第14話

闇アキバ、補給班の施設の一角にある会議室。

そこで38は一人で地図と資料を広げていた。


(ギャルが来て以来、短期間で手前ブロックの電力消費が倍増したのは事実であります。しかし、実際のところ闇アキバの電力の大半は循環施設が消費しているのであります)


街では節電が叫ばれているが、闇アキバを維持するのに必要な空気と水の循環設備は止めることができない。

ダーククリスタルの汚染を防ぐには、地上からのエネルギー調達でこれらを置き換える必要があった。


原油輸入。送電線引き込み。ウラン調達。

38はあらゆる方法を模索したが、地上に見つかることなくこれらを行うのは現実的ではなかった。



38が感が混んでいると、そこにあーこが息を切らして駆け込んできた。

机にがたんと手を付き、ぜぇぜぇと息を切らしている。


「あーこ殿、何があったのでありますか?」と38は驚きつつも冷静に尋ねる。

「ぴーちゃんが!オタク狩りにさらわれちゃった!」とあーこが叫ぶ。


38の全身に衝撃が走る。

最悪の事態だった。


地上でオタク狩りに出会ったらまず無事で済まない。

そのうえ攫われたとなると、PPPHの命は絶望的であった。


38はその報告を受け止められず、立ち尽くす。


あーこは38の肩を掴んで激しくゆする。

「早く!助けにいかないと!」


しかし、38はその手を振りほどき、冷たく言う。

「今更行って、何になりますか。どうあっても間に合わないのであります」


あーこは何か言い返そうとして口をパクパクさせる。


「そうとも限らないんじゃない」


38が入り口を見ると、えーこがスマホを片手に立っていた。

スマホの画面には大量のメッセージが流れている。

えーこはギャルの情報網から得られた内容をかいつまんで説明する。


「ぴーちゃん、人質になってるらしいじゃん。なんか知らないけど、健康なオタクくんと交換したいんだって。意味分かんないよね。でも、夕方までは待ってくれるらしいよ」


人質。

オタク狩りがそんな知性的な行動を見せたことなど38は聞いたことがなかった。

だが、どういうわけかPPPH氏はまだ生きている。

もしかしたら、助けられるかもしれない。


38氏は部屋を飛び出し、作戦を練るため闇アキバの住人に協力を求めた。



しかし、住人の反応は冷ややかだった。


「PPPH氏だろ? 残念だったな。でも諦めるしかねぇよ」

「向日葵がオタク狩りにやられるなんて自業自得じゃんYO」

「こないだの騒ぎを忘れないめう。昼の地上に出るだけでもこんがり焼けちゃうめう」

「『バーベキューになっちまうぜ』と僕は言った」

「そんな地上で、オタク狩りを相手に戦うなんて自殺行為じゃのぅ」

「どれだけ犠牲が出るかわからない。そんなのは作戦とは言えないでござる」

「難しいことはわかんないっぴ・・・」


38は苛立ちを隠せなかったが、彼らの言うことは正論であった。

闇アキバで暮らしていると季節感を失うが、今は真夏。

地上には地獄のような日差しが降り注いでいる。


そもそもとして、向日葵でも無い38が無事に地上に行けるのか怪しかった。

手前ブロックに住んでいるとはいえ、ダーククリスタルがどこまで38の身体を蝕んでいるのかは未知数だ。

これではオタク狩りと戦う以前の問題だ。


更に絶望的な報告をえーこがしてくる。


「オタク狩りは10人以上。駅前の交差点でたむろってるみたい。すごい規模だね。リーダーっぽい男は、紫のモヒカンに虎の入れ墨をしているって」


38は震え上がる。

オタク狩りは様々だが、その特徴に当てはまる男は一人しか居ない。

半日で200人以上のオタクを屠ったという、絶望の象徴。


「ポイズンタイガーでありますかっ・・・!!」


終わりだ。

どう頑張っても勝てない。

勝つとかそういう次元の相手ではないのだ。

38の頭にPPPHの言葉がよぎる。


『俺は勝手にやっているだけだ。関わるなよ』


PPPHは危険を承知で地上に出たのだ。

38が止めてもPPPHの判断が変わることはなかった。


「我々は、地上に出てはいけなかったのであります。地下の暗闇でひっそりと暮らしておけば、平穏に長生きできたのであります」


ギャルを闇アキバに引き込まなければ、PPPHをもっとしっかり止めていれば。

そんな後悔の念が38の頭の中にぐるぐると渦巻く。

だが、もう何もかも、手遅れだ。


あーこは38に何かを言おうとしたが、えーこが制止した。

「ほっときなよ、そんな暗いやつ」


えーこはスマホから目を離さずに冷たく言い放つ。

「オタクくんはオタク狩りに勝てない。分かってたことじゃんか」


38は何も言い返せず、唇を噛んだ。

仲間を見捨てるしかない。


38はあーこと目を合わせるのが怖くなって帽子を深くかぶり直し、逃げるようにその場をあとにした。

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