第7話 お節介

「…えっと、恐らくご存知かとは思いますが、確かに里親や養子縁組制度のハードルは以前よりぐっと下がりました。失礼ですが、貴方はご結婚されて二人以上の世帯で生活をされている、という認識でよろしいでしょうか?」

まさかの段ボールに捨てられていたあの子を引き取りたい、という発言からの沈黙を破ったのは、同僚の凛ちゃんだった。

「はい、そうです。現在は夫と二人暮らしでそこのすずなり団地中央バス停を降りてすぐのマンションに住んでいます。」

この街の住民なら誰もが知っている、そこそこ高級なマンションだ。恐らく、子どもが居ない裕福な共働き世帯なのだろう…と、俺は内心下世話な詮索をしていた。

「私共警察も児童相談所との連携を強化しているので、この地区で里親や養子として迎えられたお子さん達に度々会いに行くんですが、そのような家族構成であれば、あとはあなた方ご夫婦のお気持ちが一致していれば役所の許可も下りやすいかと思います。ですが、残念ながら我々の管轄外ですのでやはり役所へ相談して頂くのが適切かと…」

凛ちゃんの、誰もが容易に予想できるテンプレート的な回答を遮るように先輩が話を被せてきた。

「奥さん、グッドタイミングですね。今日の15時頃、児童相談所の職員さんがここに来るんですよ。ほら、さっき彼女が言っていたように、今って虐待を受けている子ども達を救おうって動きが昔より良くなったでしょう?その取り組みの一環で、児童相談所の方がこの地区で虐待を疑うような通報や、気になる子がいないか定期的に交番を訪ねてくれるんです。」

「巡査長…」

凛ちゃんは、余計なことをして、と言わんばかりの顔だ。凛ちゃんの意見も一理ある。俺だって、この女性がどこまで本気で(警察官がこんな言い方をするのもアレだが、明らかに訳アリの)あの子を引き取りたいのか疑問に思う。単純に、子どもを授からないので養子を迎えたい、というのなら、児童養護施設や乳児院で暮らす子達を-と考えるのが妥当だろうし、ここ数年でその辺りの審査や手続きもグッとハードルが下がっているんだから役所で率直に尋ねた所で不審に思われることもない。

「え、ご一緒してもいいんですか?ありがとうございます!では改めてそのお時間に伺います…あ、私の身辺を明らかにしてなかったですよね?一応、名刺をお渡ししておきます。」

「ああ、それは児童相談所の方が来られた時で結構ですので。」

「承知しました。では、また後ほどお世話になります。」

女性は、明るい声で一礼し、交番を後にした。差し出そうとした名刺の内容までは見えなかったが、あれだけハキハキしているということは接客業なのだろうか。はたまた教師かもしれないな…でも、あんな綺麗にネイルされた指先の先生、ってのは違うかな、いや、むしろネイリスト?-と、俺がどうでもいい妄想を膨らませていると先輩の声がした。

「おい、小谷。児童相談所の職員さんが来ると言っただろう?せめて机の上は片付けておいて欲しいな。」

「すみませんっ。すぐ片付けます。」

時計を見ると、もう14時過ぎだ。俺は慌てて仕掛中の事務仕事を終え、とりあえず机周りを小綺麗に整えた。

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