5-9 灰色から金色へ

 帝徳の一戦を終え、合流した皐月達は校門を出る。

 両脇に並ぶのは仰々しい西洋建築の家々だった。その中に時折、似つかわしくない和風情緒に溢れた生垣が散見される。かつて武家屋敷が立ち並んでいた頃の名残だろうか。

 先刻までの暗雲が嘘のような五月晴れの空だ。生垣の向こうから伸びる枝葉のが緑を滴らせている。


「同じ道でこうも違うんだな」


 その木漏れ日をてのひらで透かしながら呟いた。


 遠い昔、皐月はいつもこの道を憂鬱な心持ちで歩いていた。騎士道が何たるか、鵜呑みにしたままの教えはいつも喉元でつかえて苦しかった。

 しかし、今はこうやって穏やかな気分で歩いていられる。それがとても新鮮で不思議な心地にさせる。

 前を行くのは肩を寄せ合った亜姫と唯衣、姉妹のような二人の背。それを見ながら尚一層思う。


「なあ、皐月」


 頃合いを見計らったように声を掛けてきたのは、同行していた星見星司だった。


「どうだった? 憑き物は取れたか?」


 隣を歩きながら、星司はモノクル型のデバイスにご執心だ。

 今日の試合のデータをまとめているのだろうか。熱心にホロディスプレイに指を遊ばせている。


「すごくさっぱりした」

「マジか」


 清々しく答える皐月。その屈託ない笑み。

 帝徳時代には絶対に見ることのなかった表情に星司は驚く。

 しかし、それも束の間の事だ。


「となると、駒木野は厄介な敵になるだろうな」


 飄々とした中にも闘争本能をぎらつかせ言い放つ。


「大会で当たった時は負けねえからな」

「俺たちもだ」


 そして、皐月もまっすぐに見返す。


「そうもはっきり言い返されるとだな」

 

 隠しようのない戦意を嫌うように、星司は片手で払う仕草をしてみせた。


「わかったよ。んじゃ、今度練習試合でもしようぜ」

 

 交差路に丁度差し掛かるとここで別れるつもりなのか、星司は一人まっすぐ進もうとする。

 

「星司」


 そんな旧友を皐月は呼び止めた。


「今日は一緒に来てくれてありがとう。助かったよ」


 星司はそれには答えず、いつもの軽薄そうな笑顔を向けるとそのまま去っていった。

 三人だけが立ち止まり、その小さくなっていく背中を見送った。

 

「横で見てましたけど、あの人結構強かったです」


 ふと、皐月の傍らに来た唯衣が唇を動かす。

 唯衣と星司は轡を並べ帝徳騎士と戦った。その言葉に嘘偽りはないと皐月は思った。


「そういえば、樫葉崎は紺衛さんと戦ったのか?」

「コテンパンにやられましたよ。あの眼鏡の人、怪物です」


 気前悪そうに視線を逸らす唯衣を皐月は穏やかな目で見ている。それが不服なのか、唯衣は少しだけ逡巡しながら言い返した。


「でも私、結構いい線行けたんですからね」

「皐月が鍛錬してくれたおかげじゃない?」


 樫葉崎唯衣と紺衛雄麒。二人のレイピア使いのハードな打ち合い。

 その戦いぶりは亜姫も目撃していた。

 それを横に見ながら皐月の元へと向かったのだ。

 戦いの結果までは見届けられなかったが、少なくとも唯衣の一人負けとは思えない。それだけで称賛に値すると思う。

 しかし、唯衣はそれでも納得いかないようで、


「悔しいです」

「その心意気ね、唯衣」


 それが一層亜姫の心を弾ませた。


「次は都大会かあ!」

「秋予選のシード校を決める重要な大会でもあります。絶対に手は抜けません」


 草試合の個人戦だけでなく、これならば駒木野高校騎士道部としても良い所まで勝ち進めるだろう。


「ねえ、皐月?」


 亜姫は皐月と目を合わせる。死闘に明け暮れていた戦鬼の余韻は既に無く、試合の間、終始輝いていた金色の瞳も今は虚ろな灰色だ。


「そうだな」


 こくりと頷き返す同い年の少年を見ながら、亜姫はそっと微笑み返した。

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