幼馴染との再会

「もしもし。……阿沙美?」

 その声に受話器を持つ手が震えそうになった。


 幼馴染の桃華が結婚する。その式に招待された。友人の、それも幼馴染の結婚式は本来なら喜んで出席するものだろう。それなのに特に何も感じることができなかった。桃華との友情が今でも続いているものだと、ちっとも思っていなかったからだ。どうして、私を呼ぶのだろう。

 私たちは仲の良い幼馴染だった。夏は、昼間はプールにアイス、夜は花火と、一日中一緒に遊んだ。秋は「どうして秋ってこんなに寂しいんだろうね」と子供らしい会話をしてたっけ。冬は寒空の下、汗びっしょりになるまで遊んだ。


 子供時代を思い出しながら思わずたった一人で微笑みそうになった。幼少期の記憶の中の二人は本当に仲睦まじい。どこでボタンを掛け違えたんだろう。そんな疑問を頭の中に浮かべたが、本当は分かっている。


 小学三年生で、人生で初めてのクラス替えがあった。それまで二人のクラスは一緒だったが、クラス替えで離れ離れになってしまった。


「どうしよう、ももちゃん。わたしたちクラス離れちゃった」


 私は泣きだしそうだった。


「あさちゃん、仕方ないよ。次は絶対に一緒のクラスになろうね! あと、今度の土曜日遊ぼう!」


 この時の私は、次は一緒のクラスになるという言葉に希望しか持っていなかった。

今思えば、この時から二人の落ち込み方は違った。

 初めのうちは、毎週末に遊んでいたが、ある時を境にそれが途切れた。桃華にクラスの友達と一緒に遊ぶという先約があったのだ。私はとても寂しかった。


「今日は桃華ちゃんと遊ばないの?」


 あまりに何も知らない母に腹が立ってしまった。


「ももちゃんは新しい友達と遊ぶんだって。酷いよね」


「桃華ちゃんに新しい友達ができて良かったじゃない! 阿沙美も、そのうち休みに遊ぶような友達ができるよ」


 私は母の言葉を信じられずにますます機嫌が悪くなった。


 母の言葉は本当だった。私にも、休みの日に遊ぶような友達ができた。新しい友達ができたと話すと母は本当に喜んでくれた。だけど桃華からの誘いを私が断るというパターンは少なかった。桃華の方が交友関係が広かったのだ。そのことが何となく悔しかった。

 次第に、桃華と会う頻度は減っていった。私は新しい友達の影響で読書をするようになった。桃華はこの時、何をして何を思っていたのだろう。

 小学校高学年になり、再びクラス替えがあった。クラス分けの発表の日まで、かつて桃華が「次は絶対一緒のクラスになろう」と言ったことなどすっかり忘れていた。


「あさちゃん!」


 久しぶりにあさちゃんと呼ばれ、振り返ると嬉しそうな桃華が立っていた。


「私達、おんなじクラスだよ!」



 自分の名前だけでなく、桃華の名前も探し始めた。そして、ようやく見つけた。


「本当だぁ!」


 私はすぐ桃華のそばへ行った。二人で手を取り合って喜んだ。その帰り道、二人は久々に一緒だった。話すのも久しぶりだというのに、何気ない会話がぽんぽん浮かんできて、二人でたくさん笑った。


「学校でもいっぱい喋ろうね!」


 別れ際にそう言った私には何も気にしていなかった。


「……うん!」


 桃華の微妙な間をこの時の私は気にしなかった。馬鹿だな、私。

 新しいクラスメートが集まる始業式で、桃華が私の知らない友達に囲まれていた。その様子をぼんやりと見ていると、


「阿沙美ちゃん、どうしたの?」


私もまた別の友達に声をかけられた。それぞれ別々の友達ができていたのだ。


 結局、その日私たちは一言も言葉を交わさなかった。帰り道すら別々の友達と一緒だった。

 帰宅すると、夕飯を作っている母が声をかけてきた。


「桃華ちゃんと同じクラスになったんだよね。どうだった? いっぱい話せた?」


「ももちゃん、別の友達に囲まれてたもん」


「それはあんたも一緒でしょ」


 母は明るい声で言った。


「友達の友達は友達って言うじゃない。あんたの方から桃華ちゃんのお友達にも声をかけてみたら? 新しい友達ができるって、楽しいことだよ」


 そういうものだろうかと、腑に落ちないまま頷いた。


 このまま桃華との距離が開いたままだと心がもやもやする。少し怖いが、母の言葉を信じてみることにした。ドキドキしながら学校にたどり着いた。教室に入ると、既に桃華は三人の友達に囲まれていた。


 よし、と心の中で自らの頬をぺしっと叩いた。まずは挨拶からだ。


「お、おはよう」


 少しつっかえてしまい、顔が熱くなるのを感じた。桃華の友達は驚いて私を見た。そんな目で見ないでと、胸が苦しくなった。


「おはよう」


 桃華が返してくれた。ほんの少しだけホッとする。桃華の後に続いてようやく、桃華の友達三人がおはようと返してくれた。でも三人は私を不思議そうに見ているばかりだ。私はどんどん不安になっていった。何て言えばいいのだろう。


「この子はね、阿沙美ちゃんって言うの」


 桃華が三人の友達に向かって言った。


「私とは、小さいころからの友達だよ」


 ありがとう、ももちゃん。心の中でそう言った。ようやく三人の瞳が少し柔らかくなった気がした。


「えっと、あの……よろしくね」


 そこでチャイムが鳴った。よろしくねと言ったのと、ほぼ同時だったので、ちゃんと声が届いたのかも分からない。そのことを不安に思いつつも席に着いた。ちらりと桃華の方を見ると、桃華は私に全く気付かずに、近くの席の友達とお喋りをしているところだった。心がざわっとしたのを感じた。


 その日の昼休みに、再び桃華達に声をかけた。


「ねぇ、ももちゃん」


「ももちゃん?」


「ももちゃんだって」


 居心地の悪さを感じた。私が桃華のことを今まで通りに「ももちゃん」と呼ぶと、桃華の友達が軽く笑ったのだ。彼女たちに悪気は無いのだろうが、少し馬鹿にされているような気がしてしまった。


「なぁに、阿沙美」


 桃華が、私のことを「あさちゃん」ではなく、「阿沙美」と呼んだ。私はそれを聞き逃さなかった。

 不意に、自分が場違いなことに気が付いた。桃華の友達は皆、背が高くて、黒っぽい、大人っぽい恰好をしていた。もちろん、所詮は小学校高学年にとっての「大人っぽい」ではあるが。背が低くて、お気に入りの水色のトレーナーを着ていた私が気後れするには十分だった。

 桃華の友達が私を見下ろしてくる。どうしよう、と委縮してしまった。何を話していいのか分からない。


「阿沙美も一緒に見る?」


 そこへ、助け舟を出してくれたのは、またしても桃華だった。


「うん!」


 不安を悟らせないように、私はわざと明るい声を出した。


「この子かわいいよね」


「この服はやだー」


 桃華とその友達が一緒に見ていたものは、小学生向けのファッション誌だ。私は読書が好きだったけどファッション誌を読みたいと思ったことはなかった。


「ねぇ、阿沙美はどのモデルさんが好き?」


 私のことを少しでも輪の中に入れてくれようと、桃華がまた声をかけてくれた。


「ええっと……」


 この時の私には、そういうことがよく分からなかった。だけど、なんとなく、大人っぽい桃華の友達の前で、「ファッション誌を読んだことがないから分からない」と言うのは抵抗があった。


「こ、この子……かな」


 緊張しながら、必死に皆が好きそうな子を指さした。

「ふーん、この子かぁ」


 桃華は明るく言ってくれたが、


「私はあんまりだなー」


 桃華の友達の何気ない一言が痛かった。

 明るい輪の中で、ただ一人明るいフリをした。ちっとも楽しくなかった。


 家に帰ると、母が好物を作って待っていた。


「どうだった? お友達になれた?」


「なれるわけないじゃん!」


 悲しみと苛立ちから、柔らかな笑顔の母に鋭い声をぶつけた。母の呼び止める声を無視して、私は自分の部屋に引っ込んだ。そして少し泣いた。

 その翌日から、桃華とその友達に声をかけるのをやめた。向こうからも、声がかかってくることはなかった。


「阿沙美ちゃん、おはよう」


「おはよう!」

 私には私の友達がいるもん。自分の友達を見た。身長は自分と大体同じくらい。パステルカラーのかわいい服を着ていて、眼鏡をかけている子もいる。この日は新しい本の話をしていた。自分の友達と話している姿を桃華達に見せつけたい。本当は、桃華はまだしも、その友達は自分のことなど全く気にしていないことも分かっていた。


 それから時が経ち、夏になった。私の友達の一人が気になることを言った。


「優実ちゃんと日直一緒だったんだけどさ、あの子仕事すっぽかしたんだよ! おかげで私一人で黒板の掃除したんだから!」


 優実ちゃんというのは、桃華の友達の一人だ。背が高く、自分を見下ろしてきたあの姿が蘇った。


「あんな子のこと気にしちゃダメだよ」


 私は強い言い方をした。

 その帰り道、偶然桃華と出会った。


「あっ、阿沙美!」


 意外にも、桃華の方から声をかけてきた。しかし不思議と、それほど嬉しくはなかった。


「どうしたの、桃華ちゃん」


 あえてそうしたわけではないが、私の声にはとげが含まれていたのだろう。桃華は俯いた。


「あ、あのね……優実のことなんだけどね」


 桃華は弱弱しく言った。


「あの子今、町のダンスサークルでかなり頑張ってるんだよね。だから……最近忘れものとか多くってさ、そのことで皆に迷惑とか、かけてて……ちょっと悪口とか言う子もいるみたいなんだけど……」


 桃華の歯切れの悪さにイライラした。


「阿沙美は、嫌いにならないであげて!」


 少し早口に桃華は結論を言った。桃華は不安そうに私を見てくる。なんだ、こんなことを言いに来たのかと私は落胆した。


「優実ちゃんは私のことなんて気にしてないと思う」


 私はぶっきらぼうにそう言った。


「そんなことないよ! 優実はほんとは傷つきやすくって……」


「優実ちゃんには桃華ちゃんがいるでしょ。大丈夫だよ」


 桃華はそれ以上もう何も言ってこなかった。

今から思えば、優実ちゃんに嫉妬していたのだろう。桃華が自分以外の友達のことを手厚く庇うことを。

 あの時は分からなかったけど、きっと私は桃華に、謝られるか、「もういちど仲よくしよう」とでも言って欲しかったのだ。馬鹿な私。桃華はなんにも悪いことをしていないのだから、謝る必要なんて無いというのに。


 私の友達と一緒に秋祭りに行った。最初は普通に祭りを楽しんでいたが、そうはいかなくなった。

 秋祭りの屋台が並ぶ通りの奥の方に小さなステージがあり、そこではちょっとした催し物が行われていた。そこに、桃華が出ていたのだ!

 桃華は、優実ちゃんを初めとする、クラスの友達と一緒にダンスを踊っていた。何も聞いていない。ダンスを始めたことも、催し物に出場することも。

 ダンスの衣装はとてもカラフルで、桃華は蛍光イエローの服を着ていた。舞台メイクもとても派手で、小学五年生ではなく中学生に見える程だった。

 踊る時間は一チームたったの五分ほどだったと思うが、桃華の番だけやけに長く感じられた。

 こんな桃華ちゃんは知らない。ダンスが終わり、仲間たちとハイタッチをする桃華を見て、不意に悟った。桃華ちゃんは変わった。

 不思議なもので、そう思ったら妙にすっきりした。


「涼子ちゃん、行こう」


 自分の友達に声をかけた。


「え、もういいの?」


「うん。ホットドッグ食べたくなっちゃった」


 私は桃華がいる方に背を向けた。


 桃華が転校することが明らかになったのは、その年の冬のことだった。


「桃華と一緒に卒業できないね」


 桃華の友達の一人がそう言うのが、教室のどこかから聞こえた。

 私は自身の友達と、発売されたばかりの本の話をしていた。

 小学五年生の三月、桃華はクラスの皆の前でお別れの挨拶をした。クラスの中で桃華と一番仲の良い子が色紙と花束を渡すことになっており、その役目を果たしたのは、優実だった。

 その日の主役は桃華とその友達だった。クラスの皆に見守られながら、黒板の前で彼女たちは抱き合っている。私はそれを見守るクラスの中の一人だった。

 それ以来、桃華と一切連絡を取り合っていない。


 大阪に着いた。駅から桃華との待ち合わせ場所に歩く途中で汗をかいた。もうこんなに温かいのか。


「阿沙美!」


 声がした方を向くと、平均的な身長で、ダークブラウンでセミロングの髪を風に靡かせた、落ち着いた大人の女性が立っていた。


「……桃華ちゃん」


「大阪まで来てくれてありがとう! 疲れたでしょ? ちょっとお茶しない?」


「大丈夫? 明日結婚式なのに忙しくないの?」


「小さい式だから準備はもう終わってるよ! 平気平気!」


 桃華は弾けるような笑顔で、品のいい喫茶店に誘った。ほんの少し関西弁に影響を受けたイントネーションになっているものの、桃華の雰囲気は大して変わらなかった。


「あ、このココア美味しい」


 私がこぼした呟きに、


「そうでしょそうでしょー! よかった! 気に入ってもらえて」


 桃華は大げさに喜んでくれた。

 久しぶりに会ったということもあって、初めこそ少しよそよそしかったが、次第に、長い間離れていたことを感じさせないくらいに他愛ない会話で盛り上がった。笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、そろそろいいかな、と思い始めた。


「ねえ、桃華ちゃん」


 少し改まった様子の私を見て、桃華は動きを止めた。


「結婚おめでとう」


 正直、目の前の桃華が結婚するという実感はまだ持てない。だが、実際に桃華と会って話してみて、岩手にいた時よりは素直に祝福できる気持ちになっていた。


「ありがとう」


 桃華ははにかんだ。


「私を呼んでくれてありがとう。……よく覚えててくれたね」


「……忘れるわけ、ないよ」


 桃華は一呼吸置いて、しっかりと言った。


 大阪の桜を見ながら桃華と街を歩いた。春の香りが街のせわしなさを愛おしいものにしているようだった。桃華はスマホで結婚相手の写真を見せてくれた。同い年の優しい目をした男性だ。


「桃華ちゃんにお似合いだと思う」


「本当? めっちゃ嬉しい!」


 桃華は私の言葉一つ一つに、様々な笑顔で反応してくれた。それが嬉しくて、ついたくさんのことを話した。まるで、二人はずっと一緒にいた親友のようだった。楽しい時間はあっという間に過ぎて、桜の合間に夕日が落ちた。私はビジネスホテルに、桃華は自宅へと帰っていった。

 どうして私は、桃華に複雑な感情を抱いていたのだろう?

 長い夢から覚めたかのように、急に不思議になった。桃華はいい子だ。今も昔も。やはり、私が悪かったんだろうな、子供だったんだろうな。かつての自分の小ささを思い知る。

 だけど、もうかつての私はどこにもいない。悔いても恥じても仕方がない。明日に備えて早く眠ってしまおうと、ホテルの慣れない布団に潜ろうとした、その時だった。

 スマホの着信音で意識が現実に引き戻された。桃華からの電話だった。

 こんな時間にどうしたのだろう。明日は結婚式なのに。


「もしもし、どうしたの?」


「……今日、話せなかったことがあるの。結婚しちゃう前に、阿沙美と話したいことがあるの。そんなに長くはならないから。……多分」


 日中の桃華とは全然違う、歯切れの悪い話し方。心配になってきた。


「電話だと話しずらいこと? どこかで待ち合わせる?」


 桃華は本当にありがとうと言い、私が滞在するホテルのすぐ近くの公園で会うということになった。上着を羽織り、寒さを覚悟して、早歩きで公園へと向かった。

 夜だというのにあまり寒くはなかった。夜桜を眺めながらも、桃華のことが気になって、その美しさを感じる余裕はなかった。


「おまたせ」


 息を切らしながら桃華が現れた。


「そんなに急がなくてもよかったのに。……どうしたの?」


 二、三度大きく息を吸って、決心したように桃華は口を開いた。


「あのね、……私」


 私は静かに言葉の続きを待った。


「阿沙美に謝りたいの!」


 もしかして、桃華も過去のことを気にしていたのだろうか。

 しかし、どうして今更? 過去に楽しくない思い出があるのは確かだが、子供の頃のことだ。

 私が訝しんでいるのを察したのだろう。桃華が言葉を重ねた。


「本当に、今更だよね。ごめんね。でも、結婚しちゃったら、ますます話す機会もなくなって、言えなくなるって思ったら、怖くなったの」


 どうして桃華はこんなに申し訳なさそうなんだろう。私が子供だったから、二人は疎遠になったというのに。桃華は何も悪くないのに。

 私は何を言えばいいのかわからなくて、黙ってしまった。

 桃華は私の沈黙を受け止めた上で、心を決めたように切り出した。


「阿沙美。今から話すことは、阿沙美を傷付けるかもしれない。それでも、謝りたいことがあるの」


「傷付ける」という言葉に少しドキッとする。子供の頃の良いとは言えない思い出を今更掘り起こすのは、確かに正直いい気分ではない。でも、桃華だってそのくらいのことは分かっていて、それでも話したいのだろう。

 それに、なんだか。桃華の心の内を聞いて、その上で喋ってみたい。もやもやとしたものを超えてみたい。


「いいよ。何でも話して。その話が終わったら、私も話すから」


 桃華は、少し驚き、微笑んだ。


「ありがとう。うまく言えるか分からないけど……」


 桃華はゆっくりと話し始めた。


 クラス替えをして一か月も経たないうちに、桃華には新しい友達ができた。阿沙美とは大分タイプの違う友達。すらりとしていて、目鼻立ちがはっきりしており、物怖じしないような性格の友達だった。


「桃華、今度電車に乗って隣町まで遊びに行こうよ!」


 桃華は新しい友達と出会えたことに感動していた。阿沙美と付き合っていた頃よりも行動範囲が広がり、新しいことをたくさん知り、付いていくのにやっとだった。家族の中から出て友達だけでどこへでも行ってしまうような子たちに桃華は感動した。

 やがて、阿沙美にも違う友達が出来た時、桃華はホッとした。もう阿沙美のことを気にしなくていいのだと。


 小学校高学年になる時、桃華と阿沙美は再び同じクラスになった。阿沙美の名前を見て、思わず彼女に声をかけたのが自分でも意外だった。もう一つ意外だったのは、阿沙美が桃華に声をかけられるまで、自分たちが同じクラスであることに気付いていない様子だったことだった。

 その帰り道、阿沙美と久しぶりに話した。話す前は、今更阿沙美と楽しく話せるのかと疑問を持っていたが、しばらくぶりとは思えないくらいに楽しくて、桃華は内心驚いていた。だが、阿沙美が「学校でもいっぱい喋ろうね」と言った時、それは多分できないだろうと思った。自分の友達と阿沙美は、何か違う、合わないだろうと。


 自分のグループのところに阿沙美が来たとき、桃華は平静を装いながらもひやひやしていた。特に、阿沙美に「ももちゃん」と呼ばれ、友達がくすくすと笑ったときはドキドキした。

 阿沙美はともかく、自分まで弾かれてしまったらどうしよう。阿沙美には阿沙美の友達がいるから良いが、自分にはこの子達しかいないのだ。

 やはり桃華のグループに馴染めなかった阿沙美にフォローを入れてはいた。しかし、阿沙美もこのグループに入ることが出来たらいいなどとは、全く思わなかった。

 それ以来、教室で阿沙美が自分の元へ来ることはなくなり、桃華はホッとしていた。そして、そんな自分は酷い子なのではないかと不安になった。

 桃華は友達の優実に誘われて、町のダンスサークルに入った。優実と一緒にダンスに夢中になっていくうちに、桃華は優実と仲良くなった。


「桃華って、阿沙美ちゃん達のグループと話したことある?」


 何か言われるのだろうかと、桃華は身を固くした。だが優実が話したことは意外なことだった。


「私、あの子たちに嫌われてる気がして不安なの。この前日直の仕事すっぽかしちゃったし。ね、阿沙美ちゃんあたりに聞いてみてくれない? お願い! 桃華!」


 嫌なことを頼まれてしまったが、優実の必死さに桃華は断ることができなかった。

 結局、桃華は後悔した。以前、桃華の友達が阿沙美を受け入れなかったことを思えば、阿沙美が優実に悪い感情を持っていたって仕方がないのに、どうして阿沙美にあんなことを言ってしまったのだろう。どうせ話すなら、もっと楽しいお話をすれば良かった。ダンスを始めたことを言えば良かった。そうすれば、優実のことを話しても自然だったのに。桃華は、阿沙美の冷たい態度を思い出した。でも、仕方ない。桃華はどんどん阿沙美に話しかけずらくなっていった。


 秋祭りの日。桃華は祭りのステージに立つべく、優実を初めとする仲間たちと共に懸命に練習を重ねてきた。自宅の鏡の前で舞台衣装を身にまとった自分を見た時、幼い頃の記憶が蘇った。阿沙美と家族ぐるみで付き合っていた頃のことだ。阿沙美と一緒にステージのダンサーを見て、「すごいね」「かっこいい」と興奮して二人で話したことを思い出した。今の自分はあのダンサー達と同じ歳になった。そのことに気が付いた途端、急に阿沙美と話したくなった。自分のステージを見てもらいたくなったのだ。

 桃華は、電話の前まで駆けていき、番号ボタンを押し始めた。番号を指が未だに覚えていた。


「もしもし、桃華ですけど」


「桃華ちゃん! 久しぶり!」


 阿沙美の母親は驚きながらも嬉しそうな声だ。


「阿沙美はいますか?」


「ごめんね、桃華ちゃん。阿沙美はもう友達と出かけちゃったの」


 桃華は切なくなった。阿沙美の母の「ごめんね、また誘ってあげて」という言葉が胸に痛かった。

 やがて、友達が自宅まで迎えに来た。桃華は気分を切り替えようといつもよりたくさん喋った。


 転校が決まった時、阿沙美に言わなければいけないと思った。


「私たちが色紙と花束を渡すからね!」


「絶対に忘れないでね!」


 既に自分の友達が、色紙と花束を渡す役割になっていた。何て顔をしてこのことを阿沙美に伝えればいいのだろうと、桃華は一生懸命考えたが、桃華が阿沙美に直接言うより先に、親同士が話してしまったらしい。それならいずれ阿沙美にも伝わるだろうと、桃華は気が抜けてしまった。直接言わなくてもいいと、ホッとした面もあった。

 桃華がクラスの前でお別れの挨拶をしたとき、阿沙美は友達が転校してしまう当事者というよりも、どこか傍観者のような顔をしていた。それが少し切なかったけど、もう遅いなとも思った。

 だけど時が流れて、これから家族ができると思った時、阿沙美の顔が浮かんだ。今しかないと思った。




 私は桃華の話を聞いて、胸のつかえが取れたような気がした。幼すぎて傷付いたのは自分だけではなかった。そして、私が傷付いたのも、私だけのせいではなかったのだ。


「桃華ちゃん、謝らなくていいよ。幼かったのは、私も同じなんだから」


「ありがとう、阿沙美。だけどね、謝りたいだけじゃないの」


 日が昇り、公園の桜が朝日に照らされた。


「私、阿沙美ともう一度友達になりたい。今までのことを受け止めたうえで、もう一度」


 桃華の緊張をほぐしてあげたくて、私は微笑んだ。


「私、新幹線の中で桃華のこと久しぶりに考えて、複雑な気分になった。でもそれなのに、桃華と直接話したらそういうのふっとんだよ!」


 桃華の手を取った。


「これからよろしくね! 桃華!」


「ありがとう……。阿沙美……」


 桃華の声に涙が混じった。


「泣かないでよ! 泣くなら結婚式で泣いて」


 笑って桃華の肩を叩いた。

 風が吹いて、桜が揺れた。桜も笑っているみたいだ。


 幸せな気分に包まれたまま、私は帰りの新幹線で眠っていた。

 それから半年後、桃華と旅行の計画を立てているところだ。

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