例えば職場が『ブラック』だったなら~平社員でも改善してみせます!~

@addna

第1話 絶望の一日目

 その日彼女は驚いた。

 前職を辞め、転職初日。若宮京子(わかみや きょうこ)は事務職として入社した会社の事務所で驚きの光景を目にすることになった。

((まだこんな会社あるんだ…))

 社員の目は死んでおり、コミュニケーションも少ない。常に怒号か、ため息が飛び交うそんな職場だった。

((うーん、、大丈夫かな?))

 声には出せないので、心の中でそう呟いだ。


 京子の前職は、営業マーケティングだった。毎日夜遅くまで仕事に追われ、休みの日も営業の電話がひっ切りなし。とても後輩思いの先輩がいたおかげで何とか頑張っていたけれど、なかなか上がらない給料、仕事のできない上司、男っ気もないし趣味が楽しめるほど自由な時間が作れないぱっとしないプライベート、そんな日々に嫌気が差した、というのもあるが、この会社で学べるものがもうないな、と思ったのが転職の理由だった。


「トウケイコーポレーションへようこそ!じゃあ、お願いしたいことがあるんだけど……」

 入社初日だというのに、特に会社に関する説明もなく、そう話そうとする課長に京子は言った。

「えっ……と、申し訳ありません。まだこの会社のことを何も知らないので、こちらの方に会社について教わりたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

 そういうと「あ、そう…、そうだね……。」と、課長はそそくさと自分の席に戻っていった。

「あはは、ごめんね。課長、新人教育とか何も知らないからさ。」

 そう口元に手を当てて小声で軽く返してくれたのは、京子の隣の女性だった。この会社に新卒の頃からいるというベテランの事務員、桐谷薫(きりたに かおる)である。

 京子は、前職の経験上、会社のことを聞くのであれば、営業や管理職よりも事務員であることをよく知っていたための発言だったが、これは”当たり”だと思った。


 とりあえず会社の組織図、仕事の大まかな内容、報告等の仕方など、仕事に必要な最低限を教わった。とはいえ薫の仕事の邪魔をするわけにもいかないと思った京子は、支給品であるまっさらなノートパソコンの初期設定をしながら、社内の観察をすることにした。


 社員は20代と40代ばかりで、間の30代はほとんどいない。なかなか珍しい社員構成だった。

((これは思った以上に厄介かもしれない…))

 京子は彼らを見ながらそう思った。前職がいわゆる大手といわれる会社だった彼女はその問題にすぐに気がついた。

((とはいえ、まだ入社初日だし…。様子を見ながら、っていうところかな。))

 そう思案しつつ、初日はさすがにこれ以上やることもなかったので、定時で上がろうと、日報を書き出した。しかし、他の社員で定時で上がろうとする人間は誰一人としていない。

「……皆さん残業されるんですか?」

「え? そうですよ。というかあんまり定時で上がる人はいないですねぇ。なんか帰りづらいですし…」そう返してくれたのは、向かいに座る南瑠衣(みなみ るい)という新卒3年目の女性事務員だった。

その返答に内心驚きながら、”様子見”を決めた京子は、とりあえず深く考えることを止めた。

((もう少し観察してから決めよう。))

 彼女の新生活は始まったばかりである。

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