第2話 あなたたちは学生ですか?
一か月が経った。
京子は一通り業務にも慣れ、ある程度のルーティーンもこなしていたが、処理が速い京子にとっては、思った以上に暇な時間が多かった。
「せっかくだから、外の業務の様子も知りたいです。」薫にそう相談を持ち掛けると、薫は早速課長に指示を仰いでくれた。
「若宮さんですが、中の業務も一通り覚えたので、良ければ現場に同行してもらってはいかがでしょうか。営業事務として入社しているんですし、若宮さんは覚えも早いですから、現場の様子を知ってもらったほうが今後もスムーズだと思います。」
「あー、そうだね。じゃあ明日朝から客先訪問があるからそれに同行してもらおうかな。」
思った以上にスムーズに話が通ったことに内心驚きつつ、時間が余って仕方がなかった京子にとっては願ってもない話だと嬉しくなった。
((意外と話が分かる上司なのかもしれない。))
京子は少し課長の評価を見直した。
次の日、お客様宅への訪問が2件ある、ということで課長と、その同期だという黒田という30代後半の男性営業の運転で、それに同行することとなった。
同期ということもあってか、課長と黒田は仲がよさそうだった。
「どう?会社には慣れた?」黒田は気さくな雰囲気を醸しながら京子にそう尋ねた。
「そうですね。似た業種とはいえまだまだ知らないことの方が多いですから、覚えながら、勉強しながら、という感じですけれど……。」
京子は黒田の少しチャラそうな話し方に戸惑いつつ、営業時代に培ったコミュニケーションスキルを活かし、調子を合わせて笑顔を崩さずそう言った。
「若宮さんって頭良いよね~。薫ちゃんが仕事の覚えも早いってほめてたし。ちなみに大学どこ?」どうやらこの会社では社員同士をあだ名やちゃん付けで呼ぶのが当たり前のようだった。
「えっと、忠敬大学ですね。」
「しかも法学部だって。なんでこの業界なの?」すかさず課長がそう聞いてくる。
「んー、そうですね…、法曹にも興味はあったんですが、院に行かなければなれないですし……。下に兄弟がまだ2人いるので、進学するほどのお金もなかったですし、とはいえ奨学金で行けるほど成績が良いわけでもなかったですから。それなら一般企業でも法律の知識が役立つ業種に行けば自分の能力も活かせるのではないか、と思いこの業界を選びました。」
課長からの質問ということもあり、京子は面接の気分でそう真面目に答えた。すると、
「うわぁ。真面目。これからAI(エーアイ)さんって呼んでもいい?」冗談なのか本気なのかわからない返事にさすがの京子も、
「どのように呼んでいただいても構いませんが、そんな呼ばれ方されたことがないので反応できなくても怒らないでくださいね(笑)」と皮肉たっぷりに冗談で返した。
そんな返答が返ってくると思っていなかったのか、課長は少し「ははー」と戸惑うように空笑いすると、何事もなかったかのように「若宮さん」に戻った。
「おい黒田、俺らこの年でこんな真面目だったか?」と課長。
「うんにゃ? いや、そもそも俺ら大学時代とか、遊んでばっかだったじゃねーかよ!」
わははっ!と二人だけ笑って、その話は終わった。京子は微笑むだけだった。
30代後半である二人は、車中でも終始大学生のようなノリで、冗談を言っていたかと思ったら、ラジオから知っている曲が流れると、それに合わせて急に大声で歌いだし、京子は終始二人に気取られない程度に乾いた笑いをするしかなかった。
その調子はお客様宅でもあまり変わらなかった。真面目に話していたかと思えば、お客様が席を外す瞬間があると、課長は黒田に「おい、お前あれやって。」と小突き、「えぇ、お前やれよー。」とじゃれあう始末。
((おいおい、ここ客先だぞ?))あまりにも幼稚な行動が目立つ二人に、注意したい気持ちをぐっとこらえ、何とかお客様に悟られないように京子は周囲に気を配り、お客様の気配がする度に「来ましたよ」と小声で二人に伝えるしかなかった。
何とか同行を終え、事務所に帰ってくると、もう夕方だった。
((なんだか早かったような、長かったような……。でもこのままだと本当にまずいな……))
話しやすいアットホームなだけの職場であれば、大した問題ではなかったが、これはとてもじゃないが看過できない問題だと、改めて京子は本格的な職場改革をしようと心に誓った。
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