第9話

「お騒がせして申し訳ありません」と38は結合の横に腰掛けて言った。

ギャル二人に一通りもみくちゃにされた結合は、乱れた髪を手ぐしで整えながら顔をうつむける。


ギャル2人はダーククリスタルの前で賑やかに記念撮影をしていた。

懐中電灯とスマホの明かりに照らされて影が一つの長く伸びる。


「苦手、でありますか?」と38は尋ねた。

結合は答えず、チラリと視線だけをやる。


38は続ける。

「快く思わない住人がいる、という報告は受け取っているのであります。確かにギャルは我々とは明らかに違う生き物で、オタクに優しいと言うわけでも無いであります。ただ・・・皆は少しギャルを誤解していると思うのであります。特段優しくもなければ厳しくもない。オタク狩りのように我々を傷つける存在では無いのであります」


結合は前方に目をやる。

ギャルが楽しそうに黒い彼岸花の写真を撮っている。

彼女たちの笑顔は、この深遠には似つかわしくなかった。

結合は闇に混じって輝くギャルたちを眩しそうに眺める。


「いつか結合殿からお聞きしたアビスの話を覚えております。完全に地上から独立した未来の闇アキバ」


何も語らない結合をみて38はただ語りかける。


「ギャルたちのおかげで、我々補給版は危険な地上に出る必要がなくなったのであります。完全な自立とは行かないまでも、交易によってより多くの仲間が闇アキバでの安心安全と豊かな生活を享受できているのであります。無理に仲良くなれとはいいません。ただ結合殿には、同じアビスを目指す同志として、決して敵ではないことを理解してもらいたいと思っているのであります」


38は言葉をまくし立てた。

実際のところは滅多に手前のブロックに姿を表さなくなった結合を心配していた。


38は結合が、誰よりも闇アキバとその住人を愛していることをよく理解していた。

彼女の目指すアビスに憧れた。

だから結合がギャルを極端に避けている現状はなんとかしたかったし、せめて理由だけでも知りたかった。


結合は俯いて「良くない、影響」とポツリという。


「向日葵、でありますか」と38は答える。


最近、闇アキバでは昼に地上に出る『日向ぼっこ』という行為が密かに行われるようになっていた。

ギャルが闇アキバに自由に出入りしている一方で、闇アキバの住人の出入りを監視するわけにも行かず、また誰かに迷惑を掛けているわけでもない。

日向ぼっこは実質黙認される形となっていた。


しかし、一般に言って昼間の地上に出るなど正気の沙汰ではない。

住人は日向ぼっこを行う住人のことを蔑みを込めて『向日葵』と呼ぶようになった。


38もその一人で、地上での恐ろしい体験をした38からすると向日葵は完全に気が狂っているとしか思えなかった。


彼らはギャルたちに誑かされたのだろうか?

あるいは地上を自由に出入りするギャルたちをみて、自分たちも大丈夫ではと勘違いしまったのだろうか?

闇アキバで暮らすうちに、オタク狩りの恐ろしさをすっかり忘れてしまったのかもしれない。

ギャルたちは無理に地上に引きずり出すような真似はしないはずだ、と38は信じたかった。


「小官が皆にきちんと地上の危険性を伝えられていれば・・・」

他の誰よりも地上の危険性を知る38は自分の責任だと強く感じた。


「それだけじゃ、ない」と結合は苦々しそうに呟いた。


そして「あの人達は、アビストにはなれない」と続けた。

38は聞き慣れない単語に困惑する。その時、


パシャリと音がした。

38は驚いてギャルの方をみる。

「なんか仲良さそーだなーって」とギャルは微笑んだ。


結合は「もう、ここには、来ないで」と38に言いすっと立ち上がって軽くお尻をはたいた。

そして「あの子たちにとっても、良くない」と続けた。


怒っているというより、困ったような心配しているような声だ。


38は何か尋ねようとしたが、話は終わりということだろう、結合はダーククリスタルの方へ向かって歩いていった。


「・・・これ以上、邪魔をするのは良くないのであります」

38はギャルにいうとを彼女らを引き連れてその場をあとにした。



去り際、38が振り返ると、何も見えない暗闇に複数の人の気配を確かに感じ取った。


「『始まりの20人』・・・そこで見守っていたのでありますか」

38が呟くと、ギャルはスマホでカメラロールを弄りながら尋ねる。

「え?他に誰か居た?暗くて全然わかんなかったていうかさ、さっき撮ったあの子の写真なんだけどさ、絶対ちゃんと撮ったはずなんだけど」


38は深く帽子をかぶり直した。

「光だけでは見つけられないものもある、という事であります」

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