贈り物
それは、ツェンレイの騎士だった。歩いてくるのは3人…その中の1人がにこやかに声をかけてきたのだ。
彼らは皇子の滞在中、こうして騎士の鍛錬に混じっているらしい。今日もそのつもりだったのだろう。
だが。ニコラはその声を発した騎士に、見覚えがあった。まさかまさかの…
「(ダ…ダスティン様…!?なんでここに…ってこの人皇室騎士団だったーーーっ!!?)」
元婚約者…の親友だった。紹介されて、何度か顔を合わせたことがある。世間は広いようで狭いものだ。
20代後半で、皇子付きのエリート近衛騎士。社交性の低い元婚約者とは対照的に、人当たりがよい男性。
『はじめまして、自分はダスティンと申します。よろしければ、貴方の名前をお伺いしても?』
『……はじめ、まして。ボクは…』
限界まで顔を背けていた努力も虚しく、ダスティンは普通に話しかけてきた。だが…ニコラに気付いていない?
それもそうか、最後に会ったのは7歳の時だし。今は男装もしているし、ツェンレイから遠く離れた異国だし。
『ニコラ…と申します』
『え?』
ダスティンと残りの2人は困惑した。彼らにとって、「ニコラ」は女性の名前だから。
『あ、こっちの国ではニコラは男性名なんです』
『そうでしたか…驚きました』
柔和な笑みを浮かべるダスティン。下手に気まずそうにしては、逆に怪しまれる…!と堂々とすることにしたニコラ。
『貴方はとてもツェンレイ語がお上手ですね』
『ありがとうございます』
『あの…もしや。あの時、門で帽子を被っていた兵士では…?随分と小柄だな、と印象に残っていたのです』
『………………』
気付かれてた。あちゃー…マナーとかどうでもいいから、周りに合わせときゃよかった。後悔してももう遅いけど。
『ええ…ツェンレイでは高貴な方の前で脱帽するのは、失礼にあたると聞いたことがございまして』
『そうだったのですね。まさかこんな遠い地で、貴方のようにお若い方が知ってくださっているとは』
『はは…』
一応…嫁ぐ予定の国でしたから。言葉もマナーも、頑張って勉強したんですよ。
親しげに話す2人に、騎士達はどうすればいいかわからず。とりあえず鍛錬に戻った。
ツェンレイの騎士も言葉は通じなくても、剣があればコミュニケーションを取れるのだろうか。自然に入っている。
このダスティン除いて。
側を離れてくれないので、気まずさから雑談をするニコラ。
『え。貴方は平民…なのですか?』
『ええ、こんな格好をさせていただいておりますが。ですので、どうか敬語はお使いにならないでくださいませ』
ダスティンは目を丸くして…
こんなにも、流暢にツェンレイ語を操り。皇室のマナーにも通じ…所作の美しい少年が平民?いいや、絶対に違うと断言できる。
でも…何か事情があるのかもしれない。貴族家が没落するとか、珍しくもないしな…
それか、実はツェンレイの上流階級出身?さっきの歌声も素晴らしかった。なんて色々考えたけど。
『そっか、では遠慮なく』
余計な詮索はせず、目の前の少年を受け入れた。
午前の鍛錬は終わり、双子は帰宅する。その間ずっとダスティンはニコラと会話をしていた。
「ニコラ、帰るぞ!」
「あ、うん。『ではダスティン卿、ボクはこれで失礼致します』」
『そうか、また会えるかな?』
『ボクは…滅多に王宮には来ませんので…申し訳ございませんが、お約束はできそうにありません』
変に濁したりせず、キッパリと断る。ダスティンは残念だ、と笑った。
ニコラが帰ろうと腰を上げたら…ダスティンが待ったをかける。
『ちょっと、すぐ戻るから!』
ピューっと走り去り。数分後…手に何か持っている。
『え。これ…サーパ?』
ニコラの腕の長さほどの弦楽器、サーパだ。ダスティンはよかったらどうぞ、と言うのだ。
『予備だから大丈夫。事情を話したら殿下も是非に、と言っていたよ』
『え。え?でも…』
『いいからいいから』
タダより高いものはない。でも…ニコラも、久しぶりにサーパを手にして、胸が高鳴っていた。
何より、何度も断るのは失礼だ。皇子様から下賜された…ということでありがたく頂戴します。深々と頭を下げた。
ダスティンや騎士達に別れを告げて、双子とニコラと何故かゼラは帰宅する。
「なんでテメエがいんだよ」
「まあまあ、どうせパーティーに来てくれる友達いないっしょ?」
「いらん!!!」
実際その通りなので、家族や使用人、親戚くらいしかいないけど。
それより…3人の関心は、ニコラに注がれている。
「んふふ…この手触り、懐かしい〜…ぬはっ」
サーパを腕に抱き。喜びが全身から溢れている…こんな笑顔初めて。
「(誕生日プレゼントに…すんごい物あげたかったのに)」
「(誰にも負けねえ、すっげーの用意しようと思ったのに…)」
「(双子のアドバンテージを吹っ飛ばすような、特別な物を渡したかったのに)」
「「「(負けた…)」」」
このサーパを超える物は、思いつかない。3人はがっくりと肩を落とした。
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