第5話

闇アキバは大混乱していた。

38氏と田中氏が地上からギャルを引き連れて帰ってきたからだ。


「まさか!オタクに優しいギャルなど実在するわけが!」

「しかし38氏を助けたと言うではござらんか!」

「ハァハァ・・・ギャルの生足ペロペロ・・・」


あちらこちらで住人たちが事の賛否を真剣に語り合っている。


闇アキバはオタクたちの心の安寧の地。

そこに突如ギャルが入り混んできたのだから無理もない。


俺もここに住み始めて長いが、そんな話は一度も聞いたことがなかった。


「38氏、傷は大丈夫なのか?」

俺は38氏の見舞いに来ていた。


病院と言っても地上のものに比べれば随分と簡素で、基本的な処置を終えれば後は安静にしておくようにと言った具合だ。


「PPPH氏殿、お気遣い感謝であります!脚以外はただのかすり傷でありますゆえ心配には及びませぬ。脚に関しては・・・もうくっつくまで待つしかありませんな」


38氏はハハハと笑い飛ばす。

あれほど恐ろしい目にあったというのに、たいしたやつだ。


「地上の病院を使うわけにはいかなかったのかよ?」責めているわけではない。ただ地上の病院できちんと治療を受けてほしいという思いはあった。

「小官の帰るところはここでありますから。それに陽キャの医者に診られては治るものも治らないのであります」38が茶化して言うと、


「陽キャは医者なんかなるかぁ」と奥の部屋から声が飛んで来る。

ここのブロックの主治医だ。


俺たちは顔を見合わせてゲラゲラと笑った。


一通り笑った後、38氏は少し真面目な表情になり「あーこはどうなったのでありましょう?」と尋ねた。

「あーこ・・・ああ、例のギャルなら。地上に帰ったよ」と俺は答えた。


あーこは2日ほど闇アキバに滞在していた。

闇アキバの住人が扱いに困っているのを傍らに、興味津々といった様子であちこちを観光して、3日目の朝に「がっこー行かなきゃ」と地上へ帰っていった。


撤退に使ったゲートは現在封鎖されていて、恐らくもう戻ってくることはないだろう。


「そうでありますか・・・。助力いただいたというのに、小官は何も礼ができなかったのであります」と38氏は寂しそうに言った。


38氏の言いたいことは分かったが、ギャルとオタクは住む世界が違うのだ。

きっとこれで良かったのだろう。


「38氏。まぁあんま深く考え込むな。地上でまた見かけたときに礼の一つでも言ってやればいい。そのためには早いことその脚直さねぇとな」と俺は38のギブスをコンコンと軽く叩いた。


広い地上でまた出逢うことはまずないだろうが、ゼロとも言えないだろう。


「またくるよ。退院したらまた飲みに行こうぜ」と俺はじゃぁなと病室をあとにした。


・・・


病院を出ると聞き覚えのある声がした。


「PH氏は、本当に仲間思いだね」


物陰から人影がスッと出てくる。結合氏だ。


「何だ、結合氏も来てたのか。お前だってそうじゃないか。38氏に会いに来たんだろ?」俺はにこやかに返した。


「やっぱり、気になって」と結合氏は呟く。

恐らく例のギャルの件だろう。

闇アキバの中では38氏を避難する声もある。

古参とも親しい結合氏は、この件をどう思っているのか気になった。


「帰ってきてくれたのは嬉しい。手伝ってもらったなら仕方ない。ただ・・・あの人達は眩しすぎる。ここのアビスにとってあまり良くない」

と少し不安そうな目をした。


アビス・・・。『深淵』を意味する言葉だが、地下深くにあるこの闇アキバでは、夢や将来を意味する言葉でもあった。

地上から完全に独立した闇アキバの未来像を示す言葉でもある。


ここは不完全な理想郷だ。

このまま発展して地上の人間と関わらずに生きていけるなら、それに越したことはない。

補給班が38氏のように危険な目に遭うこともなくなるだろう。

この街がアビスに向かって進んでいくのに地上の陽キャが入り込んでくるのはドナじゃ・・・


『仲間とともに戦地を駆けることこそがドナというもの』


ふと俺は38氏の言葉を思い出した。



「また、その顔してる」

結合氏が目の前に来て俺の顔を覗き込んでいた。


俺は驚いてのけぞった。

「お、おお・・・すまない。ちょっと考え事しててな」

結合氏はその距離感だけはなんとかしてほしい。


「まぁなんだ。陽キャが苦手なのはわかるんだけど、そんな心配しなくていいじゃないか? どのみちギャルは地上に帰っていったわけだし、38氏も故意に連れ込んだわけじゃないだろう? 地上に出てまた遭う機会はあるかもしれないが、もう連れてくるなんてことはしねぇと思うぞ。あいつはその辺ちゃんと弁えてるよ」


俺は結合氏から目をそらしつつ言った。


結合氏は「そう」とだけ言うと俺の脇を通り過ぎて、そして言った。


「でも気をつけてね。だって、ギャルは・・・」


あまりにも冷たい声に驚いて振り返ると、そこに結合氏はいなかった。


・・・


翌週、再び闇アキバは大混乱に陥った。


「やっほーオタクくん。38いる?」


2人のギャルが、突如として闇アキバに現れたからだ。


俺は、結合氏の言った言葉を思い出した。


「ギャルは、友達の家には必ずたどり着くから」

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