第17話 すこし先の
歪んだタイヤ。片側は外れてしまっている。客車がグシャグシャに押しつぶされ、原型を留めてはいなかった。
しかし、残された部分から、わたくしの家の馬車だと判別できる。
我が家が所有する馬車の中で一番古いタイプのものだ。つい先ほど見たばかりの馬車と同じものだった。
わたくしの頭はフル回転だった。
現状を理解しようとしているのだろう。ただ、その答えはわたくしが望んでいないものだということも、薄々感じていた。
やはりわたくしは時間を飛び越えたのね。そう、ここは未来よ。身体の成長具合から1年ぐらいかしら。いいえ、1年未満かも知れない。
グシャグシャに壊れた馬車。喪服を着たわたくし。つまり、馬車事故が発生して、お葬式が行われているということ。
今いる場所がわたくしの家の廊下だから、わたくしの身内のお葬式……。
考えたくない。でも、こんなの、答えが出たも同じじゃない。
わたくしの身体はガタガタと震えていた。息が止まったと思っていたが、今は荒々しい呼吸を繰り返している。
そこでふと、なぜわたくしはこの廊下にいるのか疑問に思った。
わたくしの家で冠婚葬祭を行う場合、大広間を使うはず。大広間は今いる廊下から反対方向にあった。
今は式が終わった後なのだろうか。それとも前? まさか式の最中に抜けてきてるとかじゃないわよね?
大広間へ確認に行こうかしら?
誰のお葬式が行われているのかなんて、見に行かなくてもわかる。
でも、違うかも知れない。おめでたいことがあって何かの式典をやっている可能性だってなくはない。
わたくしの家で何か式典をやっているのではなくて、今から出かけるのかも知れないし。
そう考えつつも、きっとこれが現実逃避というものなんだ、と思う自分も居る。
冷静な自分が淡々と分析している一方で、身体は廊下に縫い付けられたように動けなくなってしまっていた。
そんな時だった。
「リシュ?」
温かい声音が背後から聞こえてきた。わたくしは縋るような思いで振り返る。動けなくなったと思っていた身体だったが、その声がわたくしの呪縛を解いてくれたようだった。
「ラ……ランティス様」
わたくしの少し後ろに立っていたのはランティス様だった。ランティス様も黒い服に身を包んでいる。
見知った顔を見つけたわたくしは少し安心した。それにこれは現状を聞けるチャンスだ。
「ランティス様! あの……」
そう言いつつランティス様に向かい合う。しかし、ランティス様は表情をこわばらせた。
あら? どうしたのかしら?
その表情に気を取られていると、ランティス様がつかつかと歩み寄ってきた。
わたくしの目の前まで来たランティス様は、わたくしの頬を両手で包み込む。わたくしはなされるがままに顔を上に向けた。
ランティス様の美麗な顔が間近にある。なんだか少し凛々しくなったような感じを受ける。わたくしが知っているランティス様より大人っぽいといえばいいのかしら。
ランティス様の真剣な瞳に、間抜けな表情をしたわたくしが映っていた。
それだけ近い距離にいることに戸惑いを感じる。
この状況は一体何?
疑問を感じると同時に、体温が上がっていくのがわかる。
「ラン、ティス様。あの」
ランティス様に見つめられて、いたたまれなくなったわたくしは口を開いた。すると、ランティス様から驚きの情報がもたらされたのだ。
「今のリシュは、過去のリシュだね?」
「えっ」
かこのリシュ? 過去のリシュ?!
時渡りしてきたことがバレているの!? どうして!!?
混乱しているわたくしをよそに、ランティス様は続ける。
「今の君は僕のことを愛称で呼ぶよ」
そうなの!?
言われてみればランティス様も、さっきからわたくしを愛称で呼んでいる。
ずいぶん親しくなれたのね。
そんな感想を思いつつ、わたくしはランティス様に神縁のことを話せたのだなと、なぜかホッとした。
と、いうことは、今のランティス様はわたくしの神縁について何かご存知なのね?! これは尋ねてもいいんじゃないかしら!
それに他にも色々聞きたい。だから離れてほしい。こんな状態ではわたくしが気絶する。
どこかで落ち着いて話しませんか?
そう言おうとしたが、その言葉は言えなかった。
「発動していますね」
ランティス様の後ろに控えていた人物が、静かにそう言ったのだ。
ランティス様がその方に振り向く。わたくしも合わせてその人物に目を向けた。
真っ白な肌と長髪に、真っ白な神官の服を身に着けている。全身真っ白いなかで、グレーの瞳だけが浮いて見えた。額には立派な1本の角が生えている。
獣人の方かしら?
どこかヴィノ様に似ているようにも見えるが、物腰が上品すぎて、ヴィノ様が変装しているようには見えない。要するに全く知らない人だった。
「やはりそうか」
「ええ。今頃、過去に飛んだリシュア様は大慌てでしょうね」
その人物がクスクスと面白そうに笑う。わたくしは話が見えなくて、ポカンとするしかなかったが、ランティス様はみるみるうちに不機嫌になった。
「笑い事じゃない」
「フフ。失礼しました。確かに笑い事じゃありませんでしたね」
そう言いつつも、全然悪びれていない。
「君は」
「殿下。お叱りは後でいただきます。先にリシュア様を過去へお返しいたしましょう。過去へ飛んだリシュア様が慌てて『
ランティス様は驚いた様子でわたくしを見た。わたくしはいまだに話がわからずポカンとしている。
え、えっと? 未来のわたくしは神縁を使えているってこと? でもコントロールは出来ない感じかしら? ときひめってなにかしら? わたくしの神縁の名前?
今の会話を思い出しながら頭の中を整理する。
しかし、わたくしの頭の整理が終わらないまま、真っ白い方がランティス様に提案をしてしまった。
「さあ! この前お伝えしたやり方で、リシュア様を送りましょう!」
「……本当にそのやり方で送れるのだろうな?」
「さあ? リシュア様から聞いたやり方ですから成功するかはわかりませんが」
「……おい」
「まずは試しにやってみましょう!」
戸惑うランティス様とは対照的に、真っ白い方はウキウキしている。わたくしは『過去に送れる』という話に驚いていた。
「わたくし、帰れるのですか!?」
「リシュ。今から送るから目をつぶってくれるかい? 君もだ。ヴィシュテル」
「
「……見る気か?」
「もちろんです。本当はゆっくりお話も伺いたいのですが、それはリシュア様が帰ってきてからのほうが効率が良いでしょう。なにせ今のリシュア様はなにも知らないでしょうし」
どんどんと2人で話を進めていく。わたくしは慌てた。色々気になるワードが出てきたのだ。それにこの2人はわたくしの事情をわかっている。わたくしは話を聞きたかった。
「待ってください! お話を聞かせてください! なにかご存知なのでしょう? わたくし、今、調べている最中で……」
わたくしはランティス様の服を掴んだ。普段ならしない行動だが、わたくしも必死だった。
言い募っていると、ランティス様の手がそっと、服を掴んでいたわたくしの左手を包んだ。ランティス様の片方の手はわたくしの頬に添えられたままだ。
ランティス様が熱く見つめてくる。わたくしは驚いて言葉を止めてしまった。
「リシュ。過去に戻れたなら僕を頼ってほしい。絶対に君の力になる。君の話も真剣に聞くよ。上手く説明しようなんて考えないで。君の身に起こったことを僕に伝えるだけでいいから」
ランティス様はそう言うと、愛おしそうに微笑んだ。わたくしはランティス様のその笑顔に見とれてしまう。
「大丈夫。何も怖いことは起きない。安心していていい」
ランティス様の顔がだんだん近づいてくることに気づいたが、わたくしは動けなかった。ランティス様がわたくしの身体をガッチリと抱きしめていたからだ。
わたくしの鼻とランティス様の鼻があたる。わたくしは怖くなって瞳を閉じた。
「愛しているよ。リシュア」
そう聞こえ、すぐに温かいものがわたくしの口を塞いだ。
その瞬間、体中に心地よい電撃が走った気がした。そして意識を失ったのだった。
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