2-14 青ざめた月

 人足の絶えた夜更けの公園。その一画、物寂しい街灯が一つ。緑の原を鈍く照らしていた。

 灯りの下、影法師のように佇む騎士がいた。

 濡れるような光沢を帯びた黒甲冑に身を包み一人佇んでいる。

 甲冑の繋ぎ目は巧妙に隠された造詣をしており、鎧そのものが金属の皮膚を纏った生物のようにも見える。



「よう、お前が黒騎士だな」


 その甲冑を取り囲むように暗がりから新たに三つの影が現れた。

 鳥の巣頭に禿頭の大男、湾刀を携えた金髪。

 かつて、久条皐月や樫葉崎唯衣と戦いを繰り広げた草試合プレイヤーの不良三人組だ。


「なあ。こいつボコったら俺らも相当ランク上がるんだよな?」


 金髪の不良が拳の骨を鳴らす。

 既に臨戦態勢の三人。しかし、彼らを前にしても尚、黒騎士は彫像のように動かない。


「というか」


 ふと、スキンヘッドの巨漢が戸惑ったように頬を掻く。


「こいつ置物じゃないよな? 全く動かないんだが」

「バーカ。誰が何の為にこんな場所に置物放置しとくんだよ。それに見ろ――」


 リーダー格の鳥の巣頭がこめかみのデバイス基部をつつくと、黒騎士の頭上に表示が灯った。

 そこで初めて、黒い兜の鼻先ハウンスカルがすっと、彼らの方を向く。


「お前達は唸る獣グラウラーを知っているか?」


 発せられた言葉に思わず顔を見合わせる三人。


「しらねーよ。つーかなんなんだよそのカッコとその口調。中二病ですか? ダッセーなおい」

「こっちは鬱憤溜まってんだ。さっさと試合認証しろや。狩らせろボケ」


 思い思いに罵倒しながらそれぞれの得物を構える。


「貴様らからは騎士道の矜持が見えない」

「ああ? 何か言いましたかー?」


 鳥の巣頭がわざとらしい口調で煽るのだが、黒騎士は全く微動だにしない。

 

「贋剣使いども」


 ずるり、と。腰元から長剣が抜き放たれる。幅広の刀身は夜の闇よりも昏い。

 薄明りに照らされた輪郭はまるで黒い蛇が無数に蠢いているような靄がかかっていた。


「何だこいつ」


 ARが見せたあまりにもリアリティの溢れるまがまがしい幻影。言い知れぬプレッシャーに三馬鹿から浮ついた表情が消える。


「お前達はここで死ね」


 がしゃり、と。

 一歩踏みしめながら、黒騎士は呪詛のように呟いた。






 

 夜の公園に激しい剣戟音が響く。


「くそ、くそくそくそ!」


 喚きながら武器を振っているのは黒騎士を包囲し、圧倒的優位な状況で試合を始めた筈の不良達だった。


「どけ!」


 禿頭男が前に出た。巨躯から突き出した右こぶし。

 しかし、黒騎士は重量任せの攻撃を徒手で受け止め躱してみせる。


「どわっ!?」


 大男の巨体が赤子のように宙を回る。金髪男の上に重なると、蛙の潰れるような声がした。


「弱い」


 剣を土に滑らせながら黒騎士がゆっくりと前に進む。その先にいるのはこの中で一番深い傷を負った鳥の巣頭だった。


「楠見さん! クソッ。気ィ失ってやがる!」


 声を掛けるも反応が無い。

 初手から徹底的に黒騎士の洗礼を浴び、既に意識が酩酊している。


「一番強い楠見さんから徹底的に狙いやがって。ちくしょうがッ!」


 金髪男が不意打ちに飛び掛かるが、黒騎士はそれを蹴り一つで撃退する。

 もんどり打って転がった先には倒れ伏す鳥の巣頭がいた。これ好機と肩を抱えて立ち上がる。


 倒れた後も執拗に攻撃を繰り返す黒騎士の戦い方は異様の一言だった。

 ルール無用の騙し討ちばかりしてきた彼らですら恐怖を覚える程だ。


「くそ、ずらかるぞ!」


 この場から逃げようと三人が身を翻そうとした瞬間、ARの視界におかしなものが紛れ込む。


「なんだこれ!」


 ぼんやりした街灯の明かりを覆うように、彼らの視界を阻む黒い靄。

 それはよくみると光りに当てられ薄っすら白く蠢いている。蛆にも百足にも見える無数のそれらを認識したところで、既に別の群れが腕を這い上がってくるところだった。

 男たちが野太い咆哮を上げる。


「うわああっ」


 恐慌状態に陥りながら、男達は逃げ出した。

 しかし、公園の外れへと続く道は長く、いつまでも距離が縮まらない。

 そして、

 

 ――待ってよォ――ッ!


 耳元には死霊のような悍ましい呻き声。


「なんだよこれ! くそが!」


 ARの心拍表示が異常数値を示す。赤いアラートと警告音が耳朶を打ち続ける中、


「そんな」


 振り返った先、遠くに立つ黒騎士を彼らは見た。


「贋剣使い。さっさと消えろ」


 そう言った黒騎士の背後から巨大な死神のどくろが迫る。


「「ウワ――――ッ!」」


 絶叫と共に彼らの意識は途絶えた。




 



 静けさを取り戻した公園内に再び軋んだ鋼の音がする。

 すっかり意識を失い倒れた不良三人をすり抜け、亡者のように歩き続ける黒い影。


「助けてくれ」


 黒兜が見上げた先には青ざめた月が不気味な程巨大に浮かんでいた。

 騎士はただ、その月に乞うように両手を広げる。


「助けてくれ――皐月」


 諸手から零れた剣ががらん、と。

 夜の静寂を一際激しく震わせた。


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