勝又ららず/Another me

灰色の台風が空を覆う。


ニュースでは超巨大台風と騒がれ、早めの避難やら、すでに事故が起きているやら。


今、外をふらつく人は、ただの命知らずか、相応の訳ありか_。



そんな修羅のビル街を、傘一本で歩く三人組が居た。


「か、か、かぜつよいよ?!」


「こわいよママぁ…」


「家が嫌だって言ったのあんたでしょ!」


母親らしき人と子が二人。


何度も傘を吹かれそうになりながらも「家、壊れそうでヤダ」とうるさい子たちを、安心安全な場所へ連れて行くために。





はじめはただの雨と風だった。


傘一本で何事もなく終わると思った。





「もう少しだから、頑張って」


考えた結果、少し遠い知人の家に向かうことにしたので、すでに1時間以上雨風に打たれながら歩いているが、勢いが少しずつ強まっていたので、時間以上に子供たちの疲労は溜まっていた。



そこに今までとは桁違いの強風が吹き荒れた。


外に立てかけられてた看板は倒れ、自転車はドミノ倒し。


三人も強風には耐えられず、バランスを崩す。


「あっ…傘が…!」


「傘なんてどうでもいいわよ、また手に入れればいいわ」


持っていた傘はどこか遠くに吹き飛んだ。



ー本当の災難は、ここからだった。



ギシ、ギシ、とどこかから音がする。何かが揺れる音。支えが擦れてなる音。


絶対に、不吉なことが、起こる音。



その嫌な予感は的中する。


音の出どころは、離れた場所の塗装工事用の足場から。


その足場が、こちらに向かって倒れてきた。


落下位置ギリギリに、二人。


今から声をかけたのでは間に合わない。



「これが、母親としての、最後のー





…ここからは、思い出せない。思い出したくない。


この記憶のせいで、私は、いや、私達は雨風の恐怖に怯えている。





ゴロゴロゴロ…



雷雨の雲が覆う街にある高層ビルの一室。


そこには二人の少女が住んでいた。


ダブルベッドに寝ている妹に該当する少女と、窓際に座る姉に該当する少女。


その妹である私も、雷雨の轟音にうなされて目が覚めた模樣だ。



「ふぁぁ…最悪の目覚め…」


「ーおはよう」



部屋の明かりは一切付いていないが、頻繁に降り注ぐ雷が漆黒な部屋を照らすので、普段の部屋と変わりなく動ける。


私は、近くにあった上着を羽織り、姉の近くへと行く。



「お姉ちゃん、早起き…だね。」


「この景色が見たかったからさ。」


「…見たか……った?」



ただただ景色を見るだけなら何の疑問も持たないだろう。


だが、2人揃って大雨や雷といった自然現象は嫌いで、怖い。


過去の記憶が体を畏怖させる。


妹に関しては症状が酷く、窓際に近づくだけでさむけが止まらない。


姉も、ここまで酷くはないが、そのような症状が出るはず。



「…平気、なの?」


「何が?」


「ううん、なんでもない。」



平然とした顔で返事を返してきた。


症状は、なにも出ていないようだった。




「ねぇ、怖く…ないの?」



我慢できなかった。


聞くしか、わかる方法がない、だから、聞いてみるしかなかった。



「怖…い?そんな訳ないよ。」


「ー嘘でしょ?」



雷雨に畏怖する原因は2人とも同じのはず。


あの出来事があってから、この症状が収まることはなかったのに。


なのに、姉だけが克服する?私は、このまま?



「ねえ…何が、お姉ちゃんを動かしたの?」





見て…しまったんだ。悪天候とともに映った輝かしき世界を。



ある日、出先で災害があったんだ。


建物が倒壊して、何もかもが失われた。


あんなにきれいだった景色でさえ、一夜で古びた遺跡のように。


そんな中、激しい雷雨が被災地を襲った。


現地が悲しみに包まれる。


「もう、この大地は救われないのか」と。



私はもちろん怖かった。


あの日の記憶のこともある。


けれど、その感情は別の感情にかき消されていった。



美しい。



ただそれだけ。


胸がざわつく雨音と、鼓動を早める情景。


遺跡と雨が、まるで幻想の世界を創り出しているように見えて。



そこから雨の日が来るのが待ち遠しくなった。


どこかで災害が起きたら、現地に行って観察するくらいに。




この日を境に、私は変わった。


もう1人の私が生まれたかのように。






「……この天気も、私の全てを満たしてくれる」



「あの時とは違うんだ」



「もう1人の私が、私を支配する」



「あの日の出来事も、今となっては私の気持ちを揺さぶる為の”薬剤”」



姉は、何かに取り憑かれてしまったかのように変貌していた。



「この世を滅ぼす程の大災害は、いつ来るの?」



もう、手遅れだ、救いようのない狂気に晒されている。


妹は、そう思った。

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