第2話
聞き飽きたアラームの音で目を覚ました。
スッキリとした目覚めというには程遠く、まぶたがやたらと重い。
昨日は確か、、、新しく仲間に加わった田中氏の歓迎会をしたんだったか。
いつも以上に酒が進んで、少し飲みすぎたようだ。
酔って陽気になれば心の隅に隅に浮かんだ闇を洗い流せる気がした。
「キャラじゃ、ねぇよな」
この闇アキバでは日が昇ることはないが朝というものはやってくる。
朝が来れば日常がやってくる。
いつまでもウダウダとしているわけにはいかない。
俺は『朝日』を浴びるためベッドサイドの照明スイッチをONにした。
そして心臓が止まりそうになった。
小さな女の子がベッドに横になりこちらをじっと見つめている。
アレアレ、オレナニカシチャイマシタッケ?
少女がパチパチと二度瞬きする。
全身の気だるさは一気に吹き飛び俺は飛び起きた。
辺りを確認する。
他に誰もいない。
俺の部屋だから当たり前だ。
そして記憶を確認する。
大丈夫だ。
流石に記憶が飛ぶまでま飲んでいない。
「なにをしてくれてんねん」
変な言葉が出た。キャラじゃない。
深く一度深呼吸する。
「びっくりした。結合氏か」
少女はのっそりと起き上がり、キョトンとした表情で宝石のような青い瞳をこちらに向けている。
腰まである透き通るような銀髪と真っ白なフリフリのワンピース。
この特徴的すぎる少女は個性派揃い闇アキバでも二人とはいない。
この闇アキバでは誰もが知る有名人『ド変態紳士結合♂x♂』氏、通称『結合氏』だ。
俺もこの街に住み始めて結構な歴になるので結合氏のことはよく知っている。
先程から無言でじっとこちらを見つめていた結合氏は俺の言葉を聞くとようやく口を開いた。
「どしたん」
どしたんはこっちのセリフだ。意味がわからない。
俺が混乱していると結合氏は続けて呟く。
「どしたん。話聞こか?」
ああ、話、話ね。
・・・いや、何もわからない。
俺に全く伝わっていないのに気づいたのか、結合氏は視線を天井に向けて少し考え込み、「昨日の様子、気になって」と続けた。
どうやら昨日の俺の様子がおかしいのを気にかけて会いに来てくれたらしい。
歓迎会に結合氏はいなかったような気がするが、結合氏は顔が広いので誰かから話を聞いたのだろう。
周りを心配させてしまっていたことに俺は申し訳なく思った。
「ああ、昨日は少し疲れていただけさ。心配かけてすまない」俺は取り繕ったが、結合氏の瞳は全く信用していないようだった。
適当に誤魔化して彼女を返すこともできるだろうが、そうすると明日以降も同じ起こされ方をしかねない。
もし誰かに見ったらと思うとゾッとする。
早々に折れたほうが良さそうだ。
俺は頭をポリポリと掻くと思っていることを打ち明けた。
「まぁ・・・なんていうかさ。ここずっと暗いだろ?なんかそのせいなのか知らないけど気持ちも引っ張られてだんだん暗くなっていくっていうかさ・・・。住人もなんていうかどっちかってーと暗い奴らが多いじゃん?もっとさ、活気っていうかさあってもいいんじゃないかって。だってさ、せっかくの俺たちだけの理想の街だろ?」
そう、ここは理想郷のはずだ。二度とオタク狩りに怯える必要のない、オタクたちの心の平穏の場所。
「せっかくの理想郷なのにさ、なんていうか、こう暗く過ごしているのは、なんていうかさ・・・。それって本当にドナなのかなって」
ドナ。この裏アキバが巨大なドーナッツ型の構造をしていることから、幸せのことをここではドーナッツと呼ぶようになり、縮めてドナと呼ぶようになった。
闇アキバで暮らすようになって、確かに俺の生活は豊かになった。
ここには金属バットを振り回すオタク狩りはやってこない。
昔大好きだったアイドルのライブに参加することができないのは残念だが、この腕じゃ参加したところで全盛期のようなヲタ芸はできやしない。
だけどなんだろう。この心に引っかかる感じは。
話を最後まで聞くと結合氏はしばらく考え込むと、たどたどしく話し始めた。
「ここは、深く傷ついて、流れ着いた人がたくさんいるから。人とうまく話せなかったり、元気がなかったり、部屋から出られない人も、たくさん。だから地上の人たちよりは暗いのは、きっとそのとおり」
そのとおりだ。望み過ぎなのはわかっている。
ここには傷ついた人がたくさんいる。
ただ命を刈り取られる恐れがない。ただそれだけでそれはドナなんだろう。
「でもね、ドナの形は人それぞれだから。だから何か違うなって思ったら、それはきっと大切なことなんだと思うよ。足りないもの、これから少しづつ探して、みんなで作っていけたらいいかな。力になってくれるよ。みんなPH氏から元気をたくさんもらってる。PH氏は明るくて元気だからね。私も相談に乗るよ」
そういうと結合氏は両手でドナを表すDのサインを作った。
俺にはそのサインは、ぽっかり空いた穴のようにも見えたが、彼女の言う通りこれからその穴は埋めていけばいいのかもしれない。
もともとこの地は、遺棄された地下鉄建設跡地だったらしい。
そこをアキバの『始まりの20人』が開拓して少しづつ発展していって今ではオタクの理想郷と呼ばれるまでになっている。
結合氏の言う通り、なにか足りないと思うのならば、作っていけばいいのだ。
俺の思うドナの形を。
親身になって相談に乗ってくれる仲間がいるのだ。
いつまでも下を向いていたら見つかるものも見つからないだろう。
俺はありがとうと返しつつ、「でも、今日みたいなのはもう勘弁してくれ。流石に心臓に悪い。鍵だって掛かっていただろうにどうやって入ってきたんだよ」と近すぎる距離感に苦言を呈した。
結合氏は「シンクロが悩んでいたら駆けつけるのは当然のことでしょ?」と答えになっていない答えを返す。
シンクロ。由来は定かではないが裏アキバでは特別に親しい間柄のことをそう呼ぶ。
俺のことをすんなりとそう呼んでくれる彼女の真っ直ぐな瞳が照れくさくて、俺は目を逸してキッチンに逃げ出した。
「まぁ・・・なんていうか、ありがとな。なんか淹れるよ。紅茶でいいか?」
そう言って俺が振り返ると、既に結合氏の姿はなかった。
「なんだよ・・・連れねぇな」
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