第4話 マンマ

「…とりあえず、シャワー浴びてきれいきれいしようか、ボク。一人でよく頑張ったねぇ。凛ちゃん、申し訳ないけど東松屋で適当にこの子の着替え一式買ってきて貰えるかな。あ、領収書は必ず貰ってきてね。」

「了解でーす。スクーター使いますね。」

段ボールに閉じ込められていた子どもを発見した俺は、とりあえず彼を派出所に連れてきた。

無線で一報を入れた瞬間は思わず叫び声を上げた巡査部長だが、流石は三人のお子さんのお父さん。彼と対面するなり即座に麦茶と飴を与え、パトカーで派出所に到着する頃にはアニメの話題で彼を泣き止ませてくれていた。

「マンマ!」

「…ああ、ママに会いたいよね。お巡りさん達も頑張って探してるから、悪いけど少し待っててね。」

「マンマ!ポンポン!マンマ!」

「え?」

「そうか、ごめんごめん、。お腹が空いてるよね。おい、小谷お前暫くこの子見とけ。何か食べられそうな物買ってくるわ。」

「いやっ!買い出しなんか俺が行きますよ。部長はこのまま待機で…」

「そんな事言っても、お前、この子が食べられそうな物が分かるのか?…ほーぅ、アレルギーの有無も把握出来ていない他所のお子さんに、どんな食事を与えるのが無難かまで、この非常時にちゃんと考えていたとは、優秀な部下を持てて私は幸せ者だ。」

「いや、その…。シャワーは俺がやっときますんで行ってらっしゃいませ、部長!」

独身で実家暮らし、母親に甘えて上げ膳据え膳の生活を送っている俺はぐぅの音も出なかった。

「わーい!プール!プール!」

「こらこら、身体洗うから大人しくしてくれ…」

とりあえず、この子が思ったより元気そうなことが唯一の救いだ。児童相談所には連絡済みだし、とりあえずあと2,3時間ほどで念の為の受診と一時保護のため職員が迎えに来てくれる。彼が衰弱していない様子を見ると、そんな遠くから捨てに来た訳でも無さそうなので、この子の保護者もすぐに足が付くだろう。

それにしても、我が子(なのかは分からないが)を犬猫のように捨てる親って…いや、犬猫を捨てることだって勿論最低の行為だ。それなのに人間の子どもを箱詰めにして捨てるなんて、どんな精神状態の人間なら思いつき、実行出来るというんだ。

たかが一日風呂に入れなかっただけではなさそうな汚れ具合やこの子の体付き、親を恋しがって泣かない様子などを見て、鈍感な俺でも今までどんな環境でこの子が育ってきたのか大体察しはついた。職業柄、迷子は何度か見てきたが、どの子もものの数分親と離れただけでこの世の終わりのように泣きじゃくっていたのに…

とりあえず、この子が生き延びくれて良かった。と感慨にふけりながら綺麗になった彼の身体を拭いてると、

「待たせたな、ボク。ホカホカのご飯だぞ。お、凛ちゃんもなかなかあの子に似合いそうなコーディネートを選んでくれたみたいで。」

「あ、そうですかー?顔立ち的にハッキリした色が似合いそうかなーと思って。じゃあ私、元々着てた服とか洗ってきますね。」

「さすが、気配り上手の凛ちゃん。ありがとね。」

巡査部長と同僚の凛ちゃんが戻ってきた。

「ごはん!ごはん!」

「熱いからフーフーしてあげるからな。まあ、パックご飯とふりかけでアレルギー…って確率は低そうだから今日の所はこれで許してくれよ。」

「おいしい!もっと!」

「お茶も飲めよ。」

「ジューチュは?」

「はは、ボクいいもん知ってるんだな。まあ、受診が終わったら飲ませて貰えるように職員さんに頼んでおくか。」

「おかわり!おかわり!」

「まだたくさんあるから、落ち着いて食えよ。」

知り合ってから1時間程しか経っていないのに、部長は完全にこの子の心を掴んでいる。いつも厳しい部長のこんな一面を見れて、何だかこそばゆい気分だった。

「すみません。」

女性の声がした。

「あ、児童相談所の方ですか?思ったより早く来て下さったんですね!助かります。」

「…いえ、私は落とし物を届けに来ただけですが。」

また、部長のカミナリが落ちる。俺はそう確信した。

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