2023年4月13日(木)『その機微が死ぬとき』

 世の中はそれなりの事情で回っている。

 不条理に見える出来事にも不透明ながら一抹の条理があり、不合理に見える事柄にも不完全ながら一抹の合理がある。


 何も見えなくて暴れていた若い頃に比べるといくらか世の中の仕組みを知り、一定数の理不尽は純然たる悪意というよりは当事者達なりの苦悩とひと匙の怠惰によって生み出されていることを理解し、我が身を振り返ってそれが十全に回避できたかを疑い、そしてぼくは暴れるのをやめた。理不尽に対して怒ることが減った。


 それを赦しと呼ぶならなんて消極的な行いなのだろう、と思う。一歩足を踏み外せば同じ穴の狢となっていたであろう自分に、怒る資格を認められなくなっただけのことなのに。


 そうして物語に乗せたいテーマを見失った。伝えたいことは「でもそれってしょうがないことだよな」という無気力な諦めによって霞んだ。自分ができないことを他人に期待しないという一見して分別ある振る舞いが、その実この上なく他人を侮った態度であるとも気付けずに目を閉じた。


 伝えたいメッセージがないなら、その材料を得ようとする心の活動も止まる。その機微が死ぬとき、何かを受け取っていた重要なアンテナが静かに折れる。


 人間に期待することを勝手にやめたとき、他者へ伝えたいメッセージは失われ、間違いだらけの悟りの境地の中で、何より大切なはずの心の機微がその動きを停止する。これがきっと、老いと呼ばれる現象だ。


 世の中を諦めることから老いが始まるのだとしたら、老いないためには裏切られ続けなければならない。


 ニセモノの悟りの中で薄皮一枚の穏やかさを守りながら停滞するのか、世の中に裏切られ続けながらも何かを伝えるために血反吐を吐いて前進するのか。


 より良い死に続く道は果たしてどちらなのか。

 そういうテーマの小説なんかも書けるとよいですね(投げっぱなしEND)

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