第26話【黒柳流殺人空手】

続々と焼かれていくゴブリンの群れたち。


もうゴブリン大軍団は壊滅状態に近い。


エンと呼ばれる赤毛の美少年が放つ火炎の攻撃が次々にゴブリンたちを焼き殺していた。


両掌から放たれる二本の火炎攻撃。


赤毛の美少年はニコニコしながらゴブリンたちを燃やしている。


そして、周囲に積み重なっていく消し炭の数々が増えていった。


「わ~い、汚物は消毒だよ~。楽しいな~」


満面の笑みでゴブリンを焼き殺すエンの炎がゴブリンキングのゴクアクスキーに迫った。


その二本の火柱をゴクアクスキーは深紅の水晶体からホブゴブリンを召喚して盾に使う。


召喚したホブゴブリンを使って難を逃れたのだ。


そして、踵を返して逃げに入るゴクアクスキーが怒鳴りながら愚痴っていた。


「畜生!畜生!畜生! もう少しでモブギャラコフを殺せたのにぃいいい!!」


悪魔から貰った深紅の水晶体からゴブリンを呼び出せる数は無限に等しい。


だが、ホブゴブリンやオーガは別であった。制限があるのだ。


ホブゴブリンは5分に一体。


オーガに関しては12時間に一体しか召喚出来ない。


ゴクアクスキーがギザギザの歯が並ぶ口元を歪めながら愚痴っていた。


「し、失敗した……」


それは本心から悔やんでいる。


まさかモブギャラコフが雇った異世界転生者がオーガ並みの強さを有している怪物だと知っていれば、もっと魔の森で下準備に励んでから村攻めに入れば良かったと悔いていた。


現在オーガはゴリラ顔のマッチョマンと戦っていて手が放せない。


こちらは突如現れた謎の美少年二人に追い詰められている。


素手でゴブリンを容易く殴り殺す美少年に、炎を放ってゴブリンを焼き殺す赤毛の美少年。


強敵を通り越して難敵過ぎる。


「なんなのだ、この子供たちは!?」


黒髪の美少年はゴモラ村で何度か見たことある子供だった。


村の子供ではなかったが、村の市場で食材を買い込んでいる姿を見たことがある。


だが、ここまでの戦闘力を有した少年だとは考えてもいなかった。


あれでは化け物だ。


ゴブリンキングに変貌してしまった自分以上の化け物である。


「クソ!くそ!糞!! こうなったら一旦退却して軍勢を再編成して出直しだ!」


ソドム村を飛び出して魔の森に一旦逃げ込む。


そこでオーガを数匹召喚してから再びソドム村を襲う。


そのころにはホブゴブリンも数十匹は召喚出来ているだろう。


あのゴリラ転生者とてオーガを二匹同時には相手が出来ないだろうて。


この赤毛の少年も四方から数千のゴブリンに囲まれれば自慢の火炎でも軍勢を焼ききることは無理だろう。


圧倒的な数の有利。人海戦術を越えた超人海戦術だ。


これで攻め落とすしかない。


「おっと、逃がさないぜ。親分さんよ」


「ひぃ!!」


回り込まれた。逃げようとしていたゴクアクスキーは黒髪の少年に退路を塞がれる。


指の間接をポキポキと鳴らしながら歩み近付く黒髪の少年。その眼光は子供の物とは異なる鋭い光。おそらく12歳程度の若輩者に伺えるが、眼光の奥には数人は人間を殺してきたような殺意が揺れていた。普通の子供が放てる眼光ではない。殺人鬼の瞳だ。


「おのれぇぇえええ!!」


深紅の水晶体を前に突き出しゴブリンの軍勢を召喚するゴクアクスキー。


召喚されたばかりのゴブリンたちが一斉に黒髪の少年へと飛び掛かった。


だが、少年は左足を前に踏み出し腰を低く構える。


右手は拳を握り腰の高さに、左手は前に突き出し狙いを定めた。


正拳突きを放つ構えである。


「行くぜ、黒柳流殺人空手!」


全身を力ませ攻撃を放つ黒髪の少年。放たれた技は右中段正拳突き。


何気ないポピュラーな空手技だったが、撃ち放った拳が巨大化して飛んでいく。


「天馬彗星正拳突き!!」


少年の放った正拳突きが巨大化して飛んでいく。まるで彗星のような塊の正拳突きだった。


それは気合いで増幅した殺気が殺意と変わって見せた幻影。しかし、その殺意の幻影が見せた巨拳がゴブリンたちの津波を一撃で撃ち殴った。


一斉に吹き飛ばされるゴブリンの群れ。


それはダイナマイトで吹き飛ばされたかのように無惨にもゴブリンたちの魂を打ち砕いた。


心を砕かれたゴブリンたちが雨のようにバラバラと降ってくる。その瞳は死んだ魚のように濁っていた。


そう、死んでいる。


幻影の攻撃を食らってゴブリンたちは絶命してしまったのだ。


「ひぃぃいいい、なんだこの小僧はぁあぁあ!?」


腰を抜かして尻餅を付いてしまうゴクアクスキー。


その前にふてぶてしい態度で立つ黒髪の美少年。


「ゴブリンの癖に人語を話すなんて100年早くねえか、ああ~?」


まるでヤンキーのように威嚇的だった。


黒髪の少年からは育ちの悪さがハッキリと伺える。


「ひぃぃいいい……」


「このゴブリン。顔がムカつくな。死んだ魚のような目がムカつく。ゴブリンの癖に太ってるのもムカつく。生理的に受け付けないぜ。ふっ!」


最後に一突き。


拳の型は、一本拳。


その一突きで尻餅を付いているゴクアクスキーの眉間を少年が突いた。


激痛。


それはその一撃で死にたくなるほどの激痛だった。


まるで頭を竹槍で串刺しにされたのに死ななかったような激痛だった。


その結果、ゴクアクスキーがセレクトした選択は───。


死。


あまりの苦痛で脳が自動的に死を選択したのだ。


生物の行きすぎた防衛本能が起こした矛盾である。


大きく目蓋を見開いたゴブリンキングが倒れ込む。


口から涎を垂らして動かない。


黒髪の少年はゴクアクスキーの手元から落ちた深紅の水晶体を踏みつけて砕いて壊す。


「よし、これで残すはあっちのオーガだけだな」


黒髪の少年が見るのはゴリラと鬼の殴り合い。


その殴り合う巨漢たちを見ながら黒髪の少年は瞳を輝かせていた。


「なんて美しいんだろう。あれは天使だ──」


黒髪の少年は心の底から両者の戦いを観て感激していた。


それは戦闘狂が見た感想だけではない。


彼には愛美が天使に見えていた。


ゴリラ顔のマッチョではなく、自分以上の美形の戦士に見えているのだ。


それはクロが有している偽りを見抜く瞳の効果からだった。


彼のホムンクルスとしての能力は、偽りを見抜く瞳である。


それは、魂の価値から他人の真の姿を見抜くことも出来る。


故にクロには愛美が絶世の容姿を有した美しい天使に見えているのだ。


理想の女性だった。


一瞬で少年の恋心を持っていかれる。






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