第五章 帝都の幽霊

5-1 戦端の予兆

「はい!? 部長、今なんて言ったんですか?」


 集合場所の騎士道コートに着いて開口一番。亜姫は駒木野高校騎士道部部長、盾上冬華にそう聞き返した。


「久条君と樫葉崎さん。今日は練習来ないって」


 大きなシールドの納められたデイパックを担ぎ直しながら冬華は答える。


「何でも、急用だそうだ。古い友人の所に会いに行くんだと」

「急用って……そんなわけ」


 皐月とは散々話をしていたので何処に行ったかはすぐに予想がついた。


「私を誘ってくれてもいいじゃない……」


 強敵揃いの帝徳に乗り込めば戦闘狂の亜姫は抑えられない。また無理をして試合を始める。

 大方、そんな彼女の身体を気遣っての配慮だろう。

 しかし――それで亜姫の気が収まる訳でもない。


「わ、私だって。ありますよ、用事……!」

「えっ? 皆瀬ちゃん?」


 そうだ。

 例え、試合ができなくても久条皐月の力にはなれる。

 だから、行かなければ。


「私も行きます!」


 亜姫は殆ど今思いついた調子で答えた。

 呆気にとられる先輩二人を後目に、亜姫はたった今ついたばかりの足で回れ右する。


「本当にすみません。今日の練習にはやっぱり出られません!」


 そう言って駆け出す亜姫を、冬華たちは呆然と見送った。


「どうする? 根岸君も帝徳に行く?」

「まさか」


 冬華が冗談めかして言うと、根岸は露骨に不満を顔に表して答えた。


「まさか。それにしたってあいつら、全然物怖じすらしないなんて将来有望だな」


 うんざりしたような顔で根岸は騎士道コートへと向かって行く。

 元々予約を取っていたのだ。ここでほっぽり出してはその代金が無駄になる。


「ああいう子達は強くなるね、きっと」


 そう言って、冬華も根岸に続こうとし、ふと足を止めた。


「死地へ向かったのね。久条くん――」


 彼女が見ているのは目の前に広がる交差点ではなく、視界に投影されたAR表示だった。

 そこには先ほど皐月から届いたメールが表示されていた。


『ちょっと帝徳に行ってきます。すみません』


 用件も理由も書いていない。ただ、帝徳に行く事実だけが強く明示されている。

 酷くぶっきらぼうな文面だと思った。

 そんな後輩から寄越されたメールを目で追いながら、冬華は微笑を浮かべる。


「がんばって」


 きっと、彼らが戻った後の駒木野騎士道部はこれまでと一変している筈だ。

 冬華は胸が躍る気分で亜姫の背中を見送った。

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