4-3 灰色の瞳に映るもの ――帝都外縁、立川某所

 武蔵野の医療施設を後にした皐月が次に降りたのは立川だった。

 昼下がりから夕刻へと移ろう潮目の時間。

 始まりかけた帰宅ラッシュの人の波を掻き分けながら、騎士道競技のパブリックコートに足を運ぶと、丁度練習を終えた駒木野高校の部員達が出てきたところだった。

 根岸七生と盾上冬華の三年生二人。その後ろには練習着姿の唯衣が続いている。


「遅いぞ久条。何やってたんだ。もう終わっちまったぞ」

「皆瀬さんを診に行ってもらってたんだよね」


 優しい口調で部長の冬華が収めると、根岸が気前悪そうに引っ込む。

 代わりに、前に出たのは唯衣だった。

 三年生とのやり取りを聞いている間も、ずっと何か言いたそうにしていたのだ。


「アキちゃん、どうでしたか?」

「元気そうだった」

 

 答えると、不安そうだった唯衣の顔色が俄かに明るくなる。


「あの分だとまた無茶しそうですけどね」

「相変わらずだなあ」


 皐月が視線を向けると、冬華は困ったような嬉しいような、そんな笑顔を浮かべた。

 大会に出られる体ではなくとも、亜姫が大切な部員である事に変わりはない。


「でも、助かったわ」

 大盾が収納されたショルダーケースを肩に掛け直す小柄な女子生徒。

 だが、やはり部長らしい毅然とした口調で冬華は続ける。


「みんなが加入してくれたお陰で停滞していたこの部も変われたわ。根岸君も本当は嬉しいでしょう?」

「ま、まあな。今までは自主練習ばかりだったからな」

 

 そういって皐月の方に気まずそうなぎこちない笑みを向ける根岸。先程のやり取りを気にしているらしかった。


「根岸さんもこれからどんどん鍛えてあげますよ」

「言うようになったなお前」

  

 爽やかな汗を拭きながらようやく根岸の表情が柔らかくなった。

 様子を見る限り、士気は高そうだ。

 亜姫は欠いているものの、部の活動も最近はほぼ毎日、こんな風に公共の練習コートまで出向いて本格的な打ち合いをしている。

 面々を見渡したところで、皐月は冬華が何か言いたそうにしているのに気付いた。


「どうしたんですか?」


 問いかけると、栗色のボブカットを夕陽に透かしながら、冬華はにこりと目を細ませた。


「久条君なら皆瀬さんの事も任せられるかなって。あの子、結構危うい所があるから」

「わかりますよ」

 

 散々思い知らされている皐月なりの即答だった。


「うん。久条君はそういうの全部知ってるよね」

 

 冬華は全て語らずとも、皐月の洞察力を把握しているらしい。

 納得するように頷きながら、肩に掛けた大盾をそっと翻した。


「じゃあ、私達はそろそろ行こうか」

「そうだな。お前らも早く帰れよ」


 そう言って帰ろうとする三年生を皐月と唯衣は見送る。

 ふと、交差点を進もうとした冬華が小首だけ向けて振り返った。


「皆瀬さんの事、頼んだよ」

「言われなくたって――」


 皐月が小さく答えるのを冬華は聞いていただろうか。優しい笑みを横顔に乗せ、今度こそ駅へと向かって行った。


「樫葉崎」


 三年生二人が改札に消えたところで皐月はずっと間近に控えていた唯衣に初めて声

 を掛ける。

 怪訝そうに見上げる猫のように丸い唯衣の瞳。


「これから一緒に練習するか?」


 茶褐色の虹彩がぎゅっと大きくなる。


「今からですか!? まさかその為にわざわざここまで来たんですか?」

「報告だけならメッセージで済むし。どうする、やめる?」


 問いかけると、唯衣は少しだけ思案しながら、


「いえ。お願いします」


 赤いツーサイドテールを垂らしながら、丁寧にお辞儀をしてみせた。

 そんな律儀な後輩の仕草を見ながら、皐月は思う。

 やはり、この少女は騎士道に一本気だ。

 亜姫にしても唯衣にしても、この姿に親近感を覚えたのだ。だから、皐月も練習に本気で向き合いたくなる。

 それはもしかしたら、昔の自分や優一のように心から楽しんで騎士道に明け暮れていた者達を重ねているのかもしれない。


「じゃ、行くか」

「ちょ……待ってくださいっ!」


 いつにも増して足を弾ませ歩いていく皐月。唯衣は焦った様子でそれを追いかけていった。





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