第11話 考える必要ある?
「リシュアはずっとそう言っているね」
わたくしが一人で腑に落ちていた所、ランティス様が静かに答えた。
その言葉で思考の底から浮上したわたくしは、ランティス様が非常に微妙な顔をしていることに初めて気がついた。
不思議そうにしているようにも見えるし、どこか困惑しているようにも見える。
ランティス様からしたら解せないのも無理はない。説明すれば良いだけなのだが、未来を知っているのだと説明したところで信じてもらえるかわからない。
すると、ランティス様が少し残念そうな表情で微笑んだ。
「仕方ない。君と僕は出会ったばかりだし、まだ信頼できる間柄ではないからね。だからこそ僕は君と一緒にいたい。君は何が好きでどんなことを嫌がるのかたくさん知りたい」
ランティス様の様子はとても穏やかなものだった。けれど瞳と言葉は熱を帯びていた。
色気のある眼差しで見つめられたわたくしは、どぎまぎして全く落ち着かない。しかしランティス様は、そんなわたくしをよそに言葉を続けた。
「そして君にも僕のことを知ってもらいたい」
「ひぇっ」
わたくしは何を言おうとしたのか。変な声しか出なかった。
これは口説かれているのかしら? いや違う。わたくしなんかが口説かれるはずはない。
「僕のことを知って僕のことをわかってくれば、嫌われることを怖がることもなくなるんじゃないかな? どうだろう? ……やっぱり無理かな?」
ランティス様はまるで懇願するように見つめてくる。わたくしより背が大きいのに可愛く見えるってどういうことなの。
ランティス様の言い分は理解できる。特別に人間関係が苦手だという意識は持っていなかったものの、ないがしろにしていたと自分でも気づいたところだった。
やり直しが出来るかも知れない。相手を知ればなんとかなるのかも知れない。でも、それでも失ってしまったら?
ランティス様とは距離を取るつもりだった。けれど、ランティス様と仲良くなることはやり直しのチャンスでもあるのではないか?
一歩を踏み出す場面よね? でも、怖い。わたくしの判断は合っている? わからない。どうしたらいい?
「――成人前なのに
やっぱり口説かれていたの!?
わたくしがグダグダと悩んでいると、背後から聞き覚えのない声が聞こえた。驚いて振り向くと細身の青年が頭を掻きながら立っていた。
赤っぽい茶色の長髪と茅色の瞳に、白いシャツと黒いズボンといった軽装をまとっている。パッと見て平民に見えなくもない出で立ちだった。
しかし異様に目立っているものがあった。
青年の髪からは可愛らしい耳がぴょこぴょこ動いていた。お尻の部分からはフサフサの尻尾がパタパタしながら垂れている。馬だわ。
この人、どこかで見たことがある。
「ヴィノ。帰ってたのか。リシュア、この人はヴィノ・ガルシア。僕の側近だよ」
「はじめまして~」
「こ、こんばんは」
「いや、てかさ、殿下がっつきすぎじゃない? そんなキャラだったっけ? グイグイ来すぎてこの子怯えてるよ?」
「……君、どこから見てたんだ」
「デートのお誘いから」
「最初からじゃないか。盗み聞きとは趣味が悪いね」
「声かけようとしたら口説き出すんだも~ん」
側近というのだからレインフォレストの貴族だと思うが、なんだか口調が軽い。
直接話したことはなかったが、学園に居たときにランティス様と何度か話している場面を見たことがあった。
思い出していると、ランティス様と会話していたヴィノ様がわたくしの方へ振り向いた。
「お嬢さんは殿下のこと嫌い?」
「へ?!」
なんとストレートに聞いてくるのだろうか。本人の目の前で。ランティス様のお顔が、こころなしか引きつっているように見えるわ。
ビックリしながらも、わたくしは首を左右にブンブンと振った。
ランティス様のことは嫌いではない。どちらかというと嫌われていると思っていたし、嫌いというより苦手になってしまった、という方が正しい気がする。
「人付き合いが苦手といいますか……」
「僕に嫌われることが怖いんだよね?」
「あ、なるほど。人間関係にトラウマがあるってことか」
ぐっ。あります……。
わたくしとランティス様の会話を少し聞いていただけだろうに、ずいぶんと理解が早い。聡い方なのね。
するとヴィノ様が腕を組んで考える仕草をしながら、独り言を言うようにポロッと、わたくしに向かって言った。
「嫌われることを考える必要、今ある? なくない?」
「えっ」
わたくしは驚いた。
初対面のわたくしに対して、長年の友人のように接するヴィノ様の態度にもビックリしたが、そのヴィノ様が問うてきた言葉にも驚いたのだ。
考える必要が、ない?
「だってそんなこと付き合う前から考えてたら、何も出来なくない?」
「そ、れは、そう、ですね」
確かにそうだ。もしかしてわたくしは過度に怖がっているだけなのかも。
ヴィノ様の素朴な疑問に、わたくしは考えながらも納得した。
「殿下だったらどうします?」
「そうだな。嫌われたときに考えるかな」
わたくしが考え込んでしまったせいか、ヴィノ様はランティス様に話を振った。ランティス様は考える素振りもなく即答だった。
ランティス様はわたくしを見つめると微笑んだ。
「でも、そっか。過去に嫌な思いをしてたんだね。気づかなくてごめん」
「ランティス様が悪いわけでは……」
いや、未来のランティス様の態度もわたくしが怖がっている一因か。でも、その態度の原因はわたくしのやらかしのはずだし。
「わたくしの方こそごめんなさい」
「リシュアは何も悪くないよ。無理を言ったのは僕だから。街へ行くのも」
「いいえ、行きましょう。ランティス様、お出かけしたいのですよね?」
不躾にもわたくしはランティス様の言葉を遮った。
未来を知っているがゆえに、わたくしは考えすぎているのだわ。でもこれじゃ、わたくしは何もしなくなる。しなければ現状は何も変わらない。
わたくしはやり直したいの。
「いや、いいんだ。君に嫌われてないって分かっただけですごく嬉しいし、僕の顔も好きなんだよね?」
「あ~、熱弁してたね~。俺の耳にもばっちし聞こえてたよ」
今言います!?
ランティス様はすごくいい笑顔だ。純粋に嬉しがっていることが伝わってくる。対してヴィノ様はニマニマといやらしい笑みを浮かべていた。
体温が上がる感覚がした。そう思ったからか、わたくしは声を張り上げていた。
「行きましょう! 街へ!!」
するとランティス様は、とろけるような幸福に満ちた顔で微笑んだ。
何この顔。未来でも見たことがない。破壊力抜群の聖なる魔法じゃない。わたくし灰になる。
「ありがとう、リシュア。すごく嬉しいよ」
「いえ……はい」
我を忘れていたつもりはないが、正気に返った気分だった。恥ずかしくなってうつむくわたくしの頭上から、ヴィノ様の明るい声が聞こえた。
「よぉし、話はまとまったな? んじゃ、部屋に帰ろうぜ。侍女さんも迎えに来てるし」
振り向くと、廊下の片隅で侍女がこちらをうかがっていた。わたくしが遅いから心配してくれたのかしら。
「部屋まで送ってもいいかな?」
「は、はい。ありがとうございます」
ランティス様は神々しい笑みを湛えたまま、わたくしの手を取った。わたくしは素直に応じて歩き出した。
侍女が気づいて先頭を歩いてくれる。ヴィノ様はいつの間にか居なくなっていた。
「リシュア。嫌だったらちゃんと言ってね? 君が嫌がることはしたくないし、僕も君に嫌われたくないんだ。無理してないよね?」
少し心配そうな表情のランティス様にわたくしはうなずいた。
「無理はしてませんわ。わたくし、変わりたいの。今のままではダメなんです」
「そう? ならいいんだ。君が変わりたいなら僕は喜んで協力するよ。でもね」
ランティス様はそう言うと、わたくしの耳に口を近づけた。
「僕は今の君もとても好きだよ」
ランティス様の美声が耳元で囁くと同時に息もかかったことで、わたくしの腰は見事に砕けた。
そのまま立てなくなったわたくしは、2度目のお姫様抱っこをされたのだった。
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