第3話
「マラソン大会の時は有難うございました。おかげでそんなに大事にならずに済みました。」
大会が終わりGW明けの月曜日の朝に朝比奈さんがお礼をしに来た。
「あ、朝比奈さんおはよう。そんなにひどい怪我になんなくて良かったよ。大会の時は結構弱ってたみたいだけど、もう大丈夫そうだね。」
俺は怪我の様態もそこそこにメンタル面も心配していた。あの日の朝比奈さんは目に見えて様子がおかしかった。
「本当にあの時はすみませんでした。少しだけメンタル面でも弱ってたみたいで...迷惑をかけてすみませんでした...」
「朝比奈さんが無事なら何でもいいんだよ。でも俺とか翼がそばにいるときはもっと頼ってくれてもいいよ。言いにくいこととかは桃にいえばいいから。」
マラソン大会の終わった日の夜自分の部屋で、自身の言動を思い返して恥ずかしさで悶えていたがもう過ぎたことだ。
「そうですね...あの時は迷惑をかけちゃダメということしか頭になくて...逆に迷惑かけちゃいましたね...」
朝比奈さんは自嘲気味に笑っていた。
俺はとにかく朝比奈さんの心の中の負担を減らせるように、彼女にとって特別な存在になることを目指した。
特別な存在になる自信なんて正直全然ない。
けど彼女の近くにいたいならならなければいけない。彼女はクラスでも中心人物。片や俺はほとんどのクラスメイトと喋らずに部活も入っていないただの陰キャ。
自分で言うのもあれだがまったく釣り合っていない。
俺は彼女に釣り合う人間にならなければいけない。そうしないと彼女に告白もできない。
グッと拳を握りそんな決意を密かに固めていると、朝比奈さんがおずおずと近づいてきた。
「あ、あの湊君...」
「どうしたの?」
「少し提案というか、お誘いなんですけど。今週一緒にテスト勉強をしませんか?」
「いいけど...テストって結構先じゃなかったっけ?三週間後だった気がするんだけど」
学生の悩みの種、それがテストだ。
マラソン大会が終わった三週間後には中間テストがある。
一年生にとってはこれが高校最初のテストであり、ある程度の学力の指標にもなる。
「だから早めに勉強を始めるんですよ!私や千谷さんはそれなりにいい順位はとれると思います!けど湊君や桃さんはいい成績とれる自信はありますか?」
「うっ...な、ないです...なんならもう軽く諦めていました...」
朝比奈さんは言わずもがな、翼も容量がよく勉強もなんでもそつなくこなして順位も結構上をとれるだろう。
しかし俺は全然いい成績をとれる自信はない。
俺達が通っている高校はこの辺では大分進学校で、本当は俺が入れるような学校ではなかった。
しかし翼や桃もここを目指していると聞き、自分も入りたいと思い死ぬ気で勉強をした。
俺の性格では知り合いが誰もいない学校に行くのはハードルが高く、何より親友の二人とは離れたくなかった。
中三の夏から死ぬ気で勉強をしてめでたく第一志望のこの学校に受かったのだが...まあ授業の内容が難しい。
だから正直テストは諦めて、おとなしく追試を受けようと覚悟をしていたのだが...まさか学年上位であろう二人に勉強を教えてもらえるとは。
「そうでしょう...普通テスト勉強は2週間前に始めればある程度はいい成績はとれますが、湊君授業態度だと難しそうなので三週間前に始めることにしました。」
くそっ...軽く言い返そうと思ったけどその通り過ぎて何も言えない自分が情けない...
「すみません、お手数をおかけします。教えてもらうからには必ずいい成績をとるのでよろしくお願いします。」
俺は精一杯の丁寧語でお願いをした。
「はいっ!お願いされました!湊君の頑張り次第でもありますが教えるからには私も全力を出します!」
朝比奈さんは溢れんばかりの笑顔で、張り切っているのか両手を胸の前でグッと拳を握っている。
朝比奈さんは一挙手一投足が可愛いのだ。本人は無自覚のようだが女の子がするかわいい仕草をあんなに自然にできるのはすごいと思う。
そんなやり取りを教室内でしていると寝坊をしたのか、寝癖がついている桃が登校してきた。
「おはよー渚、湊。今日も仲良しだねぇ」
「おはよう桃。寝癖ついてるぞ」
「はぁ...湊は本当に乙女心っていうものがわからないね。そういうのはもっとさりげなく教えるものだよ?今更湊に何言われようがいいけど、特に関わりもない男子に寝癖指摘されたらイラっとする人もいるんだから。女子の身だしなみに言及するときは慎重にね?あ、渚この寝癖直してくれない?私渚に髪触られるの好きなんだー。」
「私も桃さんの髪の毛好きです。サラサラなのにまとまっていて...この髪質が羨ましいです。」
「えー渚の髪の毛もすっごくきれいじゃん。黒髪ロングのサラサラヘアーとか憧れている女の子多いよ?」
寝癖を直しながら二人の美少女が女子トークを繰り広げているところに、先生が教室に入ってきてHRが始まった。
「湊って勉強会のこと聞いてるか?」
昼休みになりお弁当を食べていると、購買で買ったパンを食べている翼が話しかけてきた。
「一応今日の朝、朝比奈さんから聞いたよ。今週やるとしか聞いてないけど。」
「俺と桃も今日誘われたんだけど俺たちは部活があるから参加できないんだよな。テスト前の部活停止も二週間前からだから来週からなら参加できるんだけどさ。」
この学校は文武両道で部活でも素晴らしい成績を収めている部活が多くある。
桃が所属している陸上部や、翼が所属しているサッカー部も毎年良い成績を残している。
しかし学生の本分である勉学を疎かにするわけにはいかないため、テストの二週間前にはすべての部活の活動が停止して、テスト勉強に力を入れる期間がある。
え、それってつまり
「今週は二人きりで勉強会をしろっていうことですか」
「そういうことになるな。俺はいいけど、お前はどう頑張っても今から勉強し始めないとテストに間に合わないだろ。」
「ちょ、それやめて、言わないで。朝比奈さんにも言われて結構気にしてるんだから。」
「自業自得だろ。お前はもっとしっかり授業聞いとけ。話し戻すけど、今週は朝比奈さんと二人で勉強会してくれ。来週からは俺と桃もそれに参加できるから。桃も湊ほどじゃないけど勉強しないとまずいらしいし。」
「俺、正直朝比奈さんと二人きりで話すのしんどいんだよ。マラソン大会のときのことがあって余計に意識しちゃうというか、もうあの人が何してても可愛いし、顔をまっすぐに見れなくなったんだよ。」
「なら、今週にそれを克服しろ。マラソン大会の帰りにお前言っただろ?朝比奈さんの隣に立てるようになるって。今のお前じゃ無理だ。」
「結構言うね…」
「応援してるからこそな」
克服しろと言われても…今日の朝はギリギリで耐えて何とか顔を見て話をすることができた。話すときに顔を見ないのはさすがに失礼だし、彼女は俺のことを誠実な人間だと言ってくれた。でも変なところを見てもし今変な勘違いをされて嫌われたら生きていけないかもしれない。
「よし分かった。今週の目標は朝比奈さんに対しての耐性を取り戻すことにする!」
「私がなんですって?」
そう息巻いているところに急に後ろから朝比奈さんの声が聞こえてきた。
「うお!朝比奈さん…いつからいたの…?」
「今さっき来たところですよ?湊君が私の名前を出していたので何かと思って…」
「あ、ああ、なんだ。今週の勉強会について話していたんだよ。翼と桃は今週は部活もあるから一緒に勉強できないっていうことで。」
俺はやっぱりまっすぐには朝比奈さんの顔を見ることができなかった。
朝比奈さんはそんな俺を不審に思ったのか、訝しげに俺の顔を覗き見てきた。
俺は咄嗟に顔を遠ざけてしまった。
そうすると朝比奈さんは俺から少し離れて
「湊君、私に何か隠していることがありますか?それとも私、湊君に何かしちゃいましたか?」
と言った。
まずい…!
瞬時にそう思い、朝比奈さんの顔を見ると今にも泣きそうな顔になっており、頬も赤くなっていた。
「朝比奈さん、違うんだよ!湊は今少しだけ気分落ち込んででさ…だから別に朝比奈さんが何かしたとか気にしなくて大丈夫だから!」
「ほ、本当ですか?私、湊君に嫌われたりは…」
「ないない、そんなことありえないから。心配しなくて大丈夫だよ」
翼が咄嗟に俺の代わりに弁解をしてくれて丸く収まったようだが、さすがに俺も何か言わないと駄目だよな…
「朝比奈さん、誤解させてごめんね。別に朝比奈さんのこと嫌いでもないし、むしろ好きだよ。この前も言ったと思うけど朝比奈さんは素敵な人だよ。」
俺がそういうとクラス中が静かになり、朝比奈さんは顔を真っ赤にして呆けていった。
そして俺は今の発言を思い出し、つい最近同じようなことを言いベットで悶えたのを思い出した。今日はまた悶えることになりそうだな。
「あーなんだ、湊もこう言ってるしさ、朝比奈さん。安心していいよ。」
見るに堪えない状況に翼がフォローしてくれたが朝比奈さんは顔を真っ赤にしたままで、
『そ、そうですか』
とだけ言い、席に戻っていった。
俺は頭を抱えて、翼は苦笑いをしながら俺の肩に手を置いてきた。
終わった。マジで終わった。
この前この発言をしたときは周りには誰もいなかったし、朝比奈さんのメンタルが不安定の状況だった。俺は朝比奈さん相手だとどうも周りがみえなくなってしまうようだった
さて、これからどうしようか。クラスのみんなの前でこんな恥ずかしいことを言ってしまった。色々と面倒くさいことになりそうだけど今更気づいてももう後の祭りだ。
この事件があってから俺たちのクラス、いや学年単位で俺の言葉の意味がどういうことかの考察が行われることになった。
放課後
約束通り俺と朝比奈さんは図書館で勉強会をすることになった。
昼休みのことがあった手前二人とも気まずい状況が続き、二言三言言葉を交わすだけで会話が中々続かなかった。
この状況が続いてもいいことがないということで思い切って俺から会話を振ることにした。
「朝比奈さん、ちょっといい?ここの問題なんだけど全く分からなくて。おしえてもらえるかな?」
と言うと、朝比奈さんは
「ひゃい!」
と聞いたことないような声で肩を震わせながら返事をした。
やっぱり昼休みのこと引っ張ってるよね…
無理もない、クラスのみんなの前で素敵な人だと言われ、さらには好きだと急に異性に言われたのだ。そんな発言をする奴に普通に接しろというのは酷だろう。
「こ、この問題ですね。この問題は公式に当てはめてやるよりこうやって違う角度で考えることで理解しやすいと思いますよ。湊君の考え方は私と違うので正直これでいいのかは自信がないんですけど…」
「ああ、なるほど。俺ってどうしても公式とか覚えるの苦手だからこうやって違う解決策出してくれるのすっごい助かる!朝比奈さんって人に教えるの上手だよね。良くクラスの女子にも勉強教えてるし」
実際彼女の教え方はすごく分かりやすかった。どうしてわからないのか、どこがわからないのかを瞬時に理解して最善策を出してくれる。数学などの公式が多い教科だと尚更わかりやすかった。
「私は我流で勉強をしているので正しいやり方ではないんですけどね…でも有難うございます。そうやってほめてもらえるのすごく嬉しいです!」
彼女は困りながらも頬を搔きながら照れていた。
良しこれで多少は空気が柔らかくなっただろう。今のうちに昼のことを謝っておこう。
「あの、ごめん!昼のことだけど、あんなことをクラスのみんなの前で言っちゃって、迷惑だし嫌だったよね!」
俺は顔の前で手を合わせて誠心誠意謝った。
朝比奈さんは不意打ちの謝罪に戸惑ったのか教科書を口許に持っていき、しばらく黙っていた。
俺は何を言われるのかびくびくしていたが少し時間がたって朝比奈さんが口を開いた。
「本当ですよ。」
そう冷たく一言だけ朝比奈さんはつぶやいた。
終わった。死のうかな。
やっぱり誰かに迷惑をかけるのもよくないし樹海に行ってひっそりと?いやいや、見つけてもらわないと親にも悪いし首吊りとかが一番か。
俺がそんな親不孝で物騒なことを考えていたら朝比奈さんが口許に手を当てて笑い始めた
「ふふふ…冗談ですよ。そんなに深刻そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。そんなこと思ってもないですし迷惑とも思っていません。私はむしろ嬉しかったんですよ?マラソンの時にも言ってくれたあの言葉、本気で思ってくれてるんだなって分かりました。私はそれが嬉しかったんです。」
俺はそれを言われると同時に安心して全身から一気に力が抜けるのを感じた。
嬉しさと、恥ずかしさ、全身がむず痒く体も熱くなっている。
「はあ…もうやめてよ!今本気でやらかしたと思って何言おうか迷ってたんだら!」
「いや…本当にごめんなさい…そんなに焦ると思ってなくて…」
朝比奈さんは図書館ということもあって静かだが、口許に手を当ててくすくすと笑っていた。
「はあ…ごめんなさい。でも本当に嬉しかったんです。私は誰かに褒められたりすることが少なかったんです。誰かに認められたり、褒められたりしたかったわけではないんですけど、心のどこかで褒められたいって思っていたのかもしれません。」
彼女は恥ずかしいのか頬を赤らめながらも穏やかな顔でそう語った。
よかった。普通に喋れているじゃないか。
さっきまでは二人とも意識をし過ぎて変な空気だったのが朝比奈さんの心臓に悪い冗談のおかげで、その空気も和らいでいつも通りの会話ができるようになった。
今も朝比奈さんの顔をしっかりとみて話すことができている。正直まだ恥ずかしいというか、意識はしてしまうが違和感なく話せているため大丈夫だろう。
「それよりも湊君の理解度は想像以上にまずいかもですね。今のままだと赤点ギリギリのラインかもですね。」
朝比奈さんが急に刺してきたため温度差で風邪をひきそうになったが、朝比奈さんの言うこともわかる。教えてもらっておいてこんなことを言うのも失礼だが自分でもこのままだと赤点になるのは分かる。
「教えてもらってるのにほんとごめん…。普段から勉強しておけばって今ほど思うこともなかなかないよ。」
「いえ!別に責めているわけではないんですよ!でもどうしましょうか。今週中には数学の範囲は終わらせておきたいですね。うーん…」
朝比奈さんは顎に手を置いてどうしようかと唸っている。俺のためにここまで悩んでもらって申し訳ない気持ちと、嬉しさでいっぱいだった。
「あっ!そうだ!」
朝比奈さんはいい案を思いついたようで手をポンっとうち元気な声を出した。
「今週の土曜日に私のお家で一緒に勉強会しましょう。」
「は?」
俺は急な申し出に間抜けな声が出てしまったが、小さな声だったためか朝比奈さんには聞こえなかったようだ。
「いや…それはさすがにまずいんじゃ…」
さすがの俺も二つ返事で了承するわけにもいかずに断った。
朝比奈さんの家?というか女子の家に男子をそんな簡単に呼ぶものではないだろう。朝比奈さんはもう少し危機管理能力を持ってほしい。
「どうしてですか…?一緒に勉強もできるし誰にも迷惑も掛けないので一番いいと思うんですけど…もしかして私の家で勉強するのは嫌ですか?」
朝比奈さんは昼の時のようにまた泣きそうな顔になっており、顔も真っ赤になっていた。
うーんまずいな。このままだと朝比奈さんを傷つけるだけではなくまた気まずい関係になってしまう。それだけは避けなければいけない。
朝比奈さんはきっと俺のことを信用してこの提案をしてくれているのだろう。
「うーん、分かった。土曜日は予定もないし一緒に勉強してもらってもいいかな?」
この前も俺のことを誠実と言ってくれた。その評価を落とさないためにも今は違和感を出さないように朝比奈さんの提案を受けておくべきだろう。
「もちろんです!では湊君の連絡先を教えてもらってもいいですか?」
「もちろんいいよ。ていうか俺達交換してなかったんだね。結構喋っていたのに」
「ふふふ…本当ですね。私も最近気づいて交換したいと思っていたんです。」
そんな会話をしていると完全下校の時間を伝えるチャイムが鳴った
「あ、もうこんな時間ですか。湊君、お疲れさまでした。また明日も頑張りましょうね!」
「うんありがとうね。あと本当にごめんね朝比奈さん。俺のためにここまでしてもらって。」
「全然いいんですよ。私がやりたくてやっていることなので。それに一緒に私も教えている場所は一緒に覚えられるので一石二鳥です!」
朝比奈さんは俺に罪悪感を持たせないためにか、とても楽しそうにしてくれている。
本当に優しい子だな…この子に惚れてよかった。この子に惚れて後悔する日が来ることはないだろう。
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