おかえり
昼下がり。夏の少し湿った、温い風がカーテンを揺らし…眠るニコラの肌を撫でる。
「にーちゃんに日が当たってる!日焼けしちゃうじゃない、窓閉めて!」
「換気してたんだよ!もー…冷房ばっかじゃ健康に悪いのに…」
日常の会話と、カラカラ…という生活の音が耳に届く。
それに、スピカとマチカの声もする。今日の夕飯は何にしようか。暑いね、アイス食べない?とか。みんなで海に行きたい!もちろん、にーちゃんも!とか…
「……あっ…」
会話の切れ目に、小さく短い声を上げたのはスピカ。その視線の先には…
「にー…ちゃん…」
「……………」
薄っすらと目を開けた…ニコラが。その様子に…子供達はみるみる目に涙を溜めた。
「「「「おかえり、にーちゃん!!」」」」
うん。ただいま…
声が出ない代わりに、そっと微笑んだ。
それから1ヶ月。
「わたし本当に半年も寝てたの?それにしては、身体が動くような…」
「毎日エリカ達がマッサージしてたし。腕や足も動かして、筋力の低下を少しでも防いでたんだ」
「そっかあ…ありがとう」
「ううん…いいんだよ」
新居にて、ニコラはアールに支えられながら、歩きの練習。アールはもう、彼女より頭半分は大きくなっていた。
リビングのソファーに座り、汗を拭って息を吐く。
「はあ。体力落ちてるなぁ…」
「無理しないでね」
早く、日常に戻らないと。ちょっと休んだらリハビリの再開だ。
ニコラは事件の全容を、ロットから教えてもらった。助けに来てくれた喜びと、被害者へ追悼を。犯人は罰を受けたのなら、わたしには何も言うことはない…とのこと。
正直、薬に支配されている間の記憶は曖昧だけど。
「確か…ずっと気を張ってたの。でも最後、ハントの顔を見て…「ああ、もう大丈夫だ…」って安心して。一気に力が抜けて…気がついたら半年後って訳」
「ニ…ニコラ…!」
信頼されている…とハントは感激した。その横でロットとゼラは面白くない顔をする。
ニコラ復活の報を聞いた日は、すさまじかった。
仕事中だというのに、3人で競い合うように病院にすっ飛んできて、病室の前で取っ組み合い。
「俺が先!!」
「邪魔すんな俺だ!!先輩を優先しろ後輩が!!」
「だったら先輩らしいことしてくれませんかねえ!?」
「ぬおぉ…!この、隙間から…!」
「すり抜けんなクソ兄貴!!猫かお前は、俺は犬派だ!」
「クッソどうでもいい情報だな!!」
「ニコラぁ~…!」
「「「…………」」」
子供達は呆れて、誰が最初か賭けを始める。まあ結果的に扉が壊れて、3人でなだれ込んできたんだが。
「「「ぎゃーーーっ!!」」」
暫く悶えていたが、ガバッ!と揃って立ち上がると。
微笑むニコラが、騒ぎを見つめていて。全員、静かに涙を流した。
「なんでこの家、3人の私物があるの?」
「半分住んでたようなもんだったから…」
はは…とアールは苦笑する。
賠償金で用意されたこの家は、大きく綺麗な屋敷だった。3人娘は希望で同室のままだが、客間も2つほどある。そこに何故か、3騎士の荷物があった。
彼らは心配だ、ということでしょっ中来ていた。王宮にも近いので、これからも毎日来そうだ。
そういえば入院中…3人の態度はどこか変だったな、とニコラはふと考える。
まずハント。何故か正装して、花束を持っていた。花は見舞品だとしても、服はなんだ?
「あの…あのな、ニコラ…俺な」
「?」
言葉が出ないのか、ハントはもじもじして汗を飛ばすばかり。代わりにニコラの顔をじっと見つめて…数秒後。
ボフッと頭から煙を出し、真っ赤になって「なんでもないっ!!」と逃げた。
「…なんだったの…?」
「(プロポーズ…できなそうだな…)」
それからは私服で来るけれど。遠くから眺めていることが多かった。
次にロット。彼は随分と、距離が近い。病室にいる間はほぼ手を繋いでいるし…2人きりになると、キスをしてくる。
「ろ、ロット…!もう殿下はいないんだよ、演技はしなくても…っ!」
「……彼はまた来る、と言っていた。だったら…油断できないだろう?」
そう言って、何度も唇を重ねた。まだ身体を動かせなかったから…無抵抗で受け入れて…
「おいコラ!!離れろ変態!!」
「わっ!」
若干雰囲気が怪しくなると、ゼラが必ず割って入る。ニコラをチラッと見て…何か言おうとして口を開き、閉じて。ロットを引き摺り出て行った。
ゼラはこうして、側にはいるがぎこちない。ある意味1番遠くに行ってしまった、気がする。
そんな入院生活を思い出しながら、広くなった自室にやってきた。そこに…
「……ルーファス様…」
ウルシーラに届けられたという…元婚約者の手紙が、机の上に置かれていた。
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