ゼラの勇気


「近いうちに、門に挨拶に行こうと思うんだけど」


 ニコラが1人でも普通に歩けるようになった頃、ふとそう言った。


「「「じゃあ俺/僕が付き添う!」」」

「………誰か1人でいいよ…」


 そりゃそうだ。最早ニコラの家にこの3人がいるのは、ツッコまれなくなったけど。

 この時もロットは「自分が彼氏だ!」と主張した。


「…なーロット卿。それ…やめろって」

「?何が…」

「所詮契約、って何度も言ってんじゃん。しかも書面に起こした訳でもねー。

 もし…ニコラちゃんに、本当に好きな男ができた時も。そうやってアピって縛るつもりー?」

「……!」

「しかも、婚約は結局解消してなかったんでしょ?だったらもう、契約なんて意味ねーし」

「……………」


 ギリ…と歯軋りの音がする。突然空気が重くなったことに、ニコラは慌てる。


「ど、どうしたの?ゼラくん」

「………なんでもないよっ!ニコラちゃん、門に行く時は俺が一緒だからね!」

「あ…うん…」

「ずっりい!!」


 勝手に決めてしまったけれど、ロットは反論しなかった。




 それから数日、ゼラの休日。馬で門までやって来た。


「こんにちは〜」

「あっ!ニコラさん!おーいみんな、ニコラさんだよっ!」


 門番として立つクランスが、ニコラの姿にパアァと顔を輝かせた。彼の声を聞き、わらわらと兵士が集まる。

 お世話になりましたーという挨拶と、少々雑談を。


「よかった、元気になったんだな!」

「クランスなんて、毎日ニコラさん元気かなーって呟いてたんだぜ」

「ちょっと、言わないでくださいよ!」


 だっはっはっ!!と笑い声が響く。懐かしい空気に、ニコラの頬も緩む。その笑顔にクランスは顔を紅潮させた。

 兵士の多くは妻子持ちなので、親目線の温かい目で初々しい反応を見守る。


「ねえクランス、なんでさん付けで呼ぶの?」

「だ、だって…女の子だし…」

「別にいつも通りでいいのに」

「そんな訳には…」ちらっ

「……………」


 きょとんとするニコラの後ろに…般若のゼラが立っている。クランスは途端に青ざめ「おっと仕事が…」と逃げた。


「?」

「ニコラちゃん。彼らは仕事中だからね、帰ろっか」

「そうだね。じゃあみんな、また来ます!」

「「「はーい…」」」


 変なのに好かれちゃって…この先苦労しそうだなあ、と兵士達は透き通る青空を見上げた…




「ねえニコラちゃん、食堂行かない?」

「あ、前に一緒に行った?」


 ということで、馬は一旦門のところに預けて徒歩の移動。


「そうそう。俺また大食いしようか?」

「ほんと?あ、でも…1回クリアした人は、もうチャレンジできないかも…」

「えー、そりゃ残念」

「あはは」

「「……………」」


 会話がそこで切れた。まだぎこちないけれど、不思議と気まずさはない。

 無言でスタスタ歩くが…ふいに、2人の手が触れ合った。


「…………」

「…?」


 触れたと思ったら、自然と繋がれてしまった。ロットよりも、ハントよりも大きな手。

 ほどなくして食堂に到着、そっと離れた。



 やはり大食いは1度しかできないようで、ニコラは残念そうにため息をつく。


「あれ。写真は…?」


 壁を見ると、ゼラと2人で撮った写真が無い。

 席に着いて注文を済ませ、気になったので店主に訊ねてみた。


「おう、ニコ坊!…じゃなくて、ニコ嬢なんだよな!

 それがなあ、写真…盗られちまったみたいでなー」

「「えっ」」


 話によると、いつの間にか無くなっていたとのこと。まあ写っていたのが美形2人なので、女性客の誰かだろう…と結論付けた。


「………ほーん?イケメンの写真って…需要あるんだ…」

「(あ。まーたロクでもないこと考えてんな…)」


 ほう?ほほう…とニコラはほくそ笑む。

 自分の周りには…イケメンが多くいる。これは…使えるな?


「カメラ…中古でいいのないかな…」ぽそり

「………………」


 食事中もニヤニヤと、ゼラの顔をチラ見している。考えが分かりやすすぎて笑うしかない。


「(ハロット兄弟にゼラくん。ステラン殿下も…中身はアレだけど超美形。不敬なんてクソくらえ…ダスティン様も素敵だし…隠し撮りして…うへへへ)」

「………………」


 ニコラの緩み切った情けない笑顔を…ゼラは愛おしそうに眺める。



「あ、ご飯代…」

「俺が出す。あのねえ、ニコラちゃん。前から思ってたけど…

 デートで女の子に支払わせる男は最低だ!人間のクズだ、俺はクズじゃない!」

「そこまで言う…?でも…」

「そりゃね、平民だったら割り勘とかもあるだろうけどさ。貴族は違う…って分かるでしょ?」

「う…」


 結局押し切られて、ゼラの奢りとなった。

 来た時と同じように、手を繋いで門を目指す。歩きながら…ニコラは何かが引っ掛かる。


「…?貴族間だって義理や好意が無ければ、一緒に食事とかしないし」

「そうだよ。だって俺、ニコラちゃんのこと大好きだもん」

「へっ!?」

「だから俺に支払わせて。これからもずっと」

「え、え?」


 突然の告白に、ニコラは足を止めてゼラを見上げる。

 ゼラも止まり…握る手に力を込めて、ニコラを見下ろした。


「……何?」

「あ……いや…

 なんでも、ない…」

「そう。じゃあ、帰ろう」

「わっ!?」


 膝の裏に腕を回されて、ニコラはひょいっと持ち上げられる。突然視界が高くなり、慌ててゼラの首に両腕を回して抱き着いた。


「あ…ご、ごめん…」

「…危ないから、離さないで」

「うん…」


 これはきっと、自分の体力の無さを考慮した結果だ。歩くのが遅いから、合わせるのが面倒で抱っこしただけだ。

 そう自分に言い聞かせ…ニコラはゼラの髪に顔を埋めた。


「(……いい匂い。シャンプーかな?

 好きって…どういう意味?ゼラくんのことだからきっと、遊び…だよ、ね…?)」


 でももし、そうじゃなかったら。どうすれば…と考えているうちに目的地に到着。さて、馬に乗…


「はれ?」

「どうしたの?」

「いや…この向き…」

「さあ、行くよ」


 ニコラは男装はやめたけれど、今日の服装はズボンだ。なので行きは馬に跨る形で乗っていたのに。帰りは…横向きに座らされ、ゼラに抱き寄せられてしまった。

 目の前には逞しい胸板があり、心臓が大きく鼓動する音が聞こえる。ただ、それがどちらの発している音なのかは分からない。



「(イケメンってのは罪作りだわ…思わせぶりな態度で女を惑わすんだわ…)」

「ねーニコラちゃん。俺の次の非番で…デートしない?」

「でっ!?」

「はい決まりね。朝迎えに行くから」

「決まったの!?」


 ニコラの抗議などなんのその。無言を貫き通したゼラは、ニコラを家の前で降ろすと、颯爽と走り去ってしまった。


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