第15話 神縁



「ヴィノが僕を連れて逃げようとした時にね、僕の神縁が覚醒して発動したんだ」


 神縁とは、ベイスンレイスで言う加護と同じもの、というのは先程説明してもらった。


 だが、ベイスンレイスでは加護を授かる人は非常に珍しい。


 加護は『精霊からの贈り物』と称される。精霊は魔法を使える存在で、加護を授けられた人は精霊と同じ魔法が使えるらしい。


 なぜ、表現が曖昧なのかというと、ベイスンレイスでは精霊が存在するとは信じられていないからだ。


 一応、ベイスンレイスにも魔術師は居る。しかし、精霊から力を借りているのではなく、その人が生まれつき魔力を持っているために魔法が扱えるという認識だ。


 精霊は、信じる人にしか姿を現さない。ベイスンレイスで加護持ちが少ない原因は、人々が信じていないから、という話は、侯爵夫人教育の時に魔術の先生から教えてもらった。


 神縁について詳しくないわたくしは、疑問に思ったことを尋ねてみた。


「神縁は突然授かるものなのですか?」

「いいや、神縁自体は生まれる前から授かっていると言われている。覚醒させないと神縁の能力は発動しないんだ。だから、本来ならば成人を迎えた時に覚醒を促す儀式を行うんだ」

「儀式を行うことで、安全に確実に覚醒するんだってさ」


 なるほど。その儀式がどんなものなのかも興味があるわ。一度見てみたい。


 そんなことを思いながらも、また疑問がわいた。


 確か、レインフォレストの成人年齢は15歳のはず。ランティス様はまだ未成年のはずだわ。


「ランティス様の神縁は、儀式を行う前に覚醒してしまったのですね?」


 ランティス様はわたくしを見ながらうなずいた。


「危険な目に遭った時に覚醒した事例もあるんだ。僕の場合もこれだね。ただ、推奨はされていない。もし、幼い頃に覚醒すると、神縁の力が大きすぎる場合、身体に怪我を負ったり、コントロールが出来なくて誰彼構わず傷つけてしまう」


 わたくしは説明を聞いて驚いた。


「ランティス様、怪我はされませんでしたか!?」

「大丈夫だったよ。ありがとう。ただ――」


 そう言うと、ランティス様は目を伏せた。


「コントロールが出来なくて、ヴィノに当たりそうになった」


 わたくしはさらに驚いた。ランティス様は自分の手を見つめながら、若干しょんぼりしているように見える。


 ヴィノ様が慌ててフォローする。


「いや、でも、殿下がかばってくれたんで俺は無傷だったのよ? 殿下自身は雷がまったく効かないし」

「雷が効かない?」

「そうそう。殿下の神縁はランクが一番上なの。だから、自然の雷に打たれようが、魔法の雷に打たれようがまったくの無効、無傷。それどころか魔力が回復するんだよね?」


 ヴィノ様がランティス様に確認する。ランティス様は自分の手を見つめながらも、コックリとうなずいた。


「どんな現象ですの? それ」


 わたくしは思わずつっこんでしまった。


 しかし、加護にランクがあることは知らなかった。なんだか物語の設定を聞いているようでワクワクするわ。もう少し聞いてもいいかしら?


 その時、ふと自分の奇妙な体験を思い出した。


 わたくしの時戻りの件だ。


 時戻りと言ってしまっていいのか実はわかっていないのだが、わたくしは未来の出来事を知っている。体験したのだ。17歳だという自覚もある。未来を見ていたと言えるのかも知れないが、今のわたくしには判断がつかない。


 もしかして、わたくしのこの奇妙な体験は神縁が関係しているのかしら?


「……あの、つかぬことをお伺いしますが」


 わたくしは思い切って聞いてみることにした。すると、ランティス様が顔を上げて、わたくしを見つめた。


「? なにかな?」

「時を戻るような、そんな神縁って聞いたことはありますか?」

「時を戻る?」


 ランティス様は腕を組んで考え始めた。その後ろでヴィノ様がランティス様に尋ねる。


「時空系の神縁ならあるよね?」

「時空系……ですか?」


 わたくしが聞き返すと、ヴィノ様はわたくしに目を移す。


「そう。時魔法もあるし。だけど、すごいレアだったと思うよ? 竜と同じで。なになに? 過去に戻りたいことでもあるの?」

「えっと~。そう、ですね。ちょっと興味がありまして」

「ほ~ん」


 ヴィノ様は興味津々と言った感じでわたくしを見てくる。わたくしはごまかしながらも、わたくしの身に起こっている不思議な体験のヒントを見つけたかった。


「神縁には興味がありますわ」


 なにか探れないかと思いそう言うと、ヴィノ様が明るい声を出した。


「そうなの? でも、お嬢さんもなにかしらの、すごい神縁を持ってると思うよ? だって殿下の番だし」

「え? そうなのですか?」


 ヴィノ様の言葉に驚く。わたくし、先程から驚いてばかりだわ。


 そんなわたくしに、ランティス様はニコッと微笑んだ。


「番同士は、どちらかの神縁が覚醒していれば、呼応するように覚醒すると聞いたことはあるね。でも、リシュアには儀式を受けて安全に覚醒してほしいな」


 なんだか、わたくしの神縁を覚醒させる気満々だけど、なぜかしら?


 あ、もしかして『興味がある』って言ったから?


 どうしましょう? ベイスンレイスにはそんな儀式はないのだけど。


 わたくしはベイスンレイスの人間だし、加護とは無縁だと思っていたけれど、そもそもすでに持っているものだったなんて。


 わたくしが考えていると、その頭上からヴィノ様が楽しそうに話す声が聞こえてきた。


「お嬢さんの神縁はどんなもんだろうな? 女性だから補助系だろうけど。ランクも気になるなぁ。なんたって殿下のランクが最上級だし」

「補助系?」


 新たな単語が出てきたわ。


 わたくしが首をかしげると、ランティス様が答えてくれる。


「男性は攻撃系の神縁なんだ。僕の雷とか、炎とか。女性は補助系といって、体力を底上げしたり、回復したりする神縁を持っていることが多いな。もちろん例外はあるんだけど」

「不思議ですわね。性別によって加護の性質が変わるなんて」

「レインフォレストでは、神縁を授かった後に性別が決まると言われているからね。でも、目に見えない世界の話だから本当かどうかははっきり言えないかな」


 加護にそんな決まり事があったなんて。わたくしは、初めて聞く内容に面白さを感じていた。そうだ。ランクの話も聞きたい。


「ランクはいくつありますの?」


 わたくしが尋ねると、ヴィノ様がランクの説明をしてくれた。


「ランクは4つにわかれてるね。男性ならていおうこう。女性ならごうひめ。殿下の神縁は雷帝って呼ばれてるよ」

「かっこいいですわね」

「そうでしょう? もうなんか、どっかの皇帝みたいだよね」

「ヴィノ様はどんな神縁をお持ちなのですか?」

「俺の話はいいよ~、しなくて」


 ヴィノ様がすごい勢いで手を左右に振り、拒否を示す。教えたくないみたいだわ。わたくしはそんなヴィノ様の反応を見てクスクスと笑った。そして、ふと考える。


 わたくしが時を戻っている今の状態は、やはり神縁が関係しているのかもしれないわ。


 わたくしはランティス様の言葉を思い出していた。


『危険な目に遭った時に覚醒した事例もあるんだ』


 わたくしも危険な目に遭ったことがある。階段から落とされたあの時のことだ。聞いたこともない鐘が突然鳴り出して、すべてが遅く感じた。


 神縁についてもっと知りたい。 


 わたくしが神縁について、他に情報はないか聞こうとした時だった。サロンの扉からノック音が聞こえたのだ。


 ヴィノ様が対応する。振り向いたヴィノ様はわたくしに声をかけた。


「お嬢さん、勉強の時間だって。侍女さんが迎えに来てるよ」


 ああ、もうそんな時間だったのか。


 そう思いながら、わたくしはソファから立ち上がる。ランティス様も立ち上がり、侍女の元までエスコートしてくれた。


 わたくしは扉の前で、ランティス様と向き合う。手を離そうとしたが、ランティス様はギュッと握ってきた。


 わたくしはドキッとしながらも、別れの挨拶をする。


「申し訳ありません、ランティス様。今日はこれでお暇いたします」

「今日もありがとう、リシュア。楽しかったよ」

「わたくしも楽しかったですわ。……あの」

「うん?」


 わたくしはひとつ、気にしていた事があった。ランティス様にお伝えしておかないと。


「ランティス様の神縁について知っていたことなんですけど、その、情報が漏洩していたとかじゃないのです。いずれ説明しますのでどうか――」


 待って下さい、と言おうとしたら、ランティス様がフフッと笑った。


「リシュアは真面目だね。僕はその話のこと、すっかり忘れていたのに」

「へ?」


 これはもしかして、言わなくても良かったのでは?


 わたくしは固まった。忘れてほしかった話を、自ら掘り返したのだ。こんな時、自分の性格を疎ましく思ってしまう。


 わたくしは自分を責めたが、ランティス様は違ったようだ。


「責任感が強いのかな。ますます魅力的だよ」

「ふぁっ!?」


 ランティス様は楽しそうに笑った。


「じゃあ、リシュアが話してくれるまで待ってるね」

「は、はい」


 そして、いつものように手の甲にキスをもらったわたくしは、離れを後にした。





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