第3話

なにか足りていないという思いはあっても、それは毎日を過ごす上で差し迫った問題じゃない。

俺はこの闇アキバでどこか満たされないながらも、充実した日々を過ごしていて、これも一つのドナなのかなとか思い始めていた。


「これはPPPH殿ではないか!」

『ビックリトマト38』氏、通称38(サンパチ)氏が俺に駆け寄ってきた。


38氏はかなりディープなミリオタであり、闇アキバの補給班と言われるチームのメンバーだ。


闇アキバは街といえども完全に自給自足をしているわけではない。

街の中で調達できないものはどうしても外部から調達してくる必要がある。

しかし地上はあまりにも危険だ。

そこで重要になってくるのが機動力に長けた補給班と言われる特殊チームなわけだ。


俺は補給班でもなければ軍事ヲタでもなんでもないが、不思議と38氏とはよく話している。


「お。おお38氏。なんだか久しぶりだな。田中氏は元気?」と俺は返した。


あの眼帯の青年、田中氏もどうやらかなりディープなミリオタらしく、38氏に紹介すると一瞬で意気投合していた。


「田中殿はなかなかの手練であります。日々ディープな話に花を咲かせております。作戦行動中の動きもキレキレで小官も負けてはいられぬ思いであります」


俺は驚いた。田中氏はつい先日この裏アキバに来たばかりだ。

傷も深く、あの怯えた様子からは当面は地上に出ないだろうと思っていたが。


38氏はドンと胸に拳を当て「我々はチームでありますからな。仲間とともに戦地を駆けることこそがドナというもの。それに危険な任務は任せてはおりませぬ。地上の活動と言っても作戦は主に夜、闇夜に紛れてのこと。心配には及びません」と胸を張った。


確かに深夜の秋葉はオタク狩りは殆ど現れず、それほど危険ではない。

俺もコンタクトを取ってきた人を迎え入れるのにまれに地上に出るぐらいだ。


しかしそれでも地上は俺にとっては恐ろしいところで、フードを深く被って極力目立たずコソコソと歩き回るのが常であった。

だからその地上でドナを感じている38氏のことは素直にすごいと思うと同時に、そんなドナの形もあるのかと感心した。


「PPPH殿も最近は忙しくしているようで。会えて光栄にございます」と38氏は嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、どうも仕事が忙しくて。この街はまだまだやることがたくさんあるからね」俺は返す。


実際、ここ暫くは心のモヤモヤをかき消すようにずっと仕事に勤しんでいた。

今日も残業をしていてちょうど帰りだし、なんなら早く上がった部類だろう。


「飯、まだなら食いにいくか?」折角ならと俺は38氏を誘った。

しかし38氏は悲しそうな顔をしながら答えた。

「是非ともご一緒したいところ。しかし残念ながら間もなく作戦開始時刻、またの機会にお願いしたく思います」


作戦?こんな時間から?時計を見るとちょうど日が沈んだ頃合いである。


「今回は特殊な作戦任務でありますから、早めの出動となっているのであります。その分早く帰ってこれるので、PPPH氏が起きていれば酒でも酌み交わそうではありませんか」


おおそうだなというと、38氏は敬礼して走って去っていった。


俺はまっすぐ帰らずに酒屋に寄って日本酒を買って帰った。

あいつの好きな酒だ。

折よく明日は休日なので、38氏が帰ってくるまで待っていてやろうではないか。


「ドナの形はひとそれぞれ、ね」

生き生きと夜の地上を駆け回る38氏を想像すると、なぜか少し笑えてきた。


その日、38氏は思っていたよりもずっと早く帰ってきた。

無数の傷と、この裏アキバを終わらせる爆弾を抱えて。

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