第27話【超人のプロレス技】

オーガが怒号を叫びながら拳を振りかぶると愛美も大きく拳を振りかぶった。


打ち合う両者の攻撃。


オーガが愛美の顔面を殴れば愛美もオーガの顔面を殴り付ける。


オーガが愛美の腹を蹴飛ばせば愛美もオーガの体を蹴飛ばした。


両者が足を止めての殴り合い。


両者共に一歩も引かない殴り合いだった。


その真っ向からの殴り合いには防御が見られない。回避も見られない。防ぐ躱すといった行動が皆無だった。


「ウガァァアアア!!」


「とぉりゃ!!」


オーガのフックが愛美の頬にめり込むと力一杯振りきられる。


それを食らいながら愛美はオーガの脇腹をミドルキックで蹴り付けた。


続いてはオーガのアッパーカット。


オーガの拳が高く振りきられると愛美がオーガの首筋に袈裟斬りチョップを打ち落とす。


続いてはオーガのローキック。


オーガの下段蹴りが愛美の太股に食い込むと愛美はオーガの顔面を張り手で打ち殴る。


打たれたら打ち返す。


打たれなくても打ち返す。


ただただ打ち合うだけの子供の喧嘩のようにも見えたが、その殴り合いの中にも拳脚の技術が見え隠れしていた。


それは愛美の打撃技である。


オーガの攻撃はただ力一杯に殴る蹴るだけの攻撃だが、一方の愛美の攻撃はすべてがプロレス技で表現出来る攻撃ばかりだった。


張り手にしろキックにしろすべては訓練された技ばかりである。


その証拠に続いて愛美が繰り出した攻撃は両手のチョップで相手の首を左右から挟み込みながら打つモンゴリアンチョップだった。


二刀のチョップにオーガが苦悶の表情を浮かべて一瞬だが腰が引けてしまう。


僅かだったが攻撃の手を止めてしまったのだ。


その僅かな間を愛美は見逃さなかった。


大きく振りかぶった肘をオーガのこめかみに打ち込んだ。


エルボースマッシュだ。


その肘打ちが力一杯振りきられるとオーガの意識が混濁に揺れた。


眩暈。


オーガの視界が小刻みに揺れていた。


その眩暈がオーガの動きを完全に止めてしまう。


そのような状態のオーガに掴みかかる愛美。


黒い髪を片手で鷲掴みにすると上半身を大きく後方に振りかぶった。


頭突き。


今度は一歩足頭突きだ。


打ち込まれる愛美の額がオーガの脳天を強打した。


激しく脳味噌を揺らされたオーガが表情を苦痛に歪めながら数歩だけ後退した。


オーガが愛美との殴り合いに打ち負けたのだ。


エルボーが効いている。


一本足頭突きも効果的だった。


しかし、愛美の追撃は止まらない。


下がったオーガを攻撃で追い立てる。


「とやっ!」


愛美が飛んだ。


両足を揃えて跳躍する愛美はオーガの眼前で体を丸めたまま飛んでいた。


オーガが顔を上げると、そこには揃えられた両足の裏が見えてくる。


愛美は宙で両膝を顔に付くぐらい引き寄せながら体を丸めているのだ。


そして、足の裏で狙いを定めている。


それは全身の力を溜め込む行動。


誰だって垂直ジャンプをする際に膝を曲げて勢いを溜めるものだ。


それと一緒である。


愛美は空中で膝を曲げて力を溜めているのだ。


そして、狙いが定まると全身のバネを使ってオーガの顔面を両足で蹴り飛ばした。


それはまるでバズーカを至近距離で食らったかのような極上の衝撃だった。


今まで愛美から食らった攻撃の中で一番の破壊力である。


「グハッ!!!」


愛美の両足裏がオーガの顔面を蹴り飛ばすとオーガの顔が不自然に歪む。


圧倒的な破壊力で骨格が酷くも歪んだのだ。


プロレス技の王道、ドロップキックだ。


オーガの巨漢が後方に飛んでいき背中から地面に落ちると今度はゴロゴロと転がった。


そしてうつ伏せで止まる。


「う、がぁ……」


震えながらも立ち上がろうとするオーガ。


だが、身体中の筋肉が自分の意思とは裏腹に痙攣してしまって上手く立てない。


うつ伏せの状態から上半身を起こすのすらままならないのだ。


「ガ、ガ……ガガ……」


うつ伏せに倒れたままのオーガは動揺していた。


なんだ、この攻撃は……!?


そのような思いが心の中で揺れていた。


自分が繰り出した攻撃は本能のままに繰り出した勇ましいだけの攻撃だったが、対戦相手の愛美が繰り出してくる攻撃は、それとは異なる感じの芸術的な攻撃だった。


一つ一つの攻撃に熱い思いがありありと感じられる。


その思いは闘志とは異なる熱さだ。


それはまるで情熱──。


攻撃の中に熱い信念が感じられるのだ。


信念、情熱……。


そのような訳の分からない物に負けていられない。


オーガにだって闘志がある。


その闘志を燃やして立ち上がろうと両手に力を籠めた。


「グググッ」


「とーーーりゃ!」


しかし、まだうつ伏せに近い体勢のオーガの背中に愛美が降ってくる。


エルボードロップだ。


愛美の筋肉巨漢が肘を突き立てながらオーガの上半身を背中から串刺しに押し潰す。


延髄を肘鉄落としに潰された。


「ふが……」


屈辱。


倒れているところに攻撃をされる。


しかも死なない程度に攻撃だ。


戦いの場でダウンとは死を意味する。


倒れれば圧倒的な不利になる。


それは死んだも同然。


だが、愛美は死なない程度の攻撃で追撃をしてきた。


それがオーガには屈辱だった。


その怒りが燃料に代わる。


オーガは立ち上がった。


震える足の痙攣を気合いで無視して立ち上がったのだ。


しかし、立ち上がるだけで精一杯だった。


これでは反撃どころか防御も出来ない。


ただ立つだけですべての根性を費やしてしまう。


その結果はオーガにも理解できていた。


次の攻撃を無防備に受けるしかない。


防御する体力が無いのだ。


腕すら上がらない。


それは決着を意味している。


決着とは死だ。


オーガは自分が愛美に殺されると覚悟を決めたのである。


立ち上がった動けないオーガに愛美の次なる攻撃が迫る。


愛美は体を捻りながら跳躍して迫っていった。


オーガの視界にはスピンしながら飛んできた愛美の厚い背中が目に入る。


そこからの飛び後ろ回し蹴り。


プロレス技のローリングソバットだ。


「ゴハッ!」


愛美の後ろ蹴りの踵がオーガの顎を蹴り上げた。


蹴りの衝撃にオーガが仰向けに倒れる。


これでは嬲り殺しだ。


なんてエゲツない。


一思いに殺さない。


これは戦士に対しての冒涜だ。


倒れているオーガが屈辱に奥歯を噛み締めると愛美が今度はオーガの両足を掴む。


そこから自分の足をオーガの足に絡めて新たなプロレス技に突入した。


足四の字固め。


昭和の大技だ。


「ウギャァアァアアッアアッ!!」


オーガの絶叫にも近い悲鳴。


足四の字に固められた両足から届く極上の激痛にオーガが悲鳴を上げたのだ。


頭をかきむしり、体をバタつかせて悶えるオーガ。


だが、激痛の発生源である足四の字固めからは逃げることも不可能。


まるでそれは拷問だった。


ここまで来ると、もうこれは戦いではない。


拷問だ。


苛めだ。


耐え難い苦痛に、屈辱的な思い。


もう辞めたい。


このような戦いはしたくない。


オーガの心が折れた。


まだ両足は折れていないが心が先に折れてしまった。


だが、オーガは知らない。


この戦いを終わらせる方法を──。


ギブアップの宣言を──。


故に惨くも愛美の攻撃は継続された。


しかし、愛美とて足四の字固めでオーガをなぶってばかりもいられない。


彼女も決着の必要性を感じている。


このオーガが足四の字固めだけではギブアップしないと悟ったのだ。


故の更なる行動。


「ぬぉぉおおお!!」


「ギィァアアア!!」


愛美が足四の字固めのままにブリッチした。


その弓なりの体勢がオーガの両足を苦しめる。


しかも愛美の反り上がりは止まらない。


オーガの巨漢を足四の字固めの体勢のままに逆立ちで釣り上げたのだ。


極太の両腕でオーガを持ち上げる愛美。


足四の字固めのままに逆立ちしてオーガの巨漢を持ち上げていた。


逆立ちする愛美が下で、それとは鏡写しのオーガが上だった。


流石のパワーに外野で見ている者たちも度肝を抜かれている。


「あねさん、すげっス……」


「流石は戦いの天使だぜ。凄いパワーだ……」


流石の体勢に持ち上げられたオーガも痛みを忘れてキョトンとしている。


そして、更に愛美が両腕を力ませた。


逆立ちからの両腕屈伸。


力を溜めた愛美が両腕だけの力で飛び上がった。


巨漢二人分の体重を腕力だけでジャンプしたのだ。


その高さは3メートルは垂直に跳躍している。


そこで一回転。


空中で回転した愛美とオーガの位置が替わる。


今度は愛美が上でオーガが下に成っていた。


そこからの急降下。


二人の全体重を乗せたまま急降下していく。


「食らえ、足四の字固めドライバー!!」


ドゴンッ!


「フゴ……」


ゴギゴギゴギッ!


足四の字固めの状態から頭を地面に串刺しに落とされたオーガの足がグシャグシャに砕かれた。


頭部を打った衝撃と両足を粉砕された激痛にオーガは白目を向いている。


その上に愛美が鎮座していた。


そもそもプロレス技に足四の字固めドライバーなんて技は無い。


あるとしたらそれは超人たちの技であろう。


だが、この戦いは決着が付いた。


頭を打ち、両足を砕かれて気絶したオーガの体が赤井霧となって消えていく。






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