第6話【打撃耐久調査】
「ま、愛美殿。なんの音ですか!?」
体当たりの激突音を聞き付けたモブギャラコフ男爵が慌てた表情でやって来た。
そして倒れかけた杉の木を見て仰天している。
その後ろに三人の若者が居た。
彼らも倒れかけた杉の木を見て驚いている。
まるで天変地異でも目撃したかのような表情だった。
唖然としている。
まあ、斜めに生える杉の木なんて、なかなか見れるものではないのだから仕方ないだろう。
冷や汗を流す若者の一人が村長の背後から問うた。
「あ、あれが件の異世界人かよ……」
「ああ……」
「まるでゴリラじゃあねえか……。顔もパワーも……」
「しーー!」
村長は口に人差し指を当てて若者を黙らせる。
そして小声で耳打ちした。
「あれでも我々に代わって金鉱争奪戦を戦ってくれる人物だ。いまから機嫌を悪くされたら面倒臭い。機嫌を損ねるようなことを言うな、ザゴディス」
「あ、ああ……、分かったよ」
モブギャラコフ男爵が愛美に歩み寄りながら言う。
その物腰は低い。
「愛美殿、要望に合いそうな若者を三人ばかり連れてまいりました。これらで宜しいでしょうか?」
「有り難うございます、村長さん」
愛美が先程村長に頼んだ要望とは力自慢の男性を揃えて連れてくることであった。
村長が連れて来た若者は三名。
愛美に服を譲ってくれたデブい男性と、筋肉質な若者が二人だ。
筋肉質な体型と言っても常識範囲内の体型である。
筋肉怪獣のような愛美とは違う。
そんな三人の若者がそれぞれバットサイズの丸太を一本ずつ持っていた。
これも愛美の注文で持ってきた物である。
丸太を片手にザゴディスが問う。
「それで、俺たちに何をしろって言うんだい?」
愛美はゴリラ顔を微笑まして言った。
「その丸太で私を叩いてもらいたいのです」
「「「「えぇ……?」」」」
村長を含めた四人が疑問に声を揃える。
すると再びザゴディスが問う。
「なに、この丸太であんたを殴れと……?」
「はい」
愛美は躊躇無く頷く。
その返答に躊躇しているのは若者たちのほうだった。
「本当にこれで殴れと……?」
「はい、遠慮無く殴ってください」
「そう言う趣味なのか……」
「あなたが想像しているものとは違いますよ」
「じゃあ何で?」
「どれだけこの筋肉が固いか確かめたくって」
「は、はあ……」
とんでもないことを言い出すと若者たちは呆れていた。
自分の筋肉がどれだけ強靭かを試すために丸太で叩くなんて聞いたこともない。
まだマゾヒストな発想のほうが正常だと思える。
故にザゴディスは眼前のゴリラの頭が可笑しいのではないかと疑った。
それを愛美は表情から察したのか行動を起こす。
先程倒しかけた杉の木の斜面を登って行った。
斜め四十五度に傾く杉の木を歩みながら登る愛美は3メートル程の高さで皆のほうを向く。
高い位置から見下ろせば、四人の大人と数人の子供たちの表情がすべて伺えた。
皆の頭に?マークが浮いている。
だれもが何を始めるのがと言った表情で愛美を見上げていた。
すると唐突に愛美が高く飛んだのだ。
杉の木から飛び降りる。
「とう!」
「「「「ッ!!??」」」」
杉の木からの大の字ダイブ。
地面に向かって飛んだのだ。
しかもただ飛び降りたのではない。
空中で体を回転させると頭から大地に向かって飛び込んでいったのだ。
しかも腕で頭をカバーしていない。
故に頭から地面に突き刺さるかのように激突してしまう。
受け身は微塵も取っていない。
そして、倒れた。
皆が仰天のあまり震えている。
子供たちの中には悲鳴を上げてしまう者も居た。
まるで飛び降り自殺だ。
だが、数秒後に愛美は平然と立ち上がる。
無傷──。
しかも、笑顔。
「ほら、やっぱり大丈夫でしょ。だから丸太で叩いてください。耐久力を調べてみたいのですよ」
「丸太で叩いて筋肉の固さを調べたいと……?」
「はい」
「あ、あんた……。頭が異常だぞ」
するとザゴディスの後ろからもう一人の若者が出てくる。
目の下に隈がある陰気な男だった。
陰気な男は冷めた口調で言う。
「いいじゃあねえか、ザゴディス。この人が殴ってくれって言ってるんだから殴ってやろうぜ」
「ボコスク、お前……」
ボコスクと呼ばれた若者は丸太を片手に愛美の前に立つ。
ボコスクは愛美と向かい合って再確認する。
怪物のような筋肉量。
筋肉のどの部位も自分より数倍大きい。
腕も脚も自分より太い。
首の太さも自分と比べて数倍ある。
なのにウエストの太さだけは自分より括れて細いのだ。
首の太さと腰の太さが同じである。
逆三角形ならぬ二等逆辺三角形───。
筋肉の怪物。
しかも顔がゴリラ面。
なのにこれが女性だと言うのだから信じられない。
彼が彼女と恋に落ちることは天地がひっくり返っても無いだろう。
その可能性はゼロ以下である。
「うし……」
ボコスクは冷や汗を浮かべながら持っていた丸太を振りかぶった。
両手でしっかりと丸太を握り締めるとバッティングフォームのように構える。
丸太で横殴る積もりだ。
「行くぜ……」
「はい、ドーーンッと来てください」
「ふっ!」
遠慮のない横振りスイング。
ボコスクの振るった丸太が愛美の胴体を殴り付けた。
大胸筋と腹筋の間を丸太で強打する。
世に言われる鳩尾部分。
そこは筋肉と筋肉の繋ぎ目とされる急所部分だ。
どんなに体を鍛え上げていようとも弱点になりうるポイントである。
だが、愛美は耐えた。
いや、耐えたと述べるよりも平気だった。
鳩尾を丸太で強打されても揺るがない。
微動だにも揺れなかった。
鍛え上げた筋肉がすべての衝撃を吸収しているようだ。
そしてゴリラ顔を笑顔に輝かせながら言う。
「もっと力を入れて叩いてください。遠慮していたら耐久の調査になりませんから」
「あ、ああ……」
愛美に言われてボコスクの額から、ドッと汗が浮き上がった。
手加減なんてしていない。
今の一撃が、最初から全力だった。
最初の一撃で愛美をK.Oする積もりで打ち込んだのだ。
それなのに平然と耐えられたのである。
「なら……」
ならばとボコスクは丸太を上段に振り上げた。
両手で握られた丸太が自分の頭よりも高く振り上げられる。
今度は愛美の頭を殴る積もりだ。
その狙いに愛美も気付いて腰を低くして頭を前に突き出した。
ボコスクが頭を殴りやすいようにする。
「さあ、こい!」
「おりゃ!!」
再び遠慮無く振るわれる縦振りの一撃。
ボコスクの丸太が愛美の脳天を打ち殴る。
ガンっ!!
砕けた。
砕けたのは丸太のほうである。
木片が飛び散り丸太が半分にへし折れた。
なのに愛美のゴリラ顔は平然としている。
それを見てボコスクが目を丸くさせて仰天する。
更に痺れた手から折れた丸太がこぼれ落ちた。
周囲に驚愕の空気が流れる。
他の者たちも同様である。
子供たちも驚いていた。
しかも愛美の頭は無傷だ。
傷どころか赤くもなっていない。
ゴリラ顔が微笑みながら頭に付いた木片を払っている。
「あーあ、丸太が折れちゃいましたか。村長さん、予備はありますか?」
「あ、ありますが、まだやるのですか……」
「今度は全員で来てください」
その言葉を聴いて男たち全員の顔が引きつった。
「ぜ、全員で……?」
「はい、村長さんを含めて全員で殴ってください。私を囲むように」
愛美は全員で自分を四方から袋叩きにしろと言ってるのだ。
ますます異常である。
「さあ、早く」
「い、行くぞ。デブナンデス……」
「う、うん……」
今度はザゴディスとデブナンデスも前に出た。
愛美が急かすのだから仕方ない。
そしてボコスクに予備の丸太を渡した村長も加わって愛美を囲んだ。
四人が四人、手には丸太を持っている。
それで四方から四人で同時に殴れと言うのだ。
無茶苦茶だと思えたが、愛美本人がやれと言うのだからやるしかない。
「行くぞ、皆!」
ザゴディスの掛け声に合わせて四人が同時に殴り掛かる。
後頭部、背中、腕、腹筋──。
同時の強打。
その四発に凄い音が轟いた。
初めて聞く音である。
子供たちは初めて知る。
人間を丸太で同時に叩いた音を───。
しかし、愛美は揺るぎもしない。
平然と立っている。
「さあ、どんどん叩いてください」
愛美は打撃を更に要求してくる。
ならばと男たちは要求に答えて丸太を乱打した。
四方から四人でボコスカに殴り続ける。
その打撃は十発二十発と続いた。
体のありとあらゆる部位を連打で強打する。
ときには顔面も殴っていた。
それなのに愛美の体は揺るがない。
揺るぐどころかふらつきもしない。
平然と涼しげな表情を浮かべて殴られ続けていた。
そして、皆が三十打ずつぐらい叩いただろうか?
そこで全員の腕が止まった。
疲れた。
スタミナ切れだ。
なのに愛美は平然とした表情で立ち尽くしている。
今まで丸太で複数人にタコ殴りにされていたのが嘘のような笑顔であった。
「「「「はぁはぁ……」」」」
息を切らすのは四人の村人たち。
愛美のほうは疲れてもいない。
「あれれ~、皆さんスタミナ切れですか?」
「も、もう無理です。もう叩けません……」
「こ、こいつは怪物かよ……」
「あ、ありえねぇ……」
「皆さん、有り難うございました」
深々と御辞儀をする愛美。
とりあえずこんなものだろうと愛美は納得した。
打撃による耐久力の調査はこの辺で終える。
その光景を少し離れた路上から眺めていた黒髪の少年が居た。
驚きもせずに冷めた表情で眺めている。
「あれは何をやっているんだ。馬鹿じゃあねぇのか?」
少年の肩に襷掛けされた鞄の隙間からトマトやナスのような野菜がはみ出ていた。
ソドム村の農家から買ってきた野菜である。
黒髪の少年は呆れながらもゴリラたちの様子を見ていたのだが、タコ殴りのトレーニングが終わったと知ると再び歩き出す。
「さてさて、今日は新鮮なトマトに似た野菜と鶏に似た鳥の卵が手に入ったからトマタマ炒めっぽいおかずでもカクに作ってもらおうかな。これは旨いおかずになるぞ~」
そう呟くと黒髪の美少年は村外れの森の中に進んで行った。
そのまま森の奥深くに消えていく。
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