第4話

「雪・・・でありますな」

38は険しい表情で背後の田中に話しかけた。

田中は視線で答えつつ、手元の端末を眺めている。


「目標の到着、大幅に遅れるとのこと」

38は時計に目を落とす。


「今夜は、遅くなりそうでありますな」38はため息をついて言った。

「アルファは順調なので状況を見て合流してもらいましょう。待機中に回収できるもののリストを先程もらいました」田中は冷静に状況を分析する。


まだ早い時間なのもあって、アキバには疎らに人がおり、凍結した歩道に足を取られたギャルがキャーキャーと騒いでいる。


街灯の隙間を縫い闇に混じり、二人は着実に作戦を遂行していく。

そして再び大通りの方へ。


すると、先ほどとは打って変わってシンと静まり返っている。


「38氏・・・」田中が息を呑む。

「・・・」38は答えない。


肌をピリつかせているのはどうやら寒さだけではなさそうだ。


「撤退の連絡を」38は手短に支持する。

「こちらベータ、撤退の・・・」

38が手をかざして制し、田中は黙る。


「・・・」

「・・・」


ウォン

ウォンウォン


遠くから唸るような音がし、そして・・・。


「ヒャッハーーーーーーーーーーー!!」


バイクに乗った全身タトゥーのモヒカンの男が爆音と爆速で疾走してきた。


オタク狩りだ。


すかさず物陰に2人は飛び込む。


「チッ・・・なんでこんな時間にオタク狩りが」田中が毒づく。


オタク狩りは手当たりしだいに金属バットを振り回し、店の窓ガラスを叩き割っている。


「奇行種でありますか。A4-D6の撤退経路を取るであります」38はすかさず緊急の退避経路を頭の中ではじき出した。

想定外ではあるが。今まで何度もシミュレーションした通り。

何も問題はない。


バイクの爆音と窓ガラスを粉砕する音からオタク狩りの位置を確認しつつ、安全経路で撤退していく。


残り1ブロック。


とその瞬間、38は見てしまった。

通りの端で目を白黒させている転んでいるオタクが。


「38氏!!」


田中の叫び声を聞いたときには、38は既に通りに飛び出していた。

38は助走のままオタクを蹴り飛ばし一緒に吹き飛ぶ。


カァン!


甲高い音を立てて38のヘルメットが宙に舞う。

オタク狩りのフルスイングが頭を掠めた音だ。


「ヒャッホーーーーーー!!オタクくんみーーーーっけ!!」


オタク狩りは、Uターンして再びアクセル全開で突っ込んでくる。

狙いは38だ。


オタク狩りが38を殴り飛ばすその寸前。


パンッパパンッ


田中が飛び出して発泡する。


認識の外からの銃弾を躱すためオタク狩りは身を大きくよじらせ、打撃を躱そうとした38の脚を金属バットが捉える。


「ぐあああああ」

38は悲痛な叫びを上げ吹っ飛ぶ。


オタク狩りはバットを捨て体制を立て直し、そのまま素早くバイクをターンし田中に向かって再加速し、


「ゴフッ」


田中のボディに丸太のような右腕を叩き込んだ。

田中は地面を転がり、悶え苦しむ。


「轢き殺してやんよ!!」


オタク狩りは再びターンしてウィリー状態で田中に襲いかかる。


タンッタタタンッ


38が発泡。


キュルルルルルルル


タイヤを撃ち抜かれたオタク狩りのバイクは激しくスピンし、そのままビルのテナントに突っ込んだ。


一瞬の沈黙


パトカーのサイレンの音が遠くから聞こえてくる。


「ひ、ひいいいいいい!!」

38が助けたオタクが、我に帰り悲鳴を上げて走って裏路地へと逃げてゆく。


38這い寄ると田中は息を整え立ち上がり、38に肩を貸しそのまま裏路地へと逃げ込んだ。


・・・


通りの方からは警察の銃撃音が響いてくる。


「これは・・・完全に折れてますね」38の脚を田中が確認する。

冷静を装っているがその目は完全に泳いでいた。

「田中殿・・・・助かったのであります・・・。小官が勝手なことをしてしまったばかりに・・・」

「それ以上は言わないでください。それに・・・、!!」

田中はそこまで言って、勢いよく振り返り身構えた。


「わぁ、なになに?」


そこには、派手な金髪にミニスカート、高いヒールのロングブーツを履いた女の子。

いわゆるギャルが立っていた。


「田中殿・・・逃げるのであります・・・!」

「38氏を置いて逃げられますか!」


二人の緊迫したやり取りを見てギャルは

「なんだ、オタクくんじゃん。なになにー?どうしたの?」

全く意に介さない様子で距離を詰めてきた。


「え、やば、めっちゃ怪我してんじゃん。大丈夫?てか大丈夫じゃないよね」

ぐいぐい詰めてくるギャルに「いや、我々は大丈夫だ、構わないでくれ」と田中は制した。

そして、38を担ごうとするが、


「ぐっ・・・あがっ・・・」


痛みで膝から崩れ落ちた。田中もあばらを折ったらしい。


「いやどう見ても大丈夫じゃないじゃん」ギャルは呆れたように言う。

二人の足元に救急キットがあるのを認めると「どいて」といってそれを手にして中身の確認をする。


「一体何を・・・」と38が止めようとすると「いいから」とギャルはピシャリと言い、そのままテキパキと応急手当を始めた。


・・・


「できた〜」

ギャルの能天気な声が薄暗い路地裏に響く。


応急処置を終えた2人は幾らか冷静さを取り戻していた。


「感謝するので、あります」38はぎこちなく礼を言う。

「38氏、撤退しましょう」田中は周囲を警戒しながら提言する。


オタク狩りは群れで行動することも多い。

今回も奴一人だけとは限らない。


「え、帰るの?病院、行ったほうがいいと思うけど」

ギャルは心配そうに言う。


ギャルは途中何度か救急車を呼ぼうとしたが、頑なに拒否する二人を見て諦めたのだった。


「世話になったのであります。我らの拠点には医療機関もある故心配に及びませぬ」38氏がそう言って壁をつたって立ち上がるとギャルは「そっかー」と自然な形で肩を貸した。


「ギャル殿!?」

「あーこだよ」

38が目を白黒させていると。

「名前」とギャルは補足した。


「病院、行くんでしょ。送ってくよ。その足だと歩けないでしょ。そっちの、田中っちだっけ?歩けるよね」

ギャル、もといあーこは言った。


田中は何か言い返そうと口を開くが、あまりの状況に言葉が出てこない。

「田中殿・・・もうこうなっては仕方がないのであります。彼女の助けを借りて撤退するのであります」38が絞り出すように言った。


「38氏!オタクに優しいギャルなど・・・!」

「分かっているのであります。本隊と合流してから対策を考えましょう」


そうして田中と38、そしてあーこはマンホールに偽装した入り口を使って裏アキバへと撤退した。

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