第4話 何が何やら
「パーレンナイト男爵令嬢のいじめを調査する。ロンメル伯爵令嬢を断罪するのは調査が終わってからだ。いいか、グラード」
「……わ、わかりました」
「侯爵もそれでよいな?」
「か、かしこまりました」
王太子殿下のお言葉にグラード様はおとなしく従った。だがランティス殿下はまだ睨むことをやめない。
「ランティス殿。そろそろその放電を止めてもらえるか。でないと、リシュア嬢が焦げてしまう」
「……あの二人には何もないのか? リシュアを辱めて突き落としたのに」
ランティス殿下は皇族だがベイスンレイス王国の人ではない。グラード様とメロディナ様に対して何もできないことが悔しい。なぜかそう思っていると感じてしまう自分に、わたくしは戸惑った。
なぜ、ランティス殿下はこんなにも怒ってくれるのだろう。それとも別の理由で怒っているのだろうか。
あともうひとつ解せないのが、なぜわたくしのことを呼び捨てにしているのかということだ。ランティス殿下に呼び捨てられたことなど一度もなく、知らぬ間のゼロ距離に困惑しっぱなしである。
頭の上にたくさんのはてなマークを飛ばしていると、王太子殿下がランティス殿下に声をかけた。
「わかっている」
そして王太子殿下はスッと手を上げた。
「――衛兵! グラード・トルナスク侯爵子息及び、メロディナ・パーレンナイト男爵令嬢を拘束しろ!!」
「はっ!!!」
王太子殿下の命令に兵士たちが一斉に動き出し、あっという間に階段上の二人は取り囲まれる。
「なにするの?! 離して!」
「で、殿下?! どうして――」
嫌がるメロディナ様と戸惑うグラード様。膝を突かされ後ろ手に縛られる。その様子を確認した王太子殿下は顔をしかめた。
「わからないのか? リシュア・ロンメル伯爵令嬢に対する殺人未遂の件で容疑がかかっているから拘束するんだ」
「ち、違います! 私は」
「安心しろ。この殺人未遂事件もいじめの件と並行して調査をする。弁解は司法の場で述べよ。衛兵、連れて行」「あたしは関係ない!!!」
メロディナ様の大声は王太子殿下の発言を見事にぶった切った。目上の人の、しかも王族の言葉を遮るなんて不敬すぎる。王太子殿下も驚いていた。
「あたしは何もしてないわ! すべてグラード様がやったことよ! 突き落としたのはこの人です!」
「なっ!!!」
グラード様は愕然とした。わたくしは言葉を失った。
メロディナ様はグラード様を愛しているのではなかったのか。そもそも、わたくしを突き落としたのは、何回も言うが、メロディナ様である。
か弱そうな雰囲気は露と消えて、恐ろしい形相でメロディナ様は衛兵たちを睨み返した。
「……連れて行け」
王太子殿下は言い直した。メロディナ様は何事かわめきながら、両脇を抱えられて連れて行かれた。グラード様はというと茫然自失といった表情で衛兵におとなしくついて行く。
「王宮から調査員を呼べ。会場にいる者たちから聴取せよ」
「はっ」
「医者はまだか!」
王太子殿下は近衛兵に伝言した後、周囲に確認をとる。バタバタと数人の足音が走ってくる音が聞こえた。
ようやく放電をおさめたランティス殿下は、わたくしを、いや、わたくしの身体を痛ましそうに見つめた。すると、わたくしの身体が身じろいだのだ。
「う、」
「リシュア?!」
「意識が戻ったようだな。一度休憩室に運ぶか」
「いや、むやみに動かしちゃ駄目だよね? だってリシュア――」
「貴殿はちゃんと受け止めてただろう。ずいぶんと神々しい姿で、な」
「わ、わからない。無我夢中だったから」
よく見れば、ランティス殿下の衣服はところどころ破けているし、胸元は大きくはだけていた。髪もほどけボサボサになっている。
「大丈夫だ。俺が見た限りでは階段にはぶつかっていなかった。貴殿の腹の上でぽよよんと跳ねてはいたがな」
「ぽよよん……?」
「リシュア嬢より貴殿の方がケガしたんじゃないか? 背中を打っただろう?」
「僕は平気だよ」
王太子殿下の口ぶりに、ランティス殿下がわたくしをかばってくれたのだと悟る。しかし、『腹の上でぽよよん』とは何のことなのか皆目見当もつかない。
ランティス殿下の身体を見てみるが、引き締まった体躯がはだけたシャツから見えていて色気がすごい、としか感想が出てこない。ぽよよんの要素はどこにあるのか。
わたくしを見てみれば、身体が変に曲がっていることもなく、どこからも出血はしていないように見えた。確かに大丈夫そうだわ。
あら? ということは、わたくしは死んでいない?
良かったぁぁぁぁ!!!
わたくし、生きているのね?!
怖い思いはしたが死なずにすんだ。ホッと胸を撫で下ろし、神様、精霊様に感謝を捧げる。とは言っても手を合わせているだけなのだが。
ランティス殿下にも感謝の印を贈らなければ。何を贈ろうか。ランティス殿下は何がお好きかしら。いや、そもそもどうして助けてくれたのかしら?
ランティス殿下の母国、レインフォレストと我がベイスンレイスはあまり仲良くない。
わたくしのお祖父様の代まで戦争をしていた元敵国同士だし、獣人族に対して嫌悪感を抱いている人も多いと聞く。
この会場を見渡してみても、ランティス殿下を不快そうに見る人が何人かいた。怯えている人もいるし、……色気に当てられている人も何人かいるわね。
そんな国に滞在しているランティス殿下もどうかと思うが、なにか理由があるのだろう。
そしてわたくしは、そのランティス殿下に随分と嫌われていた。わたくしを見る瞳は憎悪に満ちていると言っても過言ではないほどだ。
ランティス殿下も最初は気さくに話しかけてくれていた。ランティス殿下はどう思っていたかわからないが、わたくしは良い友人だと思っていた。
だが、わたくしとグラード様の交際について思うところがあったらしく、顔を合わせれば『あんな男のどこがいいんだ』とか『君にはふさわしくない』とか『他に目を向けたらどうだ』などと言われ続けてきた。
グラード様に対しても苦言を呈したため、『やめてほしい』とお願いしたら嫌われてしまった。
他の方には優しく笑顔で接するランティス殿下が、特に女性には甘く接する軽い方が、わたくしに対しては不機嫌で、周囲も驚くほどの冷たい態度しかとらなくなってしまったのだ。
そんなランティス殿下がわたくしを助けたというの? ケガを負うかも知れなかったのに?
わたくしは改めてランティス殿下を眺めた。
医者の診察を受けるわたくしを不安そうに見ている。わたくしの記憶にあるランティス殿下とまったくもって一致しない。本当に同一人物なのかしら?
ランティス殿下は一体何を考えているの?
ゴーン。ゴーン。
色々と考えているとまたもや鐘の音が聞こえてきた。さっきから何なのだ、この鐘の音は。考え事をしたいのにまただんだんと大きくなっていく。
すると、ランティス殿下や王太子殿下が居た場所から遠ざかり始めた。
今度はなんですのぉ??!
なにかに引っ張られている感覚もするが、なぜか振り向けない。そのうち周りの景色が色を失い真っ白く塗りつぶされていく。
眩しくて目を開けていられなかったわたくしは、まぶたを閉じるしかなかった。
◇◇◇
眩しさがおさまってきた気がして、わたくしはそぉっと目を開けた。
すると、目に入ってきたのはベッドの天蓋だった。この天蓋には見覚えがある。わたくしのベッドの天蓋だ。ということは。
わたくしは勢いよく飛び起きた。
天蓋のカーテンが風を受けてひらひらと揺れている。大きめの窓は開け放たれており、陽の光が部屋全体を明るく照らしていた。間違いなくわたくしの寝室だった。
なんだか朝っぽい。そんな気がする。だが、眠っていた感じはまったくしない。
あのあと、屋敷まで運んで頂いたのかしら? よくわからないが、ランティス殿下にお礼を言わなければ。
そう思いベッドから降りようと布団をめくるが、そこで異変に気づいた。
ネグリジェが違う。
わたくしはピンクのワンピースタイプのネグリジェを着ていた。気を失っている間に、侍女がドレスから着せ替えてくれたのだろう。それはありがたいが、違う。そこじゃなくて。
自分の思考につっこみながらネグリジェを引っ掴む。そうだ、これは。
昔の、幼い頃のものだ。
嫌な予感がするわ。予感というかこれはもしかして、もしかして……?!
わたくしは部屋を見渡し鏡を探した。ベッド脇に置かれたテーブルに手鏡が置いてある事に気づき、急いで手にとる。
心臓がドキンドキンと嫌な音を立てた。
わたくしの考えが間違いであってほしい。きっと侍女がネグリジェを間違えたのだ。だってわたくしは死ななかったはずなのだ。
でも、間違えるかしら?
――数年前の、サイズの小さいネグリジェなんて、着れるはずがない、のに。
わたくしはゆっくりと鏡を覗き込んだ。
鏡に映っていたのは、数年前の幼い自分だった。
手鏡を太ももの上に落とす。ワナワナと震える両手は自然と自分の頬を掴んでいた。
「ありえないわ。どういうことなの……。わたくし、助かったのではないの?!」
わたくしはそのまま天を仰いだ。
「どうしてぇぇぇぇぇ??!」
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