第15話

「あ・・・」


気づけば38はPPPHの家の近くにやってきていた。

ギャルが来る以前は、38はしばしばPPPHの家を訪れ、共に語り明かしたりしていた。


習慣というのは恐ろしいものだな、と38は思った。

そして、もうここでPPPHと語り明かすことはないのだな、とも。


38はそのまま引き返そうかと思ったが、ふと、何がそこまでしてPPPHを地上に惹きつけたのか少し気になった。


(いつもどおりの不用心、でありますな)


38はポストの中から合鍵を取り出す。

一瞬立ち止まって考えたが、38はPPPHの家に失礼することにした。



PPPHの部屋は、38が最後に見たときから大きく変わっていた。


以前訪れたときは、PPPHの部屋は本当に質素で、最低限の日用生活品が置かれているだけであり、広く感じたものだった。


だが今は、アイドルのポスターが四方天井を埋め尽くすように敷き詰められ、ライブグッズが所狭しと置かれている。


38はPPPHの本気のオタ活を前に立ち尽くした。

主不在の部屋から圧倒的な熱量が伝わってくる。

38には、この部屋で過ごすPPPHの姿が全く想像できなかった。


『俺は見つけたんだよ。俺のドナを。地上に』


38はPPPHの言葉を思い出した。


「光でしか、見つけられないものがあったのでありますか」


38は眩しいものを見るように部屋を見回した。

実際、向日葵である彼の家の照明は通りよりずっと明るかった。


ふと冷蔵庫が目にとまる。

痛むものがあってはいけない。

そう思って38は冷蔵庫を開けた。


そこには一本の日本酒が未開封で置かれていた。

38の好きな銘柄だ。

なんでこんなものがここにあるのだろうと38は思った。


38はあーこと出逢った日のことを思い出す。


『PPPH氏が起きていれば酒でも酌み交わそうではありませんか』


あの日、出動前、確かに38はそう言った。

結局、あのあと入院やギャルの対応などが重なり、約束は有耶無耶になってしまった。

だが、あの日。PPPHは危険な任務に赴く38を待っていたのだ。



「結合殿、全部聞いているのでありましょう?」

38は誰も居ない部屋に言う。


部屋はシンと静まり返っている。


「小官はこの闇アキバをとても大切に思っているのであります。秘密基地のような地下の立地も、ここに住む個性豊かな仲間たちも。最近はギャルも入ってきて随分と賑やかになったのであります。

ギャルの事をよく思わない住人がいるのもよく知っているのであります。しかし少しずつではありますがギャルもこの街に馴染んできたのであります。

本当に、地上よりずっと安全で、楽しくて、本当に素晴らしい時間が過ごせたと思っているのであります。

本当に本当に、皆には感謝しているのであります。」


38は一気に話すと一息つき、そして大事な一言を添えた。


「しかし、闇で息を殺して生涯を終えるのは、あまりに寂しすぎるのであります」


38はそっと日本酒を冷蔵庫に戻し。

部屋を後にしようとする。

すると、38はぐいと抱き止めた。


「行かないで」


結合が震える声で言う。

明るすぎる照明に、その姿が霞んでいる。


38は既に覚悟を決めていた。

「PPPH殿が待っているのであります」


「行かないで!」と結合が叫ぶ。

38は初めて結合が声を荒げるのを聞いた。


堰を切ったように結合の口から言葉は溢れる。

「お願い、行かないで。絶対、死んじゃう。いなく、ならないで。ここに、いて。一緒に、いてよ。なんでも、するから。大好き、だから」


38は霞んでいる細腕を掴んでやさしく振りほどいた。


そして38は結合に笑顔で答えた。

「小官も、ここのみんなが大好きであります」


38はPPPHの家と飛び出し闇アキバの通りをかけていった。

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