第三章 唸る獣

3-1 二つ名持ち

 それから二週間後の都内某体育館。

 皐月達、駒木野高校騎士道部は初めての公式団体戦に出場した。

 四校で行う予選のリーグ戦。駒木野高校が入ったのは強豪校ひしめく死のグループだった。


「それにしても、お前本当に強いのな」


 試合を終え、やってきた根岸が皐月に声を掛ける。

 五人制の団体戦は皐月と部長の冬華が勝利をおさめるも、結果的には敗北を喫した。


「勝てたのはお前と盾上だけかー。大将の役目を果たせなくてごめんな」


 そう言いながら根岸はスポーツドリンクをやけくそ気味にあおる。大将戦は彼の惨敗で終わり、同時にリーグ敗退も決定した。 


「聖ミカはシード校の常連ですよ。この敗戦は仕方ないです」

「でも、二校まではリーグ突破できるじゃんか。二位も取れずに負けちまうなんて悔しいな」


 いずれの大将戦では根岸は良い所なく負けてしまった。それなりに責任を感じているのだろう。がっくりと肩を落とし、消沈している。


「大丈夫です。このチームはきっと秋までにぐんと成長します」

 

 皐月は真っ直ぐを見返しながら言った。

 ぴく、と。肩を動かしながら根岸が顔を上げる。


「先輩を立てようってか?」


 皮肉交じりの根岸。しかし、それでも皐月の態度は変わらなかった。


「樫葉崎は善戦してました。あそこを取れるようになれば駒木野はリーグを突破できるようになりますよ


 ただ、淡々と分析した上で述べる。

 三年生相手に戦う唯衣は、少なくとも気持ちでは全く負けていなかった。


「後は戦い方を学べばこの差は埋まります」


 皐月は確信しながら言い切る。

 聞き終えた所で、ようやく根岸もこれまでの卑屈な様子を改める。


「盾上や皆瀬が言ってたけど、あの先鋒それなりに名の知れたやつらしいな」

「ええ。知ってる顔ですよ。中学時代、同じ帝徳にいたので戦った事もあります」


 根岸は少し驚いたように身を硬直させた。

 皐月が言った『帝徳』という言葉に反応したのだろう。


「へえ。勝手知ったるってヤツか?」

「樫葉崎が相手だったから拮抗してるように見えました。でも、もし多分並みの相手なら早々に決められました。三年でも勝てたかどうか」

「それは遠回しに俺を責めてるのか?」

「い、いえ。そういう訳じゃあ」


 言い終わらないうちに、根岸は皐月の金色混じりの黒髪をぐしゃぐしゃにかき回した。

 先輩と後輩のじゃれ合いに過ぎないやり取り。だが、帝徳時代にこんな経験はしなかった皐月は本気で嫌がっていた。


「やめてくださいよ……」

「あっ!」


 不意に、すぐ近くにいた唯衣が声を上げた。


「どうしたの? 唯衣ちゃん」


 部長の冬華がやってきて声を掛ける。


「これ、なんですか? 試合が終わってしばらくしてたら急に通知が来たんです」


 手のひらに置いたスマートフォンから投影されたホログラムのディスプレイ。そこには唯衣の選手情報が映し出されていた。

 戦績が更新され、直近の試合での善戦したせいだろうか。ランクは幾分か変動し、皐月と同等の七万代に上がっていた。

 尤も、皐月は今回のリーグ戦中の勝利で更にランクを浮上させていたが。


「これなんですけど」


 唯衣が指さした部分に一同は注目する。


「『緋色の刺客スカーレット・スティンガー』? なにこれ」


 騎士道競技をあまり知らない助っ人の部員が一番に首を傾げた。

 普段はアーチェリー部で活動しているという彼女は、貸し与えられた機材と武具で試合をしているだけで、あまりルールに詳しくない。


「これは――」

「二つ名ね」


 皐月が教えようとしたところで、亜姫が割って入る。根岸や冬華たち他の部員もその発言に注目した。


「時々あるのよ。優れた成績を残したプレイヤーの今後を演算した騎士道運営部のAIによって与えられる固有のコードネーム――みたいなものかな?」

「コードネームっ」


 俄かに唯衣の声のトーンが上がった。

 その様子を見て、亜姫は隣の冬華と微笑み合う。


「試合中の選手の挙動や戦績は全部一つのサーバーにデータとして統合されてるんだ。それらデータを元にオラクルシステムが演算して付与するんだ」

神託オラクル?」


 皐月が付け加えると、横で聞いていた助っ人の女子が関心を示す。


「騎士道競技を統括するAIだよ。オラクルが各選手の試合中の行動やフィジカル、試合中の心拍数とかのメンタルデータを演算して今後の成長具合を予測するんだ。今後どんな騎士になるかって風に」


 その結果、与えられる最も相応しい呼び名、それが皐月に与えられた『帝都の幽霊』や、今しがた唯衣に与えられた『緋色の刺客』だった。

 そう説明すると、唯衣が少しだけ口元を引き締めた。


「AIに期待されてるって事だけは分かりました。でも、機械風情に未来を決められてるみたいで好きじゃないです」


 先程の無邪気さから一転、皐月の一言に対抗するように唯衣が言い放つ。

 その憮然とした表情を見て、面々から笑いがこぼれた。敗戦後の萎えていた空気を一気に挽回させるやり取りだった。

 だが、渦中の唯衣は本当に面白くないらしい。へそを曲げたように黙りこくってしまった。


「まあ、いいんじゃないかな」


 ぽん、と唯衣の頭を撫でながら、冬華は笑う。


「場合によってはその選手固有の武具の3Dプリントデータと所持権限も与えられるっていうし」

「固有?」

「公式用品として一般に売られていない、騎士道協会公認のワンオフの武具だよ。大体は使ってるのと同タイプの武具の図面が供給される」


 皐月は不意に声音を落とし、唯衣の様子を窺った。

 これまでの怪訝な様子がどこか遠くに飛んでいる、そんな風に見えた。


「嬉しいのか?」

「まあ、それなりには」


 黙って聞いていた唯衣は満更でもなさそうな顔で皐月から視線を背けた。

 それを見ていた亜姫が皐月に目配せをしながら続ける。


「別に二つ名が出来たからって制限が出来たり、するわけじゃないし。寧ろ誇ればいいのよ」

「武具ですか。すごいカッコいいのとかがドロップするのは確かに嬉しいかもしれません。モチベが上がります」


 上級生に囲まれ宥められている状況に、流石に謙遜すべきだと悟ったようだ。唯衣はようやく表情を緩やかにさせた。


「そういえば」


 和やかな空気が漂った所で、ふと冬華が思い出したように人差し指を顎に乗せた。


「――根岸君も二つ名持ってたよね。何だったっけ?」

「七転び八起き」


 真顔で即答する根岸に女子勢からどっと笑いが沸き起こる。


「なにそれ。だるまか?」

「うるせーな。七転び八起きの何が悪いんだよ!」


 助っ人女子部員の歯に衣着せぬ物言いに、根岸が反論する。

 暫くの間テンション高く騒ぎ立てる騎士道部員達。

 その様子をじっと観察しながら、皐月は口角が緩やかに上がっていることに気づいた。

 そして、そんな自分を何故か少し嬉しく思ったのだ。




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