第6話 親の資格

2歳児が段ボール箱の中から発見された-勿論、すぐに両親は逮捕されたし、数日間はどこのニュースもこの話題を報道した。

唯一、救いだったのは保護された男の子が無事であったことだ。両親の供述や近隣住民の証言、一時保護されている施設でのあの子の様子から推測するに、事件前からネグレクト気味ではあったが身体的な虐待の痕跡はなく、衣食住は困らない程度に与えられていたようだ。体型も、小柄ではあるが2歳児の平均から大きく乖離している訳でもなく、虫歯だらけでも無い。


両親は我が子を捨てた動機について、

「夫婦でオンラインゲームをしている時に、何度も邪魔をされて頭にきたので、山に置き去りにした。しばらく反省させたら迎えに行くつもりだったが、気付いたら二人とも寝てしまっていた。」

と述べていると聞かされた時、あの子を保護した俺はゾッとした。

あの子がもし、野犬にでも襲われていたら-熱中症になっていたら-パニックを起こして法面を転がり落ちてそのまま車に轢かれたら-山中を彷徨いそのまま息絶えたら-

子どものいない、赤の他人の俺でもこれだけの最悪な状況を想像して血の気が引くというのに、あの子の親にとってはゲームの方が大切だったのか、それとも、そんな想像力や責任感が欠如した状態で山に捨てた日まであの子を育ててきたのだろうか。


「あんな親なら、犬猫の方がまだマシじゃないすか?最近じゃあ、猫が人間の子どもの世話してるし。俺、近所で猫が小さい子と公園で滑り台したり、幼稚園バス待ってるの見ますよ。テレビでチラッと見ただけですけど、ああいう猫って専門の学校で訓練受けて、テストに合格してるんでしょ?俺、最初は猫が人間の言葉を喋るとか、猫に人間が世話して貰うなんて世も末だなーって思ってましたけど、あの子の親よりまともに育児出来るんじゃないすか?人間だって運転免許みたいに、親になるのにも何か資格とかテストとかあった方がいいんじゃないすかね?」

交番で報告書を書きつつ俺が愚痴をこぼすと、先輩が笑いながら、

「もし、そんなテストがあったら、俺なんか嫁さんと子ども達に不合格を突きつけられそうだけどな。警察官という職業柄、家庭を大切にしてきた…とは言い切れないからな。」

と言った。その後、軽くため息をついてこう続けた。

「それでも、一昔前よりはマシになったんじゃないか。実の親と暮らすのが子どもにとって最善だ…って、わざわざ虐待が疑われる家庭に保護した子どもを返して、どれだけの不幸な事件が起きてきたのか。今の法律なら、あの子が両親の元にすぐに戻ることはまず無いだろうから。」

「…すぐに、じゃなければ戻ることもあるんすか?」

「それは、あの子が決めることだ。ただし、あの子の意思に加えて、児童相談所や俺ら警察が"親子の絆"なんて精神論ではなく、あの両親に養育する能力が充分に備わったのかを見極めてからの話だが。ま、両親の服役も考えると早くても5年は先だろうな。」

厳罰化されたとはいえ、子どもを捨てても5年後には刑務所から出てこれる-あの子の命が無事だったので刑期は妥当、と先輩は言っていたが、あの子は"一時の感情で親に捨てられた"という事実を一生背負って生きていくのに-


「あの子、一時保護の施設で元気にしてるらしいぞ。念の為に受診した病院でも悪い所はナシ。毎日泣くこともなく走り回って、あの小柄な身体で毎食お代わりしてるんだと。」

先輩もあの子が気になるらしく、施設の職員さんに度々様子を伺っているらしい。

「とりあえず、元気なら良かったです。」

俺はそんな陳腐な言葉しか発せられなかった。


「こんにちは。」

先輩との会話が途切れた後の沈黙を破るかのように、交番の引き戸が開いた。顔を見上げると、あの子を保護した日に落とし物を届けてくれた女性の姿があった。

「あ、先日はありがとうございました。キーケースは無事に持ち主の方に戻りましたので。」

「それは良かったです。」

女性は少し口元を緩めた。が、何故かすぐに緊張した面持ちに変わった。

「今日は、どうされましたか?」

女性が交番を尋ねてくるなんてストーカー行為に関する相談か?それとも結婚指輪をしているから、夫からのDVか?申し訳ないが、そういう相談ならウチの交番じゃなくて市の中央署を紹介することになっちゃうんだけどな…

だが、俺のこんな想像は、何の役にも立たなかった。

「私、この前ここにいた男の子を引き取りたいんです。本来なら市役所か児童相談所に申し上げるべき案件であることは百も承知ですが、あの子の名前すら知らないので悪戯だと思われるのが関の山かと判断し、こちらに参りました次第です。」

俺も先輩も、さっき小学生の下校見守りから戻ってきた凛ちゃんも、恐らく5秒はフリーズしていただろう。

だが、俺等をフリーズさせた張本人だけは冷静な面持ちだった。



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