第11話

病院のすぐそばのベンチに座り、俺は混乱していた。

いったい何がどうなってるのかさっぱりわからない。


病院には忙しなく救護班が出入りして、一目で見て分かる通り尋常では無い様相である。



今日、俺はいつものように日向ぼっこに出ていた。

いつもと少し違ったのは日向ぼっこに新しいメンバーが加わった事だ。

と言ってもそれ自体はそんなに珍しい事じゃない。

珍しいかったのは、新メンバーが闇アキバに古くから住む古参の一人だった事だ。


古参の多くは向日葵の事を嫌っていた。

必要なければ地上に出ない。ましてや陽の刻などもってのほかだというのは、長年の暗黙の了解だったからだ。


彼は相当の変わり物で、他の人とあまり関らず、かなり奥のブロックに立てた家に引きこもって執筆などを行っていた。


そんな彼が日向ぼっこがしたいと連絡してきた時は、俺も驚きはしたが、何か琴線に触れたんだろうと思い、断る理由も無いので昼の地上に連れて行った。



その結果が、この有様だ。


彼の身は日光に対して日焼けというには激しすぎる反応を示した。

皮膚は真っ赤に焼き爛れて、激痛に悶え苦しみ悲鳴を上げた。

俺たちは彼を光から庇いながら闇アキバへ逃げ帰ったのだった。



俺は自分の焼けた腕を見た。

初めて外に出た時、刺すような日差しに目が眩んだのは覚えている。

その後数日は陽にあたったところが真っ赤になって、取り繕うに苦労した事をよく覚えている。


他の日向ぼっこのメンバーも最初は同じように肌が爛れた。

俺たちはそれが勲章のようなものだと笑い合った。


だが、今になっておかしいと思う。

ほんの少し外に出ていただけであそこまで日焼けするだろうか?


一帯を眺める。

何度も見た景色、病院周辺だ。

最後に来たのは38氏の見舞いだったか。

だがあの時ここはこんなに暗かっただろうか?


そして何より、

目の前にいる結合氏の姿がはっきりとしないのは、俺の目が疲れてるからだろうか?


「大丈夫、だって」


結合氏が消え入りそうな声で言う。

どうやら命に別状はないらしい。


伝えてくれた礼を言うべきところだが、疑問が勝った。


「後悔するって、このことか」


俺は結合氏に尋ねたが、彼女はただじっとこちらを見て答えない。


あの日、俺が日向ぼっこに出て以来、結合氏は俺の前に一度も姿を現さなかった。

静止を振り切って地上に出た俺を嫌いになったのかと思っていたが、どうやらそういうことではないらしい。


ギャルの前に決して現れなかったことも同じ理由だろう。


「俺の身体に何が起きている?」


定刻になり街灯の大半が消灯する。

闇アキバの夜だ。


俺は薄暗いというには暗すぎる景色を見渡す。

住人は少なすぎる街灯の灯りの中で忙しなく動き回っている。


「いや、逆か。ここの住人の身に何が起きている?」


夜目が効かなくなった目で、先ほどよりはっきり見えるようになった結合氏に尋ねた。


「みんな、アビストになる」


結合氏はポツリと答えた。


アビスト。理想の闇アキバ、アビスに相応しい住人を意味する古い言葉だ。

古参が使っているのを稀に聞くが、それがどういった人間を指すのかは聞いたことがなかった。


「陽に当たれない住人で溢れかえるのが、あんたの目指すアビスなのかよ」


アビスは地上から完全に独立した理想郷だ。だが地上に出られないというのは話が違う。


彼のような古参は皆同じ状態なのだろうか?

そしてこのまま闇アキバに住み続けたら彼らはどうなってしまうのだろうか?


俺は不意に恐ろしい想像に至った。


「街を動かすには、エネルギーが、いるから」


目の前の白い影は淡々と言った。

俺は背筋にゾッとするようなものを感じた。


この街の電力はダーククリスタルの欠片が出す莫大なエネルギーを元に生み出されているという話は聞いていた。

ギャルが訪れるようになってからは街は一層賑やかになり、消費電力も跳ね上がっていたが、ダーククリスタルはそのエネルギー需要にも問題なく対応した。


しかし、ダーククリスタルの欠片から何故無尽蔵にエネルギーが得られるかは誰も知らない。


俺たちはダーククリスタルに一体何を捧げてエネルギーを得ていたのだろう。


そして、全てを捧げた時にどうなってしまうのだろうか?


恐らく最も古くから闇アキバで暮らしている目の前の影に、俺は恐る恐る尋ねた。


「残りの19人はどうなったんだ?」


結合氏は静かに答えた。


「クリスタルの中で、静かに、眠ってる」


俺は項垂れた。


「なんだよ・・・それ・・・」


闇アキバの住人はダーククリスタルに蝕まれている。

おそらくは、より奥のブロックの住人ほど早く深く。

俺たちは何食わぬ顔で皆が捧げた『何か』を糧に豊かに生活していたという訳だ。


「いなくなる、わけじゃない。永遠に、一緒」と結合氏は胸元にそっと両手を当てて言った。


「そんなの、全然ドナじゃない。こんなの、絶対おかしいだろ」


俺は拳を強く握りしめて、絞り出すように言葉にした。


俺はこんな所を理想郷だと思っていたのか。

ただ、地上のオタク狩りから逃げ隠れて、命を静かに摩耗させて、影のように消えていく墓場を。


「このことは皆に知らせなきゃいけない。闇アキバの真実を、結合氏自身の口で説明するべきだ」


俺はベンチから立ち上がり結合氏に詰め寄った。

しかし、結合氏は静かに首を振りながら、一歩二歩と下がり、


「結合氏!」


俺が手を伸ばすと、スウッと闇の中にその姿を溶かして消えていった。

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