第4話【戦う意思】
「それでは話を整理したいので、質問を幾つかしても宜しいでしょうか?」
「はい、答えられることならば答えましょう」
愛美は村長邸のリビングで男爵と向かい合いながらテーブル席に腰掛けていた。
愛美の巨漢に木製の椅子が悲鳴を上げているのがお尻から伝わってくる。
搭載された筋肉がかなり重いのだろう。
それにしても殺風景な部屋だった。
いや、家に入ったときから殺風景だと感じていた。
この家には家具がほとんど無い。
この部屋にもテーブルと二つの椅子しかないのである。
貧乏かとも思ったが、そうではなさそうだ。
間借りなりにも村一つの村長なのだから、それなりの暮らしはしているはずだろう。
これには何か深い理由があるのだろうと考える。
それに愛美は殺風景な部屋だと落ち着かない性分なのだ。
出来れば壁はピンクに統一して、カーテンにはヒラヒラのフリルで飾りたい。
こう見えても愛美はゴスロリの趣味が少しあった。
そんなことよりも愛美は疑問をストレートに投げ掛ける。
「村長さん、何故に私を異世界から召喚したのですか?」
男爵村長は率直に答えた。
「それは隣村を打倒するためです!」
「打倒?」
「そう、打倒です!」
「戦うと言うことですか?」
「現在この村は隣村と鉱山の権利を巡って戦闘状態になっています!」
「物騒な話ですね」
「そして、村同士の話し合いで対決方法が決定したのです」
「それは?」
「村の代表者を一名出し合って勝敗を決めると言った内容です」
「それで私が異世界から呼ばれたのかと」
「いかにも!」
理解できた。
何故に愛美がマッチョとして異世界転生してきたのかが理解できた。
どうやら戦うために呼ばれたのだ。
しかも、極上の体格付きでだ。
愛美は生前女子プロレスラーだ。
だから職業柄から考えれば戦うのはやぶさかではない。
しかし、試合ならば歓迎だが、殺し合いならば遠慮したい。
異世界転生は理解できたが、人殺しを容易く承諾出来るほど納得はしていないからだ。
それが正直な意見だった。
「戦えと言うのならば戦いますが、殺し合いは遠慮したいのですが……」
「殺しまでは互いの村も望んでいません。なので向こうの代表を完膚なきまでに叩き潰してもらえれば結構です!」
「はあ、そうですか……」
「袋叩きのリンチ程度でお願いします!」
「は、はあ……」
愛美は興奮して述べる村長に若干ながら引いていた。
それでも殺しを要求されていないと知って少し安堵する。
しかし、このときに愛美は気付いていなかった。
自分に断るという権利があることに───。
戦わないと拒否する権利があることに───。
何故か愛美は戦う気満々だったのだ。
謎の闘争心。
それが何故なのか疑問にすら浮かばなかった。
戦うのが当たり前だと思っていた。
これが呪いの魔術師マ・フーバの術だと後々気付く。
そして、愛美の次の質問。
「村長さん、鏡ってありますか?」
「鏡ですか?」
「鏡です」
「売ってしまったばかりで我が家にはありませんが、隣の奥さんから借りて来ましょうか?」
「お願いします」
家を出た村長さんがしばらくして帰って来る。
その手には手鏡があった。
「これで宜しいでしょうか」
「有り難うございます」
そして、愛美は小さな手鏡を覗き込んで驚愕に打ち振るえた。
自分の顔を見てしまったのだ。
確認してから驚愕の恐怖が愛美を襲う。
「ゴ、ゴリラ……」
「ゴリラ顔ですね」
手鏡に映るは長髪のゴリラだった。
深い掘り、瞑れた鼻、分厚く大きな唇。
こぶのように出っぱった脳天。
とこから見ても、どこの角度から見てもゴリラそのもの。
人間の骨格ではない。
完璧なメスゴリラだ。
なのに長髪なのがアンバランス。
故にマウンテンメスゴリラだ。
愛美は膝から崩れた。
「こ、これは酷い………」
どんなに長身でも、どんなにマッチョでも、どんなにパワフルでも、顔がゴリラなのは切ない現実。
だが、自分が死ぬ前に前世で願った言葉を思い出す。
強い身体があれば他は要らない。
だから、この強靭な肉体を授かったのだろう。
その代償が、これだ。
アイドル女子レスラーとしての美貌を根こそぎ奪われ、更にはゴリラ顔のおまけまで付いてきた。
もうこれでは二度とゴスロリドレスは着れないだろう。
「こ、これは、私が望んだのね……」
受け入れるしかない。
それに返品は効かないだろう。
何より返品先が分からない。
でも、この異世界でゴリラとして生きていけるだろうか心配だ。
不安───。
ゴリラ顔の不安だけが重くマッチョな身体にのし掛かって来ていた。
その重みは筋肉だけでは支えきれない。
精神力は乙女のままだから。
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