄関前に向かった。

「初めまして。お手伝いペット派遣会社より参りました、ミケと申します。」

「キャー!本当に上手にお話するのね!とりあえず上がって下さいね。」

確かに、社長からの前情報通り感じの良い(おまけに、やたらとハイテンションな)女性だとミケは思った。分かりやすいブランド品ではないが、いわゆるちょっとお高めな服装に身を包み、爪の先まで綺麗に手入れされた姿は、いかにもこの閑静な地区の住民、という印象だ。


「さぁさぁ、こちらのお部屋へどうぞ。」

「失礼します。」

リビングに通され、ミケは開口一番

「素敵なお部屋ですね。」

と言った。今までの依頼先は「猫の手も借りたい」という諺通り、申し訳ないが正直どの家も散らかっていた。だが、この家はおもちゃが床に落ちていないし、取り込んだままの洗濯物もない。

「夫も私も、仕事で不在の時間が多いから、この部屋もほぼ週末しか使わないのよ。2歳の子が喜びそうな絵本やおもちゃも幾つか用意したんだけど、それはまだ出してなくて。」

ん?ミケは違和感を抱いた。おもちゃはまだ出してない…って、お引越しされたばかりなのかニャ?

「あの、お手伝いペット会社の社長さんからお話があったと思うんですが、私は本日より3日間のお試し期間ということで、こちらのお家に住み込みでお世話になりますので、宜しくお願いします。」

「こちらこそ、宜しくね。色々説明や契約の書類は送って貰ったから、一通りは目を通したわ。」

「ありがとうございます。あの、3人家族とお伺いしていますが、あとのお二人はお出かけ中ですか?」

「そうなのよ。今、夫にあの子を迎えに行って貰ってて…もう帰って来てもいい頃なんだけど、施設の職員さん達ともしばらくお別れだから名残り惜しいのかしらね。」

施設?ミケは一瞬固まった。保育園のお迎えに…なら分かるが、施設って?しかも、しばらくの間お別れってどういう意味ニャ?

あの、施設って何の施設ですか?とミケが尋ねようとした時、玄関のインターホンが勢いよく鳴った。


「こらこら、インターホンは1度だけ鳴らすんだよ。」

玄関ドアが開いて、男性の声がした。恐らくご主人だろう。

ミケが挨拶のために椅子から立ち上がろうとすると、

「ニャーニャー!ニャーニャー!」

と元気の良い声で、自分の方を指差す小さな男の子がこちらに駆け寄ってきた。

「こらこら、お家の中は走らない…」

という男性の声など彼の耳には届いていないようだ。

ミケは営業スマイルを作りながら、

「そう、ニャーニャー、猫ですよ。ミケって呼んでね。」

と挨拶をすると、男の子はピョンピョン飛び跳ねながら

「ニャーニャー、ミケ!」

とこちらの言う事は理解している様子だった。

「これじゃあ、下の階から苦情が来るのも時間の問題ね。後でフローリング用のクッションマット注文しなきゃ。」

先ほどミケを出迎えてくれた女性が、キッチンから飲み物を運んできてくれた。

「ジューチュ!ジューチュ!」

なかなか元気な子だな、とミケが男の子の様子を観察していると、母親らしき女性が

「はい、お座りしてね。前のお家と違って、ここでは毎日ご飯はあげるし、ジュースもたまには出てくるから。」

と彼を椅子に座らせた。


…やっぱり何かおかしい。ミケは、出会ってからの彼女との会話に度々感じていた違和感は、気のせいではないと確信した。だけど、何て質問したら良いのか…と悩んでいると、

「そうそうミケさん、ご存知かもしれないけど、この子、今日施設から引き取ってきたの。3カ月位前かしら?この近所で段ボールに入った男の子が保護されたニュースがあったの知ってる?あの子なのよー。勿論、会ってすぐに私達が親子としてやっていけるかなんて分からないから、この子もミケさんと同じで『お試し期間』って事で、今日からここで暮らすの。」


うわぁ…社長さん、なかなかパンチの効いたお家にミケを送り込んだなぁ〜

ミケは余りにも予想外の展開を理解するのに集中する余り、男の子が自分の背中にクライミングのようによじ登っている事も、「コラー!」とそれを彼の母親(になる予定の人)が慌てて注意している事にも全く気付いていなかった。

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