第5話
二人で・・・と言っても殆どは朝比奈さんが作ってくれたカレーを机に運び、俺達二人は机をはさむようにして向かい合って座った。
作っている時にも感じたとても美味しそうなカレーのにおいが鼻をくすぐった。
そして俺たちは手を合わせて食材に感謝をしつつ食べ始めた。
口に入れた瞬間にカレー独特のうまみと、辛さが広がりなぜか仄かに甘みがあった。
そういえば朝比奈さんが料理中にはちみつを入れていたっけ、だから甘さとコクが家で母親が作ってくれるカレーとは違うのか、面白いな。今度一人でカレー作ってみようかな。
しかしやっぱり朝比奈さんは料理が上手かった。自分の家のキッチンということもあるだろうが、動きに無駄がなく、てきぱき動き、俺が暇をしないようにか指示も出してくれていた。そういう気遣いができるからか、朝比奈さんと一緒にいても苦ではなく、むしろ一緒にいることが心地よい。
というのも俺はあまり人と関わることが得意では無い。余計なことを言わないように気をつけなきゃいけないし、気遣いをして疲れるのも面倒だ。そんな気苦労を負うくらいなば、自分の友人関係は狭く深くの状態を維持できればいいのだ。というか学生時代の友人関係なんてそう長くは続かない。「只のクラスメイト」友人以外にはそのくらいの認識でいてくれれば十分だ。
「そういえば湊君って誰かとお付き合いとかされているんですか?」
「ん?」
朝比奈さんがなんの前触れもなく急に聞いてきた。
「していないよ。もし仮に誰かと付き合っていたら、今日ここにいるのは不味いでしょ」
口に含んでいたカレーを飲み込んでから、俺は内心を悟られないように、努めて冷静に答えた。
「ふふ・・・たしかにそうですね。もし彼女さんがいたらこの状況は浮気と言われても何も言い返せないですね」
あ、朝比奈さんもそこら辺の線引きは分かってるんだ。
結構天然なところもあるし何も考えずに誘って来るかもって思ってた。
「彼女なんて今の今までいたこともないよ。俺が翼や桃以外の人と関わって来なかったていうのもあるんだけどね。」
「確かに湊君って桃さんや千谷さん意外とは喋っている姿見たことがないかもしれないですね。」
「まあね。中学では一応クラスメイトとは喋っていたんだけど高校に入ってからはクラスメイトとも殆ど喋ってないかな。」
中学の三年の夏までは俺もクラスメイトとは仲良くとは行かなくても、普通に喋る程度には接していた。中学では高校よりも団体行動が主で、何をするにもクラス一丸となって頑張ろう!みたいな雰囲気だったからだ。さすがにみんな頑張っている中で自分だけがさぼるというのはできないし、もしそんなことをしたらクラスメイトの反感を買うのは目に見えているため、したくてもできなかった。
「朝比奈さん、改めてだけど今日は本当にありがとうね。勉強教えてもらうだけでもありがたいのに、夕飯までごちそうになっちゃって。このカレーも凄く美味しいよ。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。美味しいと言ってもらえて嬉しいです。私は料理に関しては自信があるのでほめてもらえて良かったです。」
「朝比奈さんってやっぱりいつも自炊しているんだね。本当に美味しいよ。将来これを毎日食べれる人は幸せ者だね。」
心の底からの言葉だった。この料理は本当に美味しいし、優しい彼女と結婚できる人は相当な幸せ者だろう。
今の発言を聞いた朝比奈さんは照れたのか、顔を赤くして少しだけ顔を下に向けていたがすぐに笑顔になり、言った。
「料理に自信はあったんですけど、誰かに食べてもらうのは初めてだったので本当は不安だったんです。家には私一人だし、父は帰ってくるときはいつも夜遅くて、朝早く出てしまうんです。なので私のご飯を食べることは無かったので。」
朝比奈さんは続ける
「でも母はいつも私の料理を美味しい、美味しい。と食べてくれました。私が料理を好きになったのは、母の影響なんです。このカレーも、私がいつも作る料理は殆どが母が教えてくれたものなんです。」
彼女に取ってのお母さんはとても大きな存在なのだろう。
だって彼女が母親の事を話すときはとても嬉しそうで、とても楽しそうに話している。
お母さんが亡くなってしまったとき、彼女はどんな気持ちだったのだろうか。
きっと俺には一生をかけても理解することはできないだろう。
「本当に美味しいね。さっき言ってたけど、朝比奈さんは自分の手料理を人にふるまったことはこれが初めてなんだよね?」
「そうですよ?」
「じゃあさ・・・今度桃や翼にも食べてもらおうよ。」
俺がそう言うと朝比奈さんはぽかんとしていた
「俺もまた朝比奈さんの料理を食べたいしね。あ!もちろん嫌なら嫌って言ってね!作ってもらう身なのにこんな提案するのもどうかと思ったんだけど、あの二人にもこの美味しい料理は食べてもらいたいんだよ。」
俺は何を言っているんだ。いくら二人に食べてもらいたいって思っても、この料理を作るのは朝比奈さん本人なのだ。俺が提案するものでは無いだろう。
俺が内心で焦っていると、朝比奈さんは面食らっていたがすぐに明るい顔になり、静かにうなずいていた。
「確かにそうですね。私はあの二人にも私の料理をふるまいたいです。もし食べて頂けるなら、より一層腕を振るわなきゃですね。」
彼女はいつも通りの笑顔だった。
良かった。彼女のいいところはなるべく多くの人に知ってほしい。俺はいつから彼女のことをこんなにも第一に考えるようになったんだろうか・・・どうでもいいかそんなこと。
俺たちはそのままご飯を食べ終えて片づけることにした。
料理は殆どのことを朝比奈さんがやってくれたため片づけは全部俺がやることにした。
「お客さんにそんなことさせられない」
と、朝比奈さんは言っていたが、今日は何もかも朝比奈さんにやってもらったため、せめてこのくらいはやらせてくれと言ったら、しぶしぶだが了承してくれた。
まあ家に上げてくれて、勉強も教えて貰って、さらには晩御飯までもごちそうになってしまったのだ。こんなにも様々なことをしてくれているのに何もしなかったら、自分を嫌いになるし、人として駄目だろう。
お皿を洗いながらリビングの方を見ると朝比奈さんは俺のノートを見ていた。
もちろん見る許可は出しているが、やっぱり自分が普段使っているノートとなると恥ずかしい。
ノートを見る理由は、俺が普段どのように勉強しているのかを知りたいらしい。どうやら朝比奈さんは本気で俺の成績を良くしたいらしく、完全に先生モードに入ってしまっている。
板書用のノートじゃなくて本当に良かった。もし板書用のノートを見られたら朝比奈さんに、どんな顔をされるか想像もつかないくらいひどいノート作りをしているからだ。
それにしても朝比奈さんはどうしてそこまでして俺の成績をあげたがっているのだろうか。
別に本人に聞く気は無いし、あくまで教えてもらっている身なのでそんなことは気にせず自分やるべきことをやるだけなのは分かっている。
それにしてもこの状況は中々に特殊な状況だな。
同級生の、しかも女子の家で夜に二人っきり。二人で晩御飯を食べて、俺は人の家で皿洗いをして、学校でも頭一つ抜けて美人の同級生は、自分の家のリビングで紅茶を飲みながら頭の悪い同級生のテスト勉強用のノートを見ている。
本当になんだこの状況。
皿洗いを終え、俺もさっき朝比奈さんに入れたように紅茶を淹れてリビングに戻った。
朝比奈さんは集中していたのか、俺がリビングに戻った事が気づいていなかったらしく、俺が横目で朝比奈さんを見て一分くらい経ってから俺に気づいたのか。ばっ!と顔を上げて俺のほうを見てきた。
「あ、お皿洗いさせちゃってすみません。ありがとうございました。」
「本当にいいんだよ。このくらいのことならいくらでもさせてよ。」
「もうこんな時間ですね。湊君のご家庭は門限とかは大丈夫ですか?」
「家は基本放任だし、帰る時間さえ伝えればある程度は大丈夫だよ。まあ世間的に大丈夫な時間までだけどね。」
家は父が単身赴任しており、普段家には母と俺しかいない。
家族関係も良好で別段母親とも喧嘩などもせずに、仲良く過ごせている。
遅くなる日は遅くなると連絡さえしておけば特に何も言われないし、遊びに行くことも特に咎められたりはしない。まあ母親的にには、俺が今の高校に入れたこと自体が殆ど奇跡みたいなものだったし、なるべくは自由にしていいという考えなのだろう。
「じゃあ今日はもう少し家にいてもらっても構わないということですね。」
そういうと朝比奈さんはノートをリビングの机の上において、俺が座っているダイニングテーブルに来て、俺の真正面に座ってきた。
「え、まあそうだけど。いいの?これ以上俺がお邪魔していても。これ以上遅くなると色々不味いと思うけど。」
「大丈夫です。さっきも言った通りこの家には誰も帰ってきません。なので二人きりです。」
なんだ?どういうことだ?朝比奈さんの雰囲気が明らかにさっきまでの雰囲気と違う。
まるで何か覚悟を決めたような、そんな雰囲気をしている。
「湊君はさっきご飯を食べているときに、将来私の料理を食べれる人は幸せ者だと言いましたよね?」
「確かにそういうことは言ったけど・・・それがどうしたの?」
朝比奈さんは一度深呼吸をしてからとんでもないことを言った。
「将来私の料理を毎日食べてくれる・・・その人になってくれませんか?」
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