第4話

燦燦と太陽が照り付ける土曜日、俺は朝比奈さんの家の前にいる。

月曜日に今日の勉強会の約束を取り付けたからか、朝比奈さんのスパルタの勉強会は少しだけ勢いを落としてくれたため、集中が事切れることなくすべてしっかりと頭に入ってきた。

朝比奈さんの家は周りの建物と比べても大きく、とても高いタワーマンションだった。

朝比奈さんってそんなにお金持ちだったんだ…

薄々感じてはいたが朝比奈さんはお嬢様感が普段の生活からにじみ出てはいた。

誰かと喋るときはその本人としっかりと顔を合わせて喋る、言葉遣い、所作などから感じてはいたがまさかここまでとは思っていなかった。

ここら辺の土地、物件は高く、そう簡単には借りることもできないだろうに…

俺がマンションの前で呆けているとポケットに入っているスマホが震えた。

誰からの連絡かと思い名前を見てみたら朝比奈さんだった。正直いまだに彼女から連絡が来るとドキドキする。実は連絡先を交換してから今まで会話という会話はなく、放課後の勉強会についての連絡だったり今日の勉強会についての連絡くらいしかしてこなかった。

というのも俺はネット上で喋ろうとするとどうしても会話が続かないのだ。

普通の人ならネット上のほうが喋りやすいという人のほうが多いだろうが俺はネットでの会話というのはどうしても慣れないもので、文で言葉を伝えるとなると変な伝わり方をしてないかや、しっかり伝えれているかなどいろいろと考えてしまうためどうしても好きにはなれない。

そのため今まで何度も朝比奈さんと連絡を取ろうと文を書いては消して、書いては消してを繰り返して今に至る。つくづく自分の意気地のなさには嫌気が差す。

朝比奈さんの連絡の内容は今どこにいるかの確認だった。

俺はその連絡を見た瞬間に『今、マンションの前についたよ』と返信をした。

返信をした瞬間に朝比奈さんから電話が来た。

『あ、もしもし?ごめんなさい湊君。今、鍵開けますね。エレベーターの前で待っていて貰えますか?迎えに行きますね』

『了解!待ってるね』

うん。やっぱり俺は文字でのやり取りより言葉でのやり取りのほうが好きだな。

相手の声が聞こえるし。感情も読み取りやすい。


俺は朝比奈さんに言われた通りに開けてもらったエントランスを抜けてエレベーターの前で待っているところに、朝比奈さんが可愛い白のブラウスに黒いロングスカートというシンプルだがとてもかわいい服装で登場してきた。

「こんにちは。朝比奈さん。迎えに来させちゃってごめん」

「いいえ、いいんですよ。というか私がお呼びしたのでこのくらいは当然です。」

朝比奈さんは休日だというのにうっすらだが化粧をしているのかチークのようなもので頬が赤くなっていた。

「そ、それでは行きましょうか。私の部屋は10階なのでこのままエレベーターで行きましょう」

なぜか朝比奈さんは普段のような落ち着いた態度ではなくどこか緊張しているようなそんな雰囲気をしている。


俺たちはこれまた綺麗なエレベーターに乗りマンションの10階に着き、朝比奈さんの部屋の前についた。

「着きました。ここが私の部屋です。どうぞ入ってください。」

「おお」

俺は入った瞬間に感嘆の声を出してしまった。

部屋は玄関から高級感溢れており、リビングからは清潔感溢れる綺麗な部屋だった。しかし、部屋の中では部屋の雰囲気には合わないお線香の匂いがしている。俺は部屋に入った瞬間にあるものに目が止まった。

「これって・・・」

思わず声に出してしまったようだった

「ああ、それは母の仏壇ですね。母は私が小学生の頃に病気で亡くなってしまったんです。とても優しくて大好きだったんです。ってごめんなさい・・・こんな話するものじゃないですね・・・」

お母さんの事を話す朝比奈さんはどこか切なげで、懐かしさを噛みしめているような顔だった。

「ううん。それじゃあ俺もお母さんにお線香上げてもいいかな?会った事もないけど朝比奈さんにはお世話になってるしね。」

「もちろんいいですよ。母も喜ぶと思います。」

仏壇に飾られている写真に写っている女性はとても綺麗で朝比奈さんにとてもよく似ている。

俺は線香を一本手に取り、ライターでろうそくに火をつけた。

正座をして目を閉じながら手を合わせた。朝比奈さんは後ろで俺の姿を静かに見守っていた。

「良し、お母さんにも挨拶できたし勉強を始めようか。それとこれ、家にお邪魔するんだしって思って色々買って来たんだけど。」

俺は鞄の中から勉強道具と一緒に、来る途中にコンビニで買ってきたお菓子を出した

「わざわざ有難うございます。それじゃあこれは休憩するときにでも食べましょうか。湊君は飲み物何がいいですか?緑茶や紅茶やコーヒーなどがあるんですけど。」

「それじゃあ紅茶貰おうかな」

そういうと朝比奈さんはお菓子が入った袋を持ちながら立ち上がりキッチンに行きお茶を入れるためにお湯を沸かし始めた。

キッチンに立っている朝比奈さんはとても様になっており、慣れているようで素早くお湯をわかしはじめた。

「湊君は先に勉強を始めといてください。今日中には湊君の数学は完璧にする予定なので覚悟しといてください。」

「はーい。って朝比奈さんって結構スパルタだよね・・・まあスパルタくらいじゃないと俺も身につかないだろうから助かってるんだけど。」

「よく分かっているようですね。湊君の成績を良くするためならと私も心を鬼にしてやっています。今日は私の勉強よりも湊君の勉強を重点的に見るので先生役でもしましょうか?」

「それは遠慮しときます」

「残念」

俺は真顔でバッサリと断っておいた。先生役なんてされたら可愛すぎて死んでしまう。あと距離が近くなりそうで勉強どころじゃ無くなりそうだからだ。朝比奈さんは楽しそうにカラカラと鈴のような声で笑っており沸いたお湯をコップに入れているところだった。

「紅茶入ったのでどうぞ。それじゃあ今日も頑張りましょうね!」

いれたてのコーヒーをすすり朝比奈さんはやる気十分といった様子で笑顔で目の前に座った。

「休日まで付き合って貰って本当に有難う。今日もよろしくお願いします。」

休日を返上させてしまって本当に申し訳ない。次回のテストからはここまで手を煩わせるようにしないため普段の授業態度から見直すようにしようと強く決心をした。

そこから朝比奈さんのスパルタ授業を聞きながら2時間ほどたったところでそろそろ休憩をしようということになり、俺たち二人は買ってきたお菓子を食べながら雑談したあとまた勉強を再開した。朝比奈さん、いや朝比奈先生のスパルタ授業のおかげで俺の数学の理解度は大きく上がっておりテスト範囲の問題は大体解けるようになっていた。

「良し!数学は結構いい感じになってきましたね!後はケアレスミスをしないようにするのと、公式をしっかりと頭に残すってことを重点的に頑張れば確実にいい点を取れると思います!」

朝比奈先生はこれでも及第点だと言わんばかりにこれからの勉強方法と気を付ける部分について話始めた。しかし彼女は本当に教えるのがうまい。将来は教師になればいい先生になれるだろう。

「本当に有難うございます。この御恩はいつか必ず」

俺は頭を下げて感謝の言葉を述べた

「ってやめてください!でも湊君はこれからもっと頑張らないと行けませんよ!この一週間は数学を重点的にやってきましたけどあと二週間は他の教科をバランスよくやって行くつもりなので。」

朝比奈さんは照れているようだったがすぐに厳しい言葉を投げてきた。うん本当に教師に向いていると思う。

「はい・・・頑張ります。」

俺はうなだれながらも彼女のためにもいい点を取らなければいけないのでやる気は十分だった。勉強のモチベーションもあるためするのが苦でもなく、朝比奈さんと一緒にいる口実にもなるからシンプルに楽しい。

俺は緊張して昨日の夜は眠れなかったのと、勉強の疲れで眠くなってあくびをしてしまった。

「湊君、もしかして眠いですか?」

そんな俺を見て心配をしたのか朝比奈さんが声をかけてきた。

「少しペースも早かったですし疲れちゃいましたよね。私が起こしてあげるので眠ってもいいですよ。」

「いやいやさすがに悪いよ。家にお邪魔しているのにさらに眠るなんて。」

さすがに俺も人様の家で眠るほど図太くは無い。しかし眠たいのは本当だし正直限界が近づいている。

「ふふ、いいんですよ。目もトロンとして今にも寝ちゃいそうですよ?そのコンディションで勉強しても身につかないので休んで再開したほうがいいですよ。」

「うーん、じゃあ少しだけ寝るね。本当にごめん」

「気にしなくて大丈夫です。それじゃあそこのソファ使ってください。ブランケットもあるのでこれをかけて寝てください。」

朝比奈さんは別室から持ってきた綺麗に畳まれた可愛いブランケットを渡してきたため、俺は素直にソファで寝ることにした。今度何かいいスキンケア用品でもお礼として贈ることにしよう。

「おやすみなさい」

眠りに着く瞬間に朝比奈さんがそう言うのが聞こえた。


「・・・と君・・・みなとくん・・・湊君!」

俺は朝比奈さんが俺の名前を呼びながら体を揺すっていることに気が付き起きた。結構寝ていたみたいだけど今は何時だ?

「おはよう朝比奈さん。今何時・・・って18時?!」

「おはようございます。本当によく眠っていましたね。一回起こしたんですけど、とても気持ちよさそうに寝ていたのでそのまま寝かせていちゃいました。」

「いや、本当にごめん。まさか自分が人様の家で熟睡するような人間とは思っていなくて・・・ていうか親からめっちゃ連絡来てんじゃん。」

連絡の内容はいつ帰るのかや、晩御飯はいるのかなどの内容だった。心配してくれるのは嬉しいがもう高校生なのでそろそろ連絡の頻度は落としてもらいたい。でももし今返しても遅いだろうし、今日の晩御飯はコンビニで買って帰ろうかな。

そんな俺を見てか朝比奈さんが声をかけてきた。

「湊君って今日の晩御飯ってどうする予定ですか?」

「今更親に連絡しても遅いし今日はコンビニで買って帰るつもりだよ」

それを聞いた朝比奈さんはいそいそとキッチンに向かいエプロンをつけ始めた。

「じゃあ今日は家で食べていってください。」

「ん?いやいや、さすがにそこまでやって貰う訳にはいかないよ。今日何もかも朝比奈さんにやって貰ってるんだけど。」

「いいんですよ、私が好きでやってることですし。良かったら料理のお手伝いしてもらってもいいですか?」

朝比奈さんは半ば強引に料理を始めて俺を手招きしている。だがしかしと思い俺が帰る用意をすると、朝比奈さんがキッチンで頬を膨らませながら、無言の圧を出しながら俺を見ている。

これはこのご厚意に甘えたほうがよさそうだな・・・

「分かった・・・じゃあ晩御飯はごちそうになるよ」

俺が根負けしてそういうと、朝比奈さんは満足げに鼻をフンと鳴らし、鼻歌を歌いながら笑顔で料理を再開した。

偶に朝比奈さんは強引になることがある、我が強いというか絶対に譲らないという時がある。それに負けてしまう自分も自分だな・・

キッチンに行き、手を洗ったところで俺はこの家に着いた時から気になっていたことを聞いてみた。

「そういえば朝比奈さんの兄弟やお父さんっていつ頃帰ってくるの?帰ってきたときに俺がいるの結構厄介なことになると思うけど・・・」

「兄弟はいないし、お父さんも仕事で滅多に帰ってこないので大丈夫ですよ。月に一回顔を見せるかどうかくらいの頻度ですし、なので今はほとんど一人暮らしみたいな状況なんですよ。」

なるほどだから朝比奈さんは寝てもいいと言ったのか。普通に考えて家族が帰ってくる可能性がある中で、クラスメイトを自分の家で眠らせる女子高生なんていないもんな。でも、朝比奈さんならそんなこと気にしないで、さっきみたいに寝させるかもな・・・

しかし、女子高生が一人暮らしか・・・危ないだろうし、大変だろうな。親御さんもそれを分かったうえで、このセキュリティが高いマンションを借りているのだろうし、このマンションを借りれるだけの資金もあるわけだ。

彼女はあまり家族の話はしたくないのか顔を背けて、暗い顔で話をしてくれた。母親は亡くなっていて、父親は月に一度顔を見るか見ないかの関係か・・・彼女が今の性格になった理由が分かった気がする。

朝比奈さんはこれ以上この話題を話したくないのか無言でジャガイモを切っていた。俺もそれを察して玉ねぎを切り始めた。今日の晩御飯はカレーだ。

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