第3話 その後のパーティー



 鏡に映るお姫様抱っこをされた女の子。

        

 間違いなく女のだ。17歳ではない。これはどういうことか。


「お、おろしてください」

「え、でも」

「お願いします。おろして」

「……っ」


 わたくしは鏡に近づきたくて、必死に訴えた。彼は一瞬戸惑ったが、もう一度お願いしたらなぜか顔を真っ赤にしながらおろしてくれた。


 そんなに顔を真っ赤にするなんて……。やっぱり重かったのね。ごめんなさい。


 わたくしはフラフラしながら、鏡に映った自分を観察する。


 いくつぐらいだろう。12、3歳ぐらいだろうか? 

 淡い水色のワンピースに黒いストラップシューズを履き、キラキラときらめく青みがかった銀髪を三つ編みにした碧眼の女の子が、青白い顔で立っていた。

 

 このワンピースはお気に入りのひとつでよく着ていたものだ。シューズもそう。

 ああ、そうだ。この三つ編み。本来ならば髪結は侍女がしてくれるけど、これはお母様がくくってくれたものだ。


 器用な人だった。伯爵夫人なのに。お母様が亡くなってからはしなくなったわ。だって思い出すのですもの。寂しくて、寂しくて。


 スルスルと力が抜けていく。わたくしは、鏡の前に座り込んでしまった。


「大丈夫?!」


 黒髪の彼が身体を支えてくれる。よく見ればメイドや護衛の騎士も近くに控えていた。


「お嬢様?!」

「……顔が真っ白だ! 君、体調が悪いんだろう?! 誰か夫人を呼んできて!」

「は、はい!」

「医者もだ!」

「はい!」


 目の前で繰り広げられる会話を聞きながら、身体が沈んでいく感覚を感じていた。


 身体が重だるいような。動かしたくないような。なにもわからない。考えるのも億劫だ。


「君のお母様を呼んだから、すぐ来てくださるからね。大丈夫だよ」


 焦ったような心配そうな顔の少年が、ずっとわたくしを励ましてくれる。不思議だった。初めて会った子なのにこんなに親切にしてくれるなんて。

 しかも周りの大人に、的確に指示を飛ばしていてすごいと、わたくしは感心していた。


「身体はつらくない? もたれていいよ。僕が部屋まで連れて行くから」


 横抱きにされた時の恥ずかしさはどこへ行ったのやら。わたくしはその子に甘えたくなって、重たい身体をそのまま預けた。

 彼はギュッと抱きしめてくれた。それからわたくしの頬に手を当ててなでてくれる。


 本来なら、知らない人に触られるなんて拒否反応が出るだろうに、少しも嫌な感じがしない。それどころか冷たくて気持ちがいいとさえ思えた。


 それにしても本当にランティス殿下にそっくりだわ。心配してくれているこの顔が、突き落とされた時に見たランティス殿下の表情と重なって見えた。


 ゴーン、ゴーン。


 嫌だわ。また鐘の音がする。


 黒髪の彼をぼんやりと見つめながら、わたくしは思い出していた。


 結局あの後パーティーってどうなったのだろう? わたくしは死んでしまったのかしら? この現状は一体なに? 誰か教えてほしい。


 そう願いつつ瞳を閉じた。遠くに鐘の音を聞きながら。




◇◇◇




「一体どういうことだ!!!」


 ドスの効いた男性の声で、わたくしはハッと目を覚ました。


 誰かがものすごく怒っている。わたくしがランティス殿下似の男の子に甘えたから? 考えることを放棄したから? あわわわわ。ごめんなさい。今すぐ起きます!


 起きようとしてすぐに違和感を感じた。わたくしは立っていたのだ。


 そこはパーティー会場のダンスホールだった。わたくしはダンスホール脇の階段を見上げる形で立っていた。

 階段の上には呆然と立ちすくむグラード様と、感情の読み取れない表情の男爵令嬢、メロディナ様がこちらを見下ろしていた。


 パーティー会場は騒然としていた。ダンスホールでは、ダンスを楽しんでいたであろう人たちが動きを止めてこちらを見ている。

 食事をしていた方々だろうか。2階や3階の柵から身を乗り出してこちらを見守っている人もいた。


「突き落としたのは君か!? グラード卿!」


 わたくしはその声に驚いて右側へ振り向いた。そこに居たのは……ぐったりしたわたくしを大事そうに抱えたランティス殿下?


 わたくし……ええ?! わたくし、えええうぇえ??!


 普段わたくしに向けていた嫌悪の表情もものすごく怖いのだが、今の殿下はその比ではない。階段上のお二人を射殺さんばかりの剣幕で睨みつけていた。

 その殿下の腕の中で、気を失っているように見えるのは、黄色のドレスをまとった銀髪の女性……。わたくしだ!

                

 でも、わたくし、その殿下の隣にわぁ?!


 自分を見下ろしているなんて変な感じだ。どういう状況なのか。

 もしかしなくても、わたくしは死んでしまったのだろうか?


 立っているわたくしも黄色のドレスを身に着けているが、なんだか透けていないか。


 なにこれ。誰もわたくしにつっこまない。誰にも見えていないの?


 怖くなったわたくしは隣りにいるランティス殿下や、階段上のお二人に思いっきり手を振ってみたのだが。


 嘘でしょう? 誰とも目が合わないわ!


 意味がわからず頭を抱えていると、隣からパチパチと何かが爆ぜるような音がし始めた。


 ランティス殿下のいる方だ。わたくしは恐る恐る振り返った。


 そこにいたのは、青白く発光しながらものすごい殺気を纏ったランティス殿下だった。


 青白いランティス殿下の周りから、黄金色の光の線がパチパチと音を鳴らしながら、出たり消えたりを繰り返している。これは雷ではないの?


 確かランティス殿下は「雷」の加護を持っていたはずだ。雷を自在に操れるとかなんとか聞いたような気がする。実際に見るのは初めてだけれど、何をしようとしているのか。


 ハラハラとしていると、ダンスホールの奥から複数の足音が聞こえた。


 ドタドタとやってきたのは、金髪をオールバックにセットした渋めのオジサマ。トルナスク侯爵閣下、グラード様のお父様だ。 

 その後ろには、ベイスンレイスの王太子殿下も近衛兵を引き連れてやってきた。


 侯爵閣下は、ランティス殿下とわたくしの姿をみとめると驚愕の表情になった。


「ランティス殿下にリシュア嬢?! これは一体」

「リシュアは突き落とされました」

「は?!」

「ご子息がよくご存知でしょう」


 侯爵閣下に尋ねられたランティス殿下は、怒気を含んだ低い声で答える。でも目線は、階段上のお二人を睨んだままで放電も続いていた。


「どういうことだ、グラード。まさか、お前、婚約者を」

「ち、違います! わた、私はいじめを、リ、リシュアが」


 グラード様は父君に問われてようやく頭が働き出したようだ。だが、説明がしどろもどろで要領を得ない。


「ご子息は婚約破棄をするそうですよ」

「こ、婚約破棄?!」

「浮気もしていたようですね」

「う、浮気??!」


 ランティス殿下の発言に、侯爵閣下は混乱を隠せない。父君から疑いの目を向けられたグラード様は、メロディナ様の肩から慌てて手を離した。


「違う、いや、婚約破棄は宣言しました! ですがそれには理由が、リ、リシュアが彼女にいじめを、ひどいいじめを行っておりまして、だから」


「そうなんですぅ。あたし、リシュア様にいじめられてて、この間も階段から突き飛ばされたんですよ~」


 だから、この間っていつなの? いじめってなんなの? わたくしは知らないわ。


 心が冷えていく。怖い。


 グラード様は動揺しているのに、メロディナ様は動揺する素振りも悪びれる様子もない。この方がわたくしを押したのに。殺されても当然だと言われているような気がして動けない。


 殺したいほど恨まれていたの?


 わたくしが落ち込みかけた時、それまで黙って、ことの成り行きを見守っていた王太子殿下がパンパンと手をたたいた。


「わかった。では、それも含めて調査をしよう」







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