第5話【ゴリラの身体測定】

「それで、隣村の代表者と戦うのはいつですか?」


「今日より十日後の昼。問題の金鉱の前でジャッジ伯爵の立ち会いの元に行われます」


ジャッジ伯爵?


誰だろうか?


まあ、いいか。


「十日後ですか」


丁度良かった。


愛美は知りたかったのだ。


この筋肉ボディーが何処までやれるかを──。


どれほどまでの戦力を有しているのかを───。


パワー、スピード、スタミナ、攻撃力、耐久力、移動力。


どれだけの総合力を備えているか。


それらのデータを戦いの前に知っておくべきだろう。


何せ自分の能力を知らないで戦えるわけがない。


それに戦えるのか、戦えないのか?


マッチョだから強いとも限らない。


愛美は自分の戦力調査を試みる。


村長邸から庭に出て準備体操を始めた。


その光景を村の子供たちが物陰に隠れながら遠目に見ている。


隠れているのにワイワイと騒いでいる子供たち。


珍しいのだろう。


本気で潜む気は無いようだ。


愛美も子供だったら同じだろうと理解する。


町内の公園で怪獣のようなマッチョマンがトレーニングに励んでいたら覗き込まずにはいられないはずだ。


それも並みのボディービルダーではないのだから。


どんな世界大会でも優勝出来るだろう超極盛りの筋肉なのだ。


見るなと言っても見るだろう。


筋肉は、それだけ美しい物なのだ。


だから子供たちの視線には気付かないふりを決め込む。


さー、お子様たちよ、好きなだけ観るが良い。


本日は特別サービスデーよ。


「さて、まずは柔軟性からかな」


まずは屈伸運動。


両足を揃えたまま姿勢を伸ばして腰から上半身だけを前に曲げる。


「よっ」


軽々と両手が地に付いた。


「柔らかい」


更に腰を曲げると膝の間に顔が届く。


そのまま両腕で両足を抱きしめられた。


「かなり柔らかいわ」


今度は背筋を戻すと背後に背を反らした。


レスリングのブリッチに入る体勢。


だが、頭を地に付けずに股の間に顔が入り込む。


その体勢で両足首を両手で掴むと海老反ったまま丸まった。


両足の裏と顎先だけが地面に付いていた。


逆アルマジロである。


「凄く柔らかいわ」


その体勢から腹筋と背筋だけを使って背を戻す。


直立に戻った。


今度は股割り。


両足を股関節から左右に大きく開いて腰をストンと落とす。


180度でTの字に開いた股関節が地面にペッタリと付いた。


そのままの体勢でチラリと子供たちのほうを窺えば、わんぱくたちが目を丸くして驚いている。


まあ、初めてサーカス的な曲芸を観れば、このような新鮮な反応を見せるだろう。


なんとも無垢な子供たちである。


こちらも少し楽しい。


「次は腕の稼働域を調べてみようかしら。よいしょっと」


愛美はTの字で腰かけたまま両腕を上と下から背中に伸ばした。


右腕は後ろの首側から背中を目指し、左腕は脇の下から背後に伸ばした。


そのまま背中で両手をガッチリと組む。


背中のド真ん中でのクラッチ。


左右の指と指が隙間なく軽々と組まれる。


本来なら両肩の関節に掛かる負荷は相当のはずだが、苦しいどころか圧迫感すら感じられなかった。


これほど太い腕なのに柔軟性と稼働域が半端ではない。


これだけ柔らかいとヨガの達人もビックリだろう。


「やはり腕も肩も柔らかいのね」


背中で組んだ手を放すと愛美はTの字に開いた姿勢のまま上半身を前に倒してから胸と顎を地面につけた。


その姿勢から腕だけの力で下半身を浮かせる。


Tの字屈伸からの逆立ち。


「軽いわ」


逆立ちの姿勢なのに腕に掛かる負担は感じられない。


そして脚を真っ直ぐり伸ばすと逆立ちのまま周囲を散歩をするように回ってみたが、まるで疲労を感じられなかった。


やはり何も腕には負担を感じられないのだ。


そこから背中側に体を倒して両足で着地する。


腕と足だけでのブリッチ。


そのブリッチからゆっくりと上半身を起こす。


そのような無理な姿勢で体を起こしても足腰に掛かる負荷はやはり感じられなかった。


まさに剛腕豪脚。


「本当に凄い筋肉だわ。まったくビックリよ。じゃあ今度は腕のパワーね」


すると今度は周囲を見回して手頃な石を探した。


そして足元に二つの石を見付ける。


野球のボールサイズだろうか。


「このぐらいで良いかな」


愛美は拾い上げた石の感触を手の平で確かめた。


野球のボールサイズならば以前の愛美では手頃な大きさだと思えるサイズのはずである。


なのにそれですら今の愛美には小さく感じられた。


ゴリラサイズの手が大きい。


野球のボールサイズがピンポン玉のように感じられるのだ。


そして、その一つを強く握り締める。


「ふっ!」


するとバギリっと音を鳴らして石が砕けた。


粉砕。


愛美の掌内で石が粉々の砂利に変わる。


「脆いわ」


これだけの握力ならば、アイアンクローで一流レスラーからギブアップが勝ち取れるだろう。


「凄い握力ね……」


今度はもう一つの石を持ったままピッチングフォームに入った。


凛とした眼差しで山のほうを見る。


「どこまで投げられるかしら」


そして、片足を高く振りかぶる。


大リーグボール一号のようなピッチングフォーム。


振り上げた脚が真っ直ぐに伸びて膝が顔に付き、踵が頭の高さを超えていた。


そして、そこからのフルスイングでの投擲。


全力で石を山に向かって投げ付ける。


スイングに疾風が吹き荒れた。


「えいっ!」


投擲した石が豪速球で飛んでいく。


300メートルは飛んだだろうか、一瞬で投げた石が見えなくなった。


「凄い肩だわ……。でもコントロールはヘッポコね」


狙ったところとだいぶ違う方向に石は飛んでいったのだ。


もしかしたらパワーはあるが不器用なのかも知れない。


投擲によるコントロールは期待できないだろう。


それは生前の愛美と一緒である。


生前の愛美は球技全般が苦手だった。


投げた玉が真っ直ぐ飛ばない、サッカーでも蹴った玉が真っ直ぐ行かない、卓球は空ぶる、バスケではドリブルが出来ない、ボーリングはすべてガーターだ。


とにかく球技はすべて苦手なのだ。


球々が上手く扱えないのである。


「次は当たりの調査よ」


愛美は近くに立っていた杉の木を見た。


成長仕切った杉の木だったが愛美のマッチョボディーより小さく感じられる。


杉の木は愛美の腰より太いが肩幅より細いのだ。


逆三角形ボディーが及ばす目の錯覚だろうか?


それがアンバランスに感じられた原因だろう。


「まあ、ちょっどいいのはこのぐらいしか見あたらないから、これでいいかしら」


愛美は杉の木の前で腰を落として身構えた。


体当たりをかます積もりだ。


「それ!」


鉄砲。


相撲で言うところのショートレンジの体当たり。


愛美の巨漢が肩から杉の木に当たると激しく木が揺れた。


バサバサと木の枝が音を立てると大量の葉っぱが上から降ってくる。


それと同時に小鳥たちが逃げるように飛び去っていった。


「なかなかのパワーね。じゃあ次は全力で当たってみようかしら」


愛美は杉の木から離れて3メートルの距離を築く。


再び腰を落とした愛美はその距離から力を込めて体当たりを杉の木にぶちかました。


助走からの体当たり。


「ふっ!!」


轟音と共に周囲が揺れる。


体当たりを受けた杉の木だけでなく、大地までも激しく揺れた。


まさに地震。


その揺れは物陰で観ていた子供たちまで届く。


子供たちの体が揺れて視界もぶれた。


転んでしまう子供まで出るしまつである。


「よ、予想外のパワーね」


体当たりをかました愛美自身も驚いていた。


自分の眼前に広がる光景に驚いているのだ。


それは、見たことのない光景。


体当たりをかました杉の木が斜め四十五度に傾いている。


それはピサの斜塔よりも傾いているのだ。


不自然なまでに不自然。


しかも地中に隠れているはずの根っこが地上に盛り上がって出てしまっている。


あと一押ししてしまえば杉の木が倒れてしまう寸前だろう。


しかも、まだまだ愛美は全力を出していない。


これで全力を出したらどうなるのか?


それを想像するとワクワクの他に恐怖心も沸き上がる。


「そ、想像以上のパワーね……。これがマッチョの世界観なのかしら……」




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