第12話 混乱と煩悩が混ざりあったら何を言い出すかわかりませんわね?



「これが変装の道具……ですか?」


 わたくしは手のひらに、シンプルな金の指輪をのせて眺めていた。指輪の中央には濃い紫色の宝石が輝いている。


 ランティス様と街へ行く約束をした次の日、ランティス様からお茶のお誘いを受けたわたくしは、離れのサロンを訪れていた。


 この離れもわたくしの家になるが、実はエントランスから中へは入ったことがなかった。


 建物内の壁色はダークブラウンで、床はクリーム色のふかふかした絨毯が敷かれている。家具や装飾品も壁色に合わせてあり、とても落ち着いた空間だった。


 いつか探検したいと思っていたとランティス様に話すと、ランティス様は喜んで建物探訪に付き合ってくれた。


 サロンに到着したわたくしたちは、ヴィノ様がレインフォレスト帝国から取り寄せた評判のお菓子と紅茶を堪能しつつ、街へ行く段取りの相談を始めた。


 今日の朝食時、お父様に相談したところ許可はおりたのだが、日にちはこちらで決めたいと言われてしまった。


 ランティス様の護衛の手配など色々準備がいるらしい。


 さらには、ランティス様は秘密裏にベイスンレイス王国に滞在中なので、あまり目立つ行動をしてはならないそうだ。


 心配になったわたくしは、ランティス様に相談をした。


 すると、見せてくれたのが変装が出来るというこの指輪だった。


「綺麗な指輪ですわね。でもこれで姿が変えられるなんて信じられませんわ」

「僕も現物を見るのは初めてなんだ」

「いやいや、殿下。ちっとも指輪見てないじゃん。お嬢さんの顔ばっかりさっきから見てるじゃん」


 二人がけのソファにランティス様と仲良く並んで座っていたわたくしは、紅茶を入れ直すヴィノ様の言葉に顔を上げた。それから隣のランティス様に振り向いた。


 わたくしと目があったランティス様は嬉しそうに微笑む。


 なぜだろう。何かが浄化されそうな気分だわ。


「……ありがとうございました」


 わたくしはお礼を言いながら、ランティス様に指輪を返した。


「もういいの? 指にはめてみてもいいんだよ? 僕がつけてあげようか?」

「殿下のサイズになってるから無理だよ。サイズが合わないと変装の効果はでないし」

「別にいいじゃないか」

「お嬢さんには殿下が立派な婚約指輪を買ってあげればいいでしょ」

「当然買うさ。婚約指輪に限らずね。こんなキラキラした瞳で嬉しそうに見ているリシュアを見られるのなら予算に制限はつけないよ」


 なんだかすごいことを言っている気がする。からかわれているだけよね?


 いたたまれない気持ちになったわたくしは、話を変えようとランティス様に提案をした。


「ラ、ランティス様。つけてみて下さい。変身した姿がみたいな~」


 普段することがないので合っているかわからないが、首をコテンとかしげておねだりをするポーズをとってみた。


 このポーズは先程ヴィノ様に教えてもらったのだが、ランティス様と仲良くなるためには必須らしい。


 すると、ヴィノ様と言い合っていたランティス様が、勢いよくわたくしの方へ振り向いた。ランティス様の後ろではヴィノ様が、「よくやった」と言わんばかりの良い笑顔で、わたくしに対して無言の賛辞を送っている。


「そうだね、リシュア。今すぐつけるよ」

「いや~、殿下がこんなにちょろくなるとは。これからちょろティス殿下って呼ぶわ」

「変なあだ名をつけないでくれないか」


 ランティス様はヴィノ様を睨みつけながら、自身の左手薬指に指輪をはめた。


 その途端、ランティス様のつややかな漆黒の髪が煌めく金髪に姿を変えた。角や鱗も跡形もなく消えてしまった。獣人の美少年が、ただの美少年になったのだ。


 顔つきは少々幼いが、わたくしの知るランティス様がそこにいた。


「すごいわ!」

「いい感じじゃん。ちゃんと王国人に見える」

「ヴィノ。鏡」

「へいへい」


 手鏡を渡されたランティス様は、ひとつにくくっていた髪をほどいて髪色を確かめた。


 わたくしはぼんやりとその姿を眺めていた。


 髪をほどいただけなのに絵になりますわね……。かっこいいわ。


 ランティス様のサラサラとしたつややかな髪。一度でいいから触ってみたい。


 金髪に、瞳の色は変わってないから金目のままのランティス様。わたくしはフッと初恋のあの方を思い出した。と、いってもグラード様なのだが。


 よくよく考えれば、ランティス様の色合いってグラード様と一緒だったのよね。顔と性格はランティス様のほうが圧倒的に勝っているけれど。


 キラキラ輝くランティス様を見つめながら、ふと疑問が湧いた。


 初恋のあの方ってグラード様だったのよね?


 あれ? でもわたくし、お顔は覚えていないのよ。記憶がひどく曖昧だし。あれれ? わたくしはどうしてグラード様を初恋の人だと思ったのかしら?


 もしかしてグラード様ではない?


 わたくしが考え込んでいると金の糸が視界の端に見えた。はっと気づいたときには、ランティス様がわたくしの顔をのぞきこんでいた。


「どうしたの? リシュア? もしかして見とれてくれてた?」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事を」

「おや、残念。どんまいですよ。殿下」

「ヴィノ。黙っててくれる?」

「見とれてたんです!」


 わたくしは慌てて訂正した。


 ランティス様はヴィノ様を睨んだ後、わたくしの方へ笑顔を向けてくれた。


「ありがとう。リシュア」


 しまった。お世辞を言ってくれたと思われているわね。見とれていたことは事実なのに。

 

「ところで、どうかなリシュア? 僕は王国人に見える?」

「ええ。とっても自然ですわ。黒髪も素敵ですけれど、髪色が薄いレイス人の中では目立ってしまうから心配していたのです」

「髪色は指輪を外さなければずっと金髪だけど、角と鱗は数時間しかごまかせないって職人が言ってたよ」

「それは仕方ないね。まだ試行錯誤中の物だし」


 指輪をつけるだけで変装できるというだけでもすごいのに、まだ完成していないらしい。その職人はどこを目指しているのよ。


 ランティス様は簡単に髪をまとめてひとつにくくった。


 わたくしはランティス様をまじまじと見つめた。


 ほぼほぼ5年後のランティス様だが、顔つきが幼いこと以外になにか違和感がある。なんだろう? ああ、そうか。


「リシュア?」

「髪型だわ」


 5年後のランティス様はずっとハーフアップだった。でも、今のランティス様はずっとひとつにくくっているのだ。


「髪型がどうかした?」

「他の髪型にはされないのですか?」

「うん? そうだね、特にこだわりはないし、邪魔にならなければいいだけで」

「短くされたりもしない?」

「魔力の関係で切れないんだ」

「殿下は厄介な神縁しんえんをお持ちだからねぇ」

「しんえん?」


 わたくしは首をかしげた。なんでしたっけ? しんえんって。


「ベイスンレイスでは『加護』と言われているものだよ。僕らの国では『神縁』って言うんだ」


 わたくしは、青白く発光するランティス様を思い出した。黄金の光を身にまとってバチバチしていたわね。すごく怖かった。


 なるほど。呼び方が違うのか。


「雷の加護をお持ちでしたよね?」 


 わたくしがそう言うと、ランティス様は黄金色の瞳を見開いた。わたくしを見つめたままランティス様は動かない。


 わたくし、なにか変なこと言ったかしら?


 困ったわたくしは、ソファの側に立つヴィノ様と隣に座るランティス様を交互に見るが、ヴィノ様もきょとんとするだけで、ランティス様がなぜ固まっているのか、わかっていないようだった。


 すると、ランティス様の口がようやく動いた。


「……僕はリシュアに話したかな?」

「あれ? 話してなかったの? じゃあなんで、お嬢さんは知ってんの?」


 ランティス様とヴィノ様がそう答えた瞬間、わたくしは思いっきり息を吸い込んだ。


 やっ、やらかしたぁぁぁ!!!


 そうだわっ。今はまだ、誰からもランティス様の加護の話は聞いていない。わたくしが知っているのは不自然よね?! あら? でも有名な話ではなかったのかしら??


「いや、ええっと割と有名……」

「僕の神縁は最近覚醒したんだ。僕の国の人間でも、知っている人はヴィノみたいな身近な人だけだよ」


 あああ~!!! 違った! なんてこと!!


 学園では知られていたことだったから有名なんだと思っていたが、それは5年後のことだったからなのね?!


 どうしましょう!? 機密事項だったのかしら??! わたくし捕まってしまうの?!


「いや、あの、ええっと」


 ひとりで混乱していると、ランティス様の手がそっとわたくしの頬に触れた。


「落ち着いてリシュア。僕は怒っていないよ? いずれは君にも話すつもりだったし。ただ、誰から聞いたとかは教えて欲しいな?」


 情報が漏洩したと思われてる!!! 


 わたくしは、より一層混乱した。


 どうしよう。夢のお告げです、とかでごまかせるかしら? 


 わたくしは嘘が下手だし、ランティス様は聡いから、たぶんすぐにバレる。ここは正直に未来のことを話したほうがいいのだろうけど、ヴィノ様もいるしどうしたらいいの?


「誰か……とかじゃなくて、ですね。話せば長くなるといいますか」

「一晩でも二晩でも付き合うよ?」

「殿下の迫り方、ウケるんだけど」

「ヴィノ。黙ろうか」

「じょ、条件があります!」


 わたくしはこの時何を思ったのか、自分でもわからないぐらい変な思考になっていた。きっと、無意識なほどにパニックになっていたのだと思う。


「条件? 教えてきた人の名前は言えないとかなら――」

「ランティス様の髪を触らせて下さい!!!」


 サロンどころか、建物全体に響き渡る大声を、わたくしは出していた。


 自分の声にびっくりしてハッと我に返ったが、時すでに遅く。


 目が点になっているランティス様とヴィノ様を、わたくしはただただ呆然と、見つめ返すしかなかった。





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