第6話

「やば、キモ、めっちゃ語るじゃん」

「みき、電車はちょっとわかるよ」

「え、これガンダムじゃないの?」


あれから程なくして、あーこを含めた数名のギャルは完全に闇アキバに居着いてしまった。


侵入を防ぐために、地上経路の見直しや隠蔽の徹底を行ったらしいのだが、なぜかすぐ見つかってしまって意味をなさず、今は完全に諦めているようだ。


闇アキバの住人は、はじめこそ急に襲来してきたギャルに戸惑っていたが、オタク狩りに襲われるわけでもないので、俺を含め多くの人は受け入れ始めていた。


ただ一部のオタクたちは陽キャ怖いと、地上との接点の少ない奥のブロックに引きこもりがちになった。


「結合氏・・・最近、見ないな」


社交的な彼女のことだからギャルともじきに打ち解けるかと思ったが、予想に反して彼女はギャルの前では決して姿を表さなかった。


いつも音もなく現れるのに、少し見ないだけで初めからいなかったんじゃないかと不安になった。


「ぴーちゃん、なんか元気ないね」

暗がりを見つめているとギャルが気だるそうに声をかけてきた。

街灯にもたれかかってスマホを片手にこちらを見ている。


真っ黒なボブカットの髪に、黒の革ジャン短パンとなかなか厳つい感じのギャル、えーこだ。


「いや、気のせいじゃないか」俺は適当に答えた。

「そーなの? ぴーちゃんいつももっとテンション高いじゃん。おつかれ?」とえーこが食い下がってきたので「まぁそんな感じかもしれない」俺は苦笑した。


「そっかー、まぁ元気出して」そう言うとえーこは


パンパパンと手を叩いて、


「ヒュー」と拳を突き上げた。


え・・・。


それは・・・。


「あれ?PPPHってこれであってるよね?」


えーこの困惑した声で、俺の止まってた思考は再び動き出した。


「あ、ああ・・・。よく知って、るな」

口の中がカラカラに乾いていた。


PPPH。俺の名前の由来。

三度手を叩いて叫びを上げる、オタ芸の一種だ。

そして、もう長いこと直接目にしていないものだ。


重たい空気を振り払うにぐるりと見渡した。

住人たちが目を伏せ、いそいそと仕事に戻っていく。

なんだよ、お前ら。


「え、なにこの空気」とえーこは眉を顰める。

俺はニコッと笑って言った。

「ここの住人はライブとか行かないからな。いきなりオタ芸とかされたらびっくりするって」


えーこは冷たい目で「え、ライブ行かないの?」と聞く。

このギャルはなにを言っているのだろう?

地上にはオタク狩りがいるのだ。

そんな恐ろしいところでお気楽にライブを楽しむなんて出来るわけ無いじゃないか。


えーこは「アイドルとか好きなのかと思ってた」とつまんなそうに言った。


カッと身体の芯が熱くなった。

拳を握り締め飛び出そうとする声を噛み殺す。


ふた呼吸おいて「好きに決まってるだろ」と俺は声を絞り出した。


キラキラと輝くステージ。

全力でオタ芸するオタク。

音楽を通して会場全体が一つとなる一体感。

忘れられるはずもなかった。


裏アキバでも開催しようと思えばできるだろう。

結合氏に頼めばきっと協力してくれるはずだ。

だが、ここの住人の気質からしてはあまり興味がなさそうに思える。

それに、ライブに参加したとしても・・・


「行っても、この腕じゃぁな・・・」と俺は右腕を抑えた。


それを聞いたえーこは「ウザ」と言った。


俺はカチンと来て、なにかを言い返そうとしたが、言葉が出てこない。

「どうしろっていうんだよ」と絞り出すので精一杯だった。


俺は気まずくなってその場を後にしようとしたが、「まちなよ」とえーこに再び呼び止められた。

まだなにか言われるのかと思って振り返ると、えーこが何かをこちらに差し出している。


「あ・・・」

ライブチケットだった。俺が好きなアイドルの。

なんでえーこがこんなのを持っているんだ?


「好きなんでしょ? 行きなよ」

えーこはチケットをひらひらとさせて、少し早いけど、と付け加えた。

そういえば、今週、俺の誕生日だ。


俺は「ありがとう」といいながらそれを受け取った。

だがこのライブに参加するということは昼間地上に出るということになる。

そんな事できるわけがなかった。

危険な場所にのこのこ出ていくなどバカのすることだ。


「無理に行けとか言わない。記念に持っててもいいんじゃない?」


えーこはそう言うと、じゃぁねと雑に手を振り立ち去っていった。

俺は暫くその場に立ち尽くしていた。

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