第7話

日々というのは忙しなく過ぎていく。


いつものように朝早く目覚め、顔を洗う。

朝食を手早く済ませ、歯を磨き、髭を剃り、寝癖を治す。

前日に用意した服にちゃっちゃと着替え、靴を履き、鞄を肩に掛ける。

キチンと戸締りをして、いつもの通りを歩いていく。

いつもの道を外れたところで、ぐっとシャツの裾を引かれた。


「どこに、いくの?」


聞き慣れた声だ。


「久しぶりだな結合氏。元気してたか?」

俺は振り返らずに言う。


「まだ、陽の刻だよ」と、結合氏はいう。


陽の刻。

地上で太陽が出ている時間のことだ。

闇アキバが朝を迎えたのだからそれはそうだろう。


俺はバカな選択をした。

でもそれが間違いだとは思いたくなかった。


「ちゃんと帰ってくるさ」

俺がそう言うと、止めても無駄なことを察したのか、結合氏は手を離した。

そして消え入りそうな声で言う。


「後悔、するよ」


俺が振り返ると結合氏の姿はなく、暗い路地があるだけだった。


行こう。

光のさす地上へ。


心を休まる静寂を抜け出して、逃げ続けた何かと向き合うために、白昼の地上へと足を進めて行く。

上へ。上へ。振り返らずに。


今までずっと何かを忘れている気がした。

闇アキバの住人を励まし仕事をする一方で、お前たちとは違うんだと思っていた。

ドーナッツの穴のようにポッカリと空いた何かは、闇アキバでは見つからないものだった。


「へぇ、やるじゃん」


前方から嬉しそうな声が投げかけられる。

出口から差し込む溢れんばかりの逆光で姿はよく見えないが、俺には誰かわかる。


「オタク狩りにやられたぐらいで諦められるかよ」

そう言ってかつてチケットが入った鞄を左手でトントンと叩いた。

だよね、と彼女は答えた。


「正直心配だ。この先は危険なオタク狩りの縄張り。でも怯えていたって始まらないからな」

そう言うと俺は日差しの降り注ぐ外へと踏み出した。


眩しすぎる光に目がくらむ。

陽光が容赦なく皮膚に突き刺さり、焼けるような感覚に襲われる。


光に目が慣れると、そこには桜並木が広がっていた。

そうか、もうそんな季節だったのか。


何も言えず立ち尽くしている俺に、えーこは声をかけた。


「ようこそ。地上へ」

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