5-3 もしも

「今日は随分と騒がしい物だな」


 紺衛雄麒、そして傍らに副官のように控えた女生徒が倒れ伏す帝徳騎士を一瞥する。


「石川君がこうも酷くやられるなんて」


 帝徳において敗北は許されない。それでも負けた仲間を詰るような事は言わないのは、皐月の強さをそれだけ認めているからか。勝てない相手に勝てぬ事を責める騎士はいない。


「皐月、元気か?」

「紺衛さん」


 そう言って、皐月はかつての仲間と相対する。


「不逞者の草試合に紺衛さんの手を煩わせる必要はありません。私がやります」

「やめとけ」


 二人の間に幾秒かの時間が流れ、戦いが始まる気配がないことにしびれを切らした女子生徒が割って入る。

 しかし、紺衛は剣を抜こうとした彼女の手を止める。


「分からないか。こいつは忘れ物を取りに来たんだよ」


 言いながら、眼鏡をくいと上げる紺衛。先程までの穏やかな表情とは打って変わって、試合の時のように真剣な眼差しだった。


「逃げだした負け犬が今、牙を剥いて舞い戻ってきた。恥も外聞もなく。こいつが本当に負け犬のままか、それとも鎖を食いちぎった『唸る獣グラウラー』なのか、俺は見極めたい――」

「酷い言われようですね、先輩」


 不意に、少し離れた所でやり取りを聞いていた唯衣が言葉を漏らす。


「樫葉崎。俺の事、少しは分かっただろ?」

「帝都の幽霊だとか教導騎士だとか、そして今度は唸る獣グラウラーですか。この学校は手の付けられない中二病が蔓延している事だけは分かりましたよ。この分だと、先輩も結構重い黒歴史残してそうですね」

「うう」


 痛い所を突いてくる唯衣に皐月は何も答えられなかった。


「――私が相手します」

「え」


 苛立ったように唯衣は皐月の方を横目で睨む。


「貴方はこれから為そうとしている事があるんでしょう? 行ってください」


 唯衣はそう言ってレイピアの刀身をするりと抜き放つ。

 視界のARが戦闘準備を感知して、唯衣の頭上に持ち点ゲージがポップアップ。

 正面上に立つ紺衛たち帝徳の二人に睨みを利かせながら。唯衣は堂々とした振る舞いで対峙した。


「そろそろ私の実力も試したくなったんです」


 気丈に言い放つ背中から、緋色のツーサイドテールが揺れている。

 どうやら退くつもりはないらしい。


「唯衣」

「少し手伝う素振りを見せただけで、馴れ馴れしく名前で呼ばないで下さい。私はアキちゃんが泣くのを見たくないだけなんです!」

「その子の言う通りだ。行けよ久条」


 一瞬、何を言われているのか戸惑った。声を上げる唯衣の向こうで対峙していた紺衛が静かな口調で続ける。


「優一――いや、黒騎士と決着をつけたいんだろう?」


 優しく付け加えられた紺衛の一言に、ようやく理解する。紺衛は優一の抱える闇すらも知っているようだった。


「すみません」

「謝るなよ」


 深々と下げられたブラックゴールドの頭に向けて、紺衛は穏やかな口調を取り戻した。


「俺は別にこれが貸しだなんて思っちゃいない。それに、お前や優一の悩みもこれでまとめて払拭されるならそれに越した事は無い」


 その姿に、皐月はかつて見た面影を重ねた。

 この人は祖父と同じだ。厳しいけれど、根っこの所ではいつも皐月の心意気を買ってくれる。

 亜姫との出会いで凝り固まっていた心が幾分か解されたからだろうか。今までならいつも猜疑心にまみれていた自分がそんな事を考えるなんて。


 ああ、と。呆けたような声が漏れた。

 もしも、あの時の頑なだった自分が少しでも紺衛を頼っていれば。果たして今の自分はどうなっていたんだろう。そんなIFが頭をよぎる。 

 しかし、今は今だ。頭を振ってがむしゃらに頷く。


「……ありがとうございます!」


 熱い物を堪えながら皐月は駆け出す。

 紺衛は目もくれずそれを見送り、残った二人と対峙した。


「待て。私は君も覚えがあるぞ。星見星司だったか」

「思い出すのが必要な程に俺の存在は箸にもかからない存在でしたか」


 慇懃無礼な口調で星司は初めて剣を抜いた。装飾は控えめだが、先に行くにつれて刃が先鋭に研ぎ澄まされている。唯衣のレイピアほどではないが細身の剣。


「ミセリコルデか。なかなか変わった武具を使う」


 言いながら紺衛が腰元から剣を抜く。本当に一瞬の出来事。軽く手を上げただけで、切っ先は二人の眉間の高さにまで向けられて煌めいていた。


「あんただって相変わらず奇妙なレイピアを使うんですね、部長」


 星見は挑発するように剣を向けながら言った。紺衛のレイピアの握り手はピストルのように湾曲していて突き出すように構える他ない。

 取り回しには難がありそうだが構造上、攻撃の繰り出しに特化しているらしい。


「優れた剣士とお見受けました。同じレイピア使い同士、お相手をお願いしたいのですが」

「ほう」


 予想していなかった少女の振る舞いに紺衛の口許が吊り上がる。そして、それは星司も同じだった。


「二対一か」

「ふざけた事を。貴方を殺すのは私です」


 傍らで懐刀のように控えていた女子生徒が決然と言い返す。肩を覆うマントに手を入れながら取り出したのは中ぶりの幅広な刀剣、ファルシオン。


「花崎、お前も戦いたいか」

「紺衛さんが二対一でも負ける事は想像もつきませんが、ここは正々堂々と一騎討ちといきましょう。古の騎士達の決闘のように」


 そう言いながら帝徳の二人の騎士はそれぞれの相手を見繕うように距離を取った。

 各々対峙しながら、これから始まる戦いを予感する。


「『麒麟児きりんじ』紺衛雄麒と『懐刀かいとう』花崎エリカか。どちらも帝徳の一軍だぜ。やれるか? お嬢ちゃん」


 剣は相手に向けたまま、沈黙を割って星司が口を開く。 

 強すぎる敵。しかし、唯衣の肝はこれまでない程に据わっている。


「いえ、むしろ望み通りの状況です」


 その様子を見ていた紺衛が不敵に笑う。

 視界に表出する戦闘準備の表示。


「来い――!」


 紺衛が叫び、それに合わせるように試合開始のブザーがデバイスから鳴り響く。

 夕暮れに染まりかけた空の下、相対し合う四本の切っ先は燃えるように赤く煌めいた。

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