人を愛するということ


「………ん!!?(何、何してんのこの人!?)」


 ニコラは軽くパニック状態になり、どうにか離れようともがいた。しかし皇族を突き飛ばすなど最悪首が飛ぶので…ステランの胸を軽く押す抵抗のみ。

 騎士達も慌てているが、手荒に止めることもできず。おやめください!と諫めるので精一杯だった。


 数秒後…ステランは離れたが、舌舐めずりをしてニコラの顎に指を這わせる。


『ニコラ…あぁ、ニコラ。僕のニコラ…!

 ここにルーファスはいない。今なら…きみを僕のものにできる。

 …ああ、恋人がいるんだっけ?それは誰?ちゃんと話をしないといけないね。きみはぼくと一緒にツェンレイに帰るんだから』

『ひ…!』


 ステランの目は光を失い、ひたすらに初恋の少女ニコラだけを見つめる。

 その姿に狂気を見出し、ニコラは椅子を蹴って逃げようとしたが…


『ねえ、ニコラ?僕…ずっときみに会いたかったんだ…

 会えない間に…想いは募るばかりだった。

 好き…愛してる。あぁ…どれだけ言葉を尽くせばいいのだろう』

『きゃあっ!?』


 すぐに捕まり、肩に担がれて。ベッドまで移動して…ゆっくりと降ろされた。

 必死に抵抗するが、覆い被さってシャツのボタンを外されてしまい、ポロポロと涙を流す。細身に見えても男女の腕力では差が大きく、腕を掴もうが止まってくれない。


『や、やっ、やだあっ!!』

『大丈夫、怖くないよ。ちょっと確認するだけだから、ね?

 ああ、お前達は出て行きなさい。まさか邪魔をするなど…無粋な真似はしまいな?』


 そう言って、控えていた2人の騎士を追い出そうとするが。

 はい分かりましたと引き下がる程、ツェンレイの騎士は腐ってはいなかった。


『殿下、いけません!!妻として、いえ妾として迎えるにせよ、正規の手順を踏むべきです!

 そもそも先程のお言葉が真実ならば、彼女は我が親友の妻となる女性です!!

 ルーファスが今もニコラ嬢を探し続けていることをご存知でしょう!!皇室は彼を敵に回したいのですかっ!!?』

『…………チッ…』


 ダスティンが声を荒げて腕を引っ張り救出、背中に隠す。上はほぼ脱がされ、サラシ姿のニコラに上着を掛けてくれた。


『………ハァ。お前達、どうして主の恋愛を邪魔するんだい?』

『邪魔ではございません、進言です』

『……もういい。時間はいくらでもある。

 じゃあねニコラ。また明日…この部屋で待ってるね』


 ステランの纏う空気は一変し、普段の気さくな皇子様に戻っていた。ニコラは震える手でボタンを直し、挨拶もせずに部屋を飛び出した。

 ダスティンは一礼して、その背中を追った。




『………ニコラ嬢…?』

『……なん、です、か』


 ぐす… ひっく… 涙は止まらず、しゃくりあげながらダスティンと共に歩く。すれ違う人々は、ぎょっとして道を譲る。


『本当に…ニコラ嬢?自分の知っている…』

『………はい…。黙っていて、申し訳ございません…ダスティン様』

『そうでしたか…』


 聞きたいことは多くあれど。


『(無事で…生きていてくれて、本当によかった…)』


 何よりも、その幸運に感謝を。落ち着いたらまた、話をしたい。親友のことも…ニコラの家族についても。


『(あ、恋人がいるんだっけ。これはルーファス、振られてしまったかな?

 それでも絶対に、彼女の生存を全霊で喜ぶはず。あいつはそういう男だからな)

 その…家まで送ろう。殿下はああ言っていたが、明日からは来なくていいよ。無理してはいけない、自分達がどうにかしておくから』

『……帰りません。騎士団…第1騎士団に、向かいます』


 ニコラは手の甲で、唇をゴシゴシと拭う。

 気持ち悪い…あの感触を、忘れたい。ロット…そうだ、ロットに上書きしてもらおう。

 生まれて初めて男性に愛の告白をされたのに、あんなに恐ろしいものだったなんて。やっぱり…恋なんてしない!!(アールは弟なのでノーカン)

 ステランの愛の形は、ニコラに悪影響を与えていた…




 早足で廊下を進み、3番隊員が集まっているという、遊技場までやってきた。そこにはチェスやカードゲームを楽しむ騎士達がいた。


「…お?おーいロット卿!可愛い彼氏が来…ってなんで泣いてんだ!?」


 冷やかそうと思った隊長は、ニコラの顔を見て驚いた。部屋を見渡すと…いた。椅子に座って目を真ん丸にするロットだ。


「ロット!!」

「あ!待て坊主、今ロット卿は…!」


 隊長の言葉も聞かず、ロットに向かって駆け出す。正面から抱き着き、うわああああん!と声を上げて泣いた。


「ニコラ!?どうした…ってか今、……ん?」


 何か今違和感が。精神が不安定なニコラは気付かず…ロットと唇を重ねた。


「……!!!」


 だが、様子がおかしい。ロット(?)は硬直し…顔を真っ赤にしている。

 いつもならニコラの背中に腕を回すくらいしそうなものだが。見事に凍りつき、微動だにしない。むしろニコラが彼の首に腕を伸ばし、膝の上に座って積極的だ。


「…ロット…ロットぉ…!」

「あばばばばば…」


 大粒の涙を流しながら、もう1度口付けを。消毒と上書きを兼ねて、念入りに。

 今度はロット(多分)も、ぎこちなく背中に腕を…回し…



「なっ、何してるんだっ!?」

「へ…?」


 その寸前に、ニコラは脇の下を持ち上げられて浮いた。犯人はハント…か?かなり焦っているようだ。

 いや。ハントと思しき男はニコラを降ろし、自分の茶髪を引っ張ると…ずるっと抜けて、黒い髪が現れた。


「…???」


 ニコラは泣くのも忘れて、眼前のロット…っぽい男の頭を掴むと。黒いカツラが取れて、茶髪になった。


「…………え。ハン…ロッ、え?」


 混乱するニコラとダスティン。騎士達は笑いを堪えている。



「…チェスで…負けた…罰ゲーム、で…

 ロットと…入れ替わりを…して…て…」


 ロットに扮していたハントが、口から魂を抜けさせながらそう言った。

 つまり…今情熱的なキスをした、相手は。恋人のロットではなく…その弟、ハントということに…

 本物のロットは、般若の顔で弟を睨む。目の前で愛する人を奪われた気分なのだ、仕方ない。



「……………………」



 状況を理解したニコラは…その場に膝を突き。



「大変申し訳ございませんでした」



 と、ハントに向かって美しい土下座を披露した。 

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