4-4 すべて見えている

 そうして、唯衣を引きつれたまま訪れた公園。

 そこは草試合用の設備が整えられている都市公園だった。

 ARの受送信設備がそこかしこに据え付けられ、視界には様々な情報が届き、虚飾されたホログラム映像があちこちに彩られている。

 手ごろな広さの草地で唯衣と実践形式の打ち合いを行う。

 一度は亜姫との戦いの後でアンインストール予定だった草試合用の判定アプリ。

 しかし、今もこうやって唯衣との練習で役立っているのを改めて感じながら、随所に登場するマスコットキャラクターに親近感を覚えた。

 人のまばらな公園に鳴る剣戟音。練習戦は佳境を迎え、皐月は思い切り踏み込んだ一太刀を唯衣に浴びせた。


「あーっ! また負けました!」

 

 草地に腰を下ろした唯衣が悔しそうに叫んだ。


「相変わらず容赦のない攻めです」


 ひなびた公園で唯衣の賑やかな声だけ響き渡っていた。

 それに釣られるように人影が一つ現れる。


「やあ」

「貴方は……」

 手を振りながら、目深にしていたフードを下ろすと星見星司の相貌が現れた。

 驚きに染まる唯衣の瞳。


「俺が呼んだんだ」

「えっ」


 皐月の一言に唯衣が三度驚く。

 丁度、暮れかけた公園内に明かりが灯った。うっすらと赤みがかった光を強めていく街灯の下、向きあうのは元帝徳の二人の騎士だ。

 一体これから何が始まるのだろうか。よもや、ここで決闘でもするつもりか。

 いくつもの推察が唯衣の脳裏に浮かんでは消える。




「お前だよな、亜姫に黒騎士の事を教えたの」




 直後、皐月の口から語られたのは思いもよらない一言だった。

 言葉を失う唯衣の横で、星司はいつもの飄々とした笑顔を浮かべたまま、


「まいったなあ。把握済みかよ」


 まるで、小さな子供が悪戯でもバレたような調子でそれを認めた。


「本当ですか? 貴方がアキちゃんを騙したって――」

「おっと、こっちの嬢ちゃんはキレてるか」


 全く気にしない様子の星司に唯衣はレイピアを構えたまま近づく。


「許せるハズがありますか」


 その目に宿るのは抑えようのない怒りだった。

 亜姫があんな目に遭った遠因がこの男、星見星司にある。

 黒騎士に負けたのは単に亜姫の力が足りなかっただけ。彼女に戦いを継続できる身体能力さえ備わっていれば。

 しかし、考えれば分かる事実は今の唯衣には到底受け入れられない。


「で、お前は何でそれが分かったんだよ? 皐月?」


 しかし、そんな唯衣をあしらうように、星司は身を翻す。

 そして、手近なベンチに足を組んで座りながら問いかけた。

 戦いの意思が無い相手に剣を向け続けても無駄だ。まして無理やり斬りかかるなど騎士道精神に反する唯衣が最も嫌いな行為でもあった。

 唯衣は感情をぐっと抑えるようにレイピアを下ろした。


「あの会場で会った時、お前の色が見えた」

「えっ」


 皐月から発せられた思いもしない『色』という言葉。地面を見たまま、唯衣が瞠目する。


「相変わらずお前に嘘はつけないな、皐月」

「俺は別に責めちゃいない。皆瀬さんが草試合のランク1を目指すなら、どのみち優一との戦いは避けられなかった」


 ぴく、と。星司の肩が微かに動く。


「優一って、玄部先輩の事か?」


 皐月の答えは返ってこなかった。


「俺は――」


 暫くの間を置いて皐月がようやく返答しようとした、その時。

 三人の方へと影が一つ、ゆっくりと進み出た。

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