第14話 兄弟



 ヴィノ様の声は聞こえるが姿が見当たらないので、わたくしはランティス様に尋ねた。


「ランティス様、ヴィノ様が」

「健康的には問題ないからほっといていいよ」


 わたくしの質問に対して、ランティス様は食い気味に答えた。そして何事もなかったように、わたくしとの会話を再開させる。


「それにしても本当に上手だね。弟くんたちが少しうらやましいな」

「あら、どうしてですか?」


 手鏡を手に取り、もう一度髪型を確認するランティス様。


「……僕ももっと早く、君に出会えていたらなって思って」


 そう言いながら、わたくしに向かって微笑む。しかしその笑顔は、キレイな笑顔ではなく悲しんでいるように見えた。


 なぜ、こんな表情なの? 日々の髪型に困っているのかしら? でもこだわりはないのよね?


「この屋敷に滞在の間は、ランティス様の髪をくくりますよ?」

「……うん。ありがとう」


 ランティス様はお礼を述べるものの、表情は相変わらず悲しそうな笑顔だった。疑問に思ったので、理由を聞いてもいいか尋ねようとしたが、ランティス様が話題を変えてしまった。


「リシュアは兄弟仲が良いよね。僕の兄弟とは大違いだ」

「えっ。あ、ありがとうございます。でも、大きくなってきたらわかりませんわ。ランティス様のご兄弟はどんな方ですの?」


 ランティス様の言葉で、ランティス様の家族構成を知らないことに気づく。


 5年後はそんな話すらしなかったもの。当たり前よね。ランティス様は第三皇子だから、お兄様が2人いるのはわかるのだけど。


 そう思いながら、わたくしとしては深い意味もない質問だったのだが――。


「僕の兄弟は仲が悪くてね」


 その一言を聞いて、わたくしは固まった。ランティス様は何でも無いような口ぶりで話し出す。


「兄が2人。姉と妹が4人ずつ。第三側室が今妊娠中で秋に出産予定だから、兄弟の数は僕を含めて12人になる」

「12人?! そんなにいらっしゃるの??」

「現皇帝は奥さんが6人いるんだよね~」


 わたくしがびっくりしていると、いつの間にか復活していたヴィノ様が会話に入ってきた。


「もう少し転げてても良かったのに」

「や~ん。殿下が冷たい~」


 ランティス様がからかう。ヴィノ様も合わせるように答えた。主人と従者の関係というより友達である。


 こんな2人を見ていたからなのか忘れていたが、レインフォレストは大国だ。お妃様の人数も規模が違う。ベイスンレイス王家でもそんなにいない。


「……ということは、皆様、お母様が違うのですか?」

「そうだね。異母兄弟だ。僕の母は第五側室になる。母は僕しか産んでないから一人っ子みたいなものだけどね」

「そうなのですか。寂しいですね。異母兄弟でも仲良く出来たら良いのですけど」


 わたくしがそう言うと、ヴィノ様が冷めた紅茶を入れ直しながら、ランティス様に確認した。


「姉殿下や、妹殿下とはまだ仲良しだよね? 兄殿下は、向こうが敵対心を燃やしているだけだし」


「皇帝になる気はないと伝えてはいるんだけどね。兄からすれば僕の存在自体が邪魔らしい」


 その言葉を聞いて、わたくしはランティス様が殺されかけた話を思い出した。


 わたくし、このまま聞いててもいいのかしら? ランティス様の言い方だと、ランティス様を襲ったのは――。


 わたくしの態度から何かを汲み取ったのか、ランティス様はわたくしをいたわるように見つめた。


「僕を襲ったのは2番目の兄だよ」


 わたくしはヒュッと息を呑んだ。


「そ、そんな。どうして」


 戸惑うわたくしに、ランティス様は静かに答えた。


「レインフォレストは男性しか皇位を継げないことは知っているかな? 本来なら皇后の子が選ばれることになるんだけど、皇后の子は女児しかいなくてね」


「兄殿下はお二人共、殿下同様、側室の子なのよ。一応1番目の兄殿下が第一継承権を持ってるんだけど、立太子はしてないんだ」


 なるほど。跡継ぎ問題のいざこざがあるのね。


 半分納得したが、そうなると、ランティス様の継承順位が一番低いことになる。


「ですが、それではランティス様が襲われることにならないのではありませんか?」


 わたくしが尋ねると、ランティス様がうなずいた。


「僕が竜の獣人だから、じゃないかな」


 え? 竜だから狙われるの? そうだとしたら、竜の獣人は大変なのではないの?


 わたくしが首を捻っていると、ヴィノ様が眉を下げた。


「人族のお嬢さんからしたら意味わかんないよね。俺たち獣人は弱肉強食、つまり強い獣が頂点に立つ仕組みになっててさ。みんな拳でやり合うのよ」


「竜は幻獣種といって、自分でいうのもなんだけど、レアな存在でね。父である皇帝は竜だけど、竜として産まれたのは僕と1番目の姉だけなんだ」


「しかもさ、竜って天候を操れるぐらい強くてやばいやつが多くてさ。歴代皇帝もほとんど竜なの! 国内の貴族も、殿下が次の皇帝になると思ってる人が多いんだぜ。そりゃあ、兄殿下たちは焦るよな」


「……要するに、竜であるランティス様を倒すことが出来れば、皇帝になれるチャンスが広がる、ということですか? でも、そんな、それじゃあランティス様は……」


 わたくしはランティス様のことが、より心配になった。


 だれかが次の皇帝になるまで、ランティス様は狙われ続けるはめになるの? もしかして5年後もそんな環境で彼は生きていたのだろうか。


 自分の身に危険がある中で、わたくしのことを気にかけてくれていたの? わたくしは自分のことで精一杯で、ランティス様を気遣うこともしなかった。


 いいえ、気遣うどころか小言が多いと敬遠していた時期もあったわ。


 わたくしは心苦しくなった。いくらランティス様の事情を知らなかったとはいえ、なんてひどい人間なのだろうか。


 ひとりで勝手に落ち込んでいると、ヴィノ様が明るい声を出した。


「まあ、返り討ちにしたんだけどね、この竜」


 ん?


 わたくしは、ヴィノ様が一瞬何を言ったのかわからなかった。目をパチパチとしばたたいていると、ヴィノ様はまるで自分の武勇伝を語るように話しだした。


「お嬢さんにも見せてあげたかったよ~。襲ってきた図体のでかいおっさんたちを、次々地面に倒して行くんだから。極めつけは空から雷降ってくんのよ? 天気いいのに」


 んん?


「ヴィノ、やめろ。リシュアはそんな話、興味がないよ」

「いえ、もう少し詳しく教えてくださる?」

「ノリノリなんだけど」

「ランティス様が倒したのですか? 護衛の騎士は? ヴィノ様は何をしていらしたの?」

「え? ウソ。俺が責められるパターン?」


 ヴィノ様が青ざめる。ランティス様がフフッと笑った。


「兄上はずる賢くてね。護衛の騎士は遠ざけられてしまった」

「俺は側近だけど、戦闘力は皆無だから! 殿下の方が強いから! でもさすがにやばいと思って、殿下のせて逃げようとはしたのよ? 馬だけに」


 ヴィノ様が必死に、わたくしに訴える。


 どうしてこんなに必死に弁明してるのかしら。怒っているつもりはないのだけど?


 すると、ランティス様が突然、指にはめていた変装の指輪を外した。ランティス様の姿は、たちまちに元の姿に戻る。


 ランティス様はヴィノ様の方へ向くと、指輪を差し出した。


「ヴィノ。しまっておいて」

「へ? ああ、はいはい」


 ヴィノ様は指輪を受け取ると、わたくしたちの元を離れ、別のテーブルに置いてあった小箱へと指輪をしまう。


 ランティス様はそのスキを見て、わたくしに耳打ちをした。わたくしはランティス様に不意に近づかれて、変な汗が吹き出す。


「怒らないであげて?」

「わ、わたくし、怒っているつもりはないのですが」

「リシュアの顔、不信感でいっぱいって言ってるよ?」


 ウソ?!


 わたくしは両手で頬をおさえた。ランティス様はなおも耳打ちしてくる。


「ヴィノは文官だから。側近として、よく努めてくれているんだよ」

「も、申し訳ありません。そんなつもりはなかったのです」


 耳打ちをやめて、普通の距離感に戻ったランティス様は、わたくしをニコニコと見つめながら、声の音量を戻した。


「そう? 僕は嬉しいけど。怒った表情もかわいいね」


 この方はまた何を言っているのかしら!?


 わたくしがドギマギしていると、ヴィノ様が帰ってきた。


 ランティス様はヴィノ様の顔をジッと見上げる。ヴィノ様はまた何か申し付けられるのかと思ったようで構えていたが、ランティス様は目線を下げた。


 今度は、自分の手をジッと見るランティス様。少しして、わたくしに語りかけるように話しだした。


「ヴィノが僕を連れて逃げようとした時にね、僕の神縁が覚醒して発動したんだ」



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