第16話 発動



「うう~ん……」


 うららかな昼下がりの午後。わたくしは本宅にある図書室で神縁について調べていた。


 ランティス様とヴィノ様から神縁の話を聞いて、自分の身に起こった不思議な体験は、神縁によるものではないかと思ったわたくしは、自身の神縁を知りたくなったのだ。


 ただ、ランティス様たちに何度も聞く勇気はなかった。


 何度も聞いたりすればランティス様たちも気になるだろうし、説明を求められても上手にできる気がしない。


 きっと、わたくし自身が理解出来ていないからだろう。


 そう考えたわたくしは本に頼った。


 わたくしの家には、たくさんの本がある。お父様もお母様も本が好きだし、書籍を扱う商人とも取引することがあり、各国のいろいろな書物が置いてあった。


 神縁の本もあるだろうと思い、図書室の本を調べてみたのだが――。


「ないわねぇ」


 わたくしはそう言いながら、本を閉じて机に突っ伏した。


 机の上にはたくさんの書物がうず高く積まれている。神縁について書かれている書籍を探したがなかったので、別ジャンルの本も読んでみたのだ。


 神縁に対する記述が1行でも書かれていないかと思ったが期待は外れた。


 気分転換でもしましょう。


 わたくしは外の空気を吸うために、中庭へ向かうことにした。


 ひとりで廊下を歩きながら思案する。


 家の図書室にないのなら、街中にある王立の図書館にでも行こうかしら?


 王立図書館は貴族はもちろん、平民や旅人など色々な人達が利用できた。王族は滅多に利用しない。王宮に専用の図書館があって、王族や王宮勤めの人たちは王宮図書館へ行くからだ。


 実は王宮図書館へも行ってみたいのよね。お父様に頼んでみようかな? でも、手続きが大変って聞いているから無理かも知れない。


 すぐに行くならば王立図書館だろうな。気軽に行けるし。ランティス様と街へ出かける時に予定に組み込んでしまおうか?


 そんな考えも浮かんだが、わたくしはあっさりと諦めた。


 日にちが決まり、ランティス様を街へ案内する日が明後日に迫っていたからだ。


 案内するコースもすでに決まっているし、わたくしの個人的な理由で、今からコースを変えてもらうことはできない。


 それに急ぐ理由はないのだし。あの不思議な現象はあれから一度も起こっていないのだ。もしかしたら、もう体験することは無いかも知れない。


 焦ることはない。のんびり行きましょう。


 そう思いつつ、2階から1階へと階段を下りていると、外からにぎやかな声が聞こえてきた。


 1階の廊下の窓から、声がする方へ目を向けると、職人らしき人が2人で馬車の点検をしていた。


 わたくしの『馬車の整備をして欲しい』という願いを、お父様は実行に移してくれているんだわ。


 あの馬車は明後日、わたくしたちが乗るものなのだろう。


 明後日は、お母様が付き添ってくれる事になっている。お母様は馬車の事故で命を落としているから、なるべくなら乗ってほしくないのだけど、わたくしも乗るのだし今回は気にしなくても大丈夫よね。


 そう考えた瞬間だった。


 重苦しい鐘の音が、突然鳴り響いたのだ。


「え?」


 わたくしは驚いて、辺りをキョロキョロと見回す。


 わたくしの家には鐘などない。わかっているがその音の歪さに怖くなったのだ。なぜかというと、鐘の音は外から聞こえるのではなく、屋敷の中から聞こえているように感じたからだ。


 なんだか鐘が、わたくしの真上にあるようなそんな感覚がして、わたくしは天井を見上げた。


 しかし鐘はなかった。真っ白い天井が見えるばかりで何の異変もない。


 そしてわたくしはあることに気づく。これは神縁では?!


 待って!? わたくしはまた過去に飛ぶの?


 わたくしは焦った。これ以上若くなってどうするのだ。いや、過去に戻るとは限らない。


 わたくしは鐘の音が鳴った時の状況を思い返していた。


 確か1度目は階段から突き落とされて、鐘の音が鳴って、気づけば12歳になっていた。2度目のときは、12歳になった自分の姿を見て倒れたのだ。ランティス様の怒鳴り声で目を開けたらパーティー会場に戻っていた。……おばけの姿で。


 そうなのだ。わたくしは17歳に一度戻っている。このことから、過去に戻る神縁なのか、判断がつかなかったのだ。


 今はどの時間に行こうとしてるの?! まさか、17歳に戻るつもり!?


 えええ? 待って! せっかくランティス様と打ち解けてきて苦手意識もなくなってきたのに、今、17歳に帰ったら、ランティス様との関係も元に戻ってしまうじゃない!


 しかもお母様は亡くなっているし、お父様との関係はギクシャクしてるし、弟たちは領地だし。婚約破棄された傷物令嬢で、確か、いじめの捜査もするって王太子殿下は言ってなかったかしら?


 いじめの事実なんてないのだけど、無実が証明されるまで、わたくしは加害者扱いされるのではないの?


 つらい、つらすぎる。せっかくやり直しが出来ると思っていたのに。


 わたくしは頭を抱えた。でも、この鐘が鳴るということは、たぶん神縁の発動の合図なのだと思う。今のわたくしには対処できない。方法を知らない。


 も、戻らないで~!!!


 わたくしは祈るしかなかった。


 すると鐘の音が鳴り止んだ。わたくしは恐る恐る周囲を見回す。


 景色は先程と変わらない。白い天井に長い廊下が続いている。わたくしは廊下の窓辺に立ったままだった。


 慌てて自分の両手を見る。手の大きさを見て判断しようとしたがよくわからなかった。何も変わっていないようにも思える。


 時間を移動していないのかしら?


 そう思ったが、自分の服装を見て心臓が跳ね上がった。


 黒い服を着ていたのだ。わたくしは黄色いシフォンワンピースを着ていたはずだ。なのに全身黒い。しかも式典に参加するようなフォーマルな服装だった。


 これ、喪服では?


 わたくしの胸はドキンドキンと大きく脈を打っていた。


 今が、鐘が鳴る前より過去なのか、未来なのか判別できない。ただ、時間の流れは大きく変わっていないように思えた。


 今回は身体が透けていない。いまいち法則がわからない。


 ふと窓の外を見てみると、シトシトと雨が降っていた。そして息を止めた。


 わたくしは、目にした光景に自然と息を止めてしまったのだ。


 

 目を向けた先にあったもの。それは――。



 グシャグシャに押しつぶされたような形になった、わたくしの家の馬車だった。 




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