2023年3月30日(木)『システムの中の僕ら』

 ディスプレイに映る資料に目を凝らし、書かれている文章の意味を読み取り、必要な情報を抜き出して脳の中に収める。しばし唸ったのち、パワーポイントのウィンドウを開いて右手と左手をキーボードのうえに構え、カタカタカタと文字を打ち込む。


 達成すべき目的があり、そこにたどり着くためのプロセスがあり、プロセスを進めるためのインプットがあり、アウトプットがある。僕が達成すべき目的はより大きな目的の中の一つであり、僕の上にも下にも左にも右にも巨大な構造体の中に位置づけられた目的達があり、それに紐付けられた人材が蠢いている。


 一息つく。コーヒーを淹れて、お気に入りの音楽を聴きながらスマホを操作する。目的はない。誰かが作った記事を開いてはさっと眺めて気に入れば読み込む。インプットしたいほどの情報はなく、アウトプットするほどの義務もない。楽しい情報があれば少しだけ脳が振動するけれど、2時間後には忘れている。


 目的のある仕事も目的のない余暇も誰かの作ったシステムの中にある。しかしよくあるサイエンス・フィクションとは異なり、システムの外にこぼれ落ちる自由もある。僕らの世界を覆うシステムは優しくはないけれど緩やかではある。システムの内と外の境界は曖昧で、グラデーションの中で彷徨ううちにいつの間にか出入りしている。


 システムの外に楽園が作れるほど僕らの物理的世界に余剰空間はない。物理空間の制約を離れて新天地を作るなら位相を変えるしかない。頭蓋の中の孤独な無法地帯に巨大な城を建てずして自由は語れない。システムの内で静かに共同体を支えるのも人なら、システムの外で創造の名の下に狂気を遊ばせるのも人であり、境界を偽装しながらいつの間にか遠くにたどり着いているのも称賛されるべきバランスなのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る