かつてわたしが恋したあなた
「ぬわっ!?」
あっけなくニコラの剣が弾かれ、決着。残念だったなー、坊主。という声がちらほら。
あの剣技の真髄を読み取ったのは、相対したロットのみのようだった。
「……ほら」
「あ、うん」
肩で息をするニコラ。反対に一切呼吸を乱していないロットは手を伸ばす。握手かな…と手を重ねると。
ロットはその手をぐっと引っ張り、自分に引き寄せた。
「僕の勝ちだな」
「………うん、そうだね」
「だから…1つ、願いを聞いてほしい」
「……なあに?お金はあげないよ?」
耳元で囁かれ、ちょっとくすぐったい。ニコラは微笑みながら続きを促した。
「今日、この後。僕達の実家で誕生日パーティーがあるから…参加してほしい。ドレス姿で、な」
「…?いいけど。わたしも今日は休みもらったし…
でもドレス持ってないよ?それに、ハントにはどう説明するの?」
2人が超至近距離で会話するもんで、周囲はざわついた。あいつ…女性に靡かないと思ったら、そういうことだったのか…!と誰かが言う。邪魔しちゃなんねえ…と解散したお陰で、人目は気にならなくなった。
ゼラはムスッとして、ハントは目をまん丸にしていた。ロットはそんな2人を横目でチラッと見る。
「なに、ドレスはゼラ卿の趣味ということにするさ」
「……なんで?」
さあ、なんででしょうね。
という訳で、双子は本日半休である。せっかくなので、一緒に帰ろう…となって、ニコラは最後まで見学。
金属のぶつかる音と、男達の声が練武場に広がる…その様子をボケッと眺める。
〜♪
「……?あれ、この音…」
どこからか、特徴的な楽器の音色が聞こえてくる。弦楽器のようだが、ニコラは敏感に反応した。
「こりゃツェンレイの皇子様かね」
「皇子様?」
さっき審判をしていた、隊長が腕を止めて教えてくれた。これはツェンレイやその近隣諸国で馴染み深い弦楽器、サーパというもの。奏者は座って膝に乗せて弾くタイプの楽器だ。
ウルシーラでは楽器の専門店にも売ってなく、入手困難だが…そもそも知らない人が多い。
「………………」
皇子は楽器が好きなようで、度々演奏してはこちらまで音が届くのだ。そういえば、ツェンレイの皇族が来てるんだったのを忘れていた。
ニコラはしばらく無言で耳を傾けていたが…
「……♪…〜♫」
「?」
突如音色に…透き通る歌声が重なった。それは、ニコラ。
目を閉じて頬を染め、優しい表情で歌っている。
「♪〜♪」
ニコラの言葉はウルシーラ語ではなく、歌詞の意味はわからないが…
騎士達は鍛錬の腕を完全に止めて、演奏と歌声に聴き入ってしまっていた。
それだけでなく、近くを通りがかったメイドや文官。果ては小動物まで集まり…誰もが胸を高鳴らせた。
「♪(あ〜…懐かしいなぁ…)」
ニコラは歌いながら…過去を思い出していた。
自分にこの歌を教えてくれた、大切な人のことを。それは母親ではないけれど。
昔…ニコラを「1人の人間」として尊重してくれたのは…たった2人だけだった。母親と…歳の離れた元婚約者だ。それ以外は皆、「悪女の娘」として扱うか無関心な者ばかり。
元婚約者は、父親が成人したらすぐに家から追い出すため、適当に充てがった人物だが。ニコラを慈しみ…守ってくれていた。
当時16歳と6歳で、もちろん恋愛関係になんて発展しなかったけれど。
「(結局…追い出されたあの日。彼に挨拶もできなかったけど…)」
元婚約者は冷酷な性格、戦場を好み人を殺すことに喜びを得ている怪物など、散々な言われようなんだが。
実際には芸術を愛する、心穏やかで慈悲深い男性だった。戦に出るのは、大切な人達を守るためだけ。
敵には女性相手でも一切の容赦をしないので、それが広まった可能性が高い。しかし子供には寛大だ。
ニコラに剣を教えたのも彼だ。幼い彼女には敵しかいない…と知っていたから。
「いつか。貴女の身に危険が及び…私が近くで守れない状況だったら。迷わず、相手の息の根を止めなさい。いいですね?」
そう、言っていた。
「〜♫(……元気にしてるかなあ…。会いたい、なあ…)」
「ニ、ニコラ…?」
ハントが呆然と呟く…ニコラが涙を流していた。
いつか、いつか会いに行こう。そして…婚約の印として貰ったペンダントを返そう…
そして伝えよう。母様は、亡くなってしまったけど。わたしは異国の地で…大切な弟妹と出会い。面白い友人もできて。楽しく過ごしています…と。
婚約は白紙に戻っているはずだけど。あの頃の、幼いわたしは。
確かにあなたに、恋をしていました。初恋でした…
愛しい男性を想いながら歌い上げ、演奏と同時に…ニコラも止まった。
ぐす…と鼻をすすり、袖で頬を拭う。
「………ん?」
ゆっくりと目を開けると…その場の全員に注目されている?しかも膝の上には猫が、肩やら頭には小鳥が。あとなんか騎士以外の人も増えてる。
「な、なに…?」
中には、特にメイドなんかは涙を流している。全員歌声に感動しているのだ。
「ニコラ…」
「ロット?あの、何かあった…?」
まさか自分が元凶とは露知らず。ニコラが困惑していると…
『素敵な歌声でしたね』
そう、誰かがツェンレイ語で語りかけてきた。
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